本棚

 おじさんがレンズを磨くために使っている机には頑丈な万力が設置され、様々な道具が無造作に置かれている。机の上にも周辺にも、レンズを磨くために使う細かな塩の結晶が散乱している。

 机の上の僅かな空間で、おじさんは一心不乱にレンズを磨く。机の横には望遠鏡の胴になるパイプが乱雑に束ねられていた。開けたままの引き出しには少年には何に使うのかよくわからない工具が放り込まれている。工具をおじさんがどこから入手してきたのか、少年には検討もつかなかった。

 机の上には触るなと言われていた。

 少年は本棚に向かった。

 おじさんがいない時、少年はひとりで本を読んでいる。おじさんはそのことは知らないはずだった。少年がもうとっくに本を読めるということに、おじさんはまだ気がついていないようだった。

 読めるといっても全ての内容を理解しているわけではなかった。どの本を読んでも分からないことが出てくる。どのページをめくっても分からないことばかりだ。

 本当は分からないことの方が多い。

 ほとんど分からない。

 それでも、本棚の本は、どの本も魅力的に見える。読めないはずなのに、本の中に書かれているはずの何かに心惹かれてしまう。

 抜き出した本を食卓の上に広げた。

 びっしりと文字が書かれている。

 知っている文字を探した。

 飛び飛びに読んでいく。

 おじさんが本を読んでいる時のようにぶつぶつ言いながら読んでみる。

 真似をしたところで内容が分かるわけでもない。

 それでもだんだん面白くなってくる。

 既に本棚の本はあらかた目を通していた。テーブルや床に積まれた本も、おじさんはしょっちゅう本の山を崩していたから、少年が本の積まれている順番を変えても気にしていないようだ。

 本を畳み、本棚に戻した。別の本を取り出し、読み始める。

 文字の少ない本がお気に入りだった。色鮮やかな鳥や虫や獣、地上の世界にいたという生き物たち。見ているだけでも時間はあっという間に過ぎていく。

 しばらくページをめくってから、また新しい本を広げる。

 本は幾らでもある。

 おじさんがやるように、文字をなぞるように指を動かしながら読んでいく。

 これはいい。

 このほうが読みやすい。

 少年は本の中に引き込まれていった。

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