終幕

エピローグ

 交差点が赤信号になり、大勢の人々はビルを見上げた。

 ビル壁に埋められた大型ビジョンでは、新市長の立候補者を映し出されたところだった。

『傷ましい事件から私たちはようやく前を向き始めました……。なんてのは言わねーし、綺麗な言葉で飾るつもりもない』

 画面に映るのは無機質な骨格を持つサイボーグだった。

『俺には夢がある。その夢を実現するための第一歩がここだ。

 俺たちは常に命を食らって生きている。俺たちは誰かを傷つけながら生きている。人間ってのは非道で悪で欲深い生き物だ。

 俺は完全躯体フルボーグだが、中身は人間と変わらない。ロボットは間違いを犯さないが俺たちは間違いを犯す。時に取り返しのつかない間違いをするかもしれない。俺は別に、人間が素晴らしいなんて思っちゃいねーし、かといって機械野郎が優れているとも思わない。でもさ、十年前の事件当事者だからこれだけは言える。

 人は奇跡を生み出せる。時に誰もが想像できない偶然を生み出せる。すごい人間だからとか関係ないさ。誰でも、小さくても奇跡は起こせる。諦めるな。歩みを止めるな。耳を閉じるな、目を開き、考え続けろ。

 俺は必ず奇跡を起こす。

 何十年、何百年かかってでも、やり通してみせる!』

 サイボーグは画面の中で拳を突き上げた。

『ノーモアウォーっ!! ノーモアウェポン!!』

 大気を震わせるほどの音響に、ビジョン前に集まっていた人々はシュプレヒコールに湧いていた。

 しかしそれを見たイアン・クラシェチェンコは面白くない顔をした。

「市長候補。残念ながら、戦争はなくなりませんよ。この私、パパパパパイヤンことイヤン・クラシェチェンコがいる限り!」

 イアンは声高らかに言った。

「ちょっと、お兄さん。お話いいですかね?」

 と、警察官がイアンに声をかけた。

「フハハ! 第二第三の仮面男とはそう、私のこと! 私は捕まらない! 私は世界を混沌に陥れる極悪人! フハハ! フハハハハハ!」

「あ! 待ちなさい!!」

 イアンはさっと身を翻し、消えていく。信号が青になり、人々が一斉に歩みだした。イアンとすれ違いざま、ミラー・マルルガとベル・ブラウンは歩き出した。

「今のなんだったんだ?」

 マルルガは口にした。

「さあ? 変態じゃない?」

 サンタマリア学院高校を卒業してから多くの月日が経ち、二人ともすっかり大人びた顔立ちをしている。

「今時、仮面の男なんて古くせーよな。何年前の話だってんだ」

「でも、『仮面男と妖精のおとぎ話マスク・オア・フェアリィテイル』は今でも根強い人気があるから」

「そういや、ベル。まだ仮面男を追っているんだって?」

「まね。だって、あの事件で私はマスコミになろうって思ったから」

「仕事熱心だこと。というか、早く式の準備に行こうぜ。うちの婆さんはいつコロンと逝っちまうかわからないからな。つーか、その前に孫を作ってやらんとな!」

 そう言いながら、マルルガは結婚式場に向けて振り帰えろうとした時、男に打つかった。

「ってな、どこ見て──ヒッ!」

 マルルガは長身で肌の白い男の顔を見て言葉を失った。彼は本能的に叶わないと思ったし、パープルのシャツに、鋭いサングラスの様相から、関わってはいけない人種だとすぐに察した。

「すみませんすみません」

 マルルガは情けなく頭を下げた。

「気にすんな。これだけ人のいる街じゃ、打つかるなんて茶飯事よ。でも逆に、探している奴には会えねーかもな」男は懐かしむように柔らかい笑みを浮かべていた。「てゆか、お前らあれか? ちらりと聞こえちまったが、新婚か?」

「ええ、まあ……」

 マルルガはベルに振り返って、引きつった笑いを向けた。

「幸せにやれよ。奥さん泣かせたら、俺が許さねーからな」

「は、はひぃ!」

 じゃな、と言って、ヤクザの男はスッと人混みの中へ消えていく。

「もしかして今の」

 そう言ったベルは首を傾げ、記憶を探ぐると、

「やっぱりそう! あれは──」

 ベルはいい終える前に駆け出した。

「あ、おいベル! 誰なんだよ? 知り合いか!?」

 マルルガも遅れてベルの後を追った。

 その様子を見ていたリリィ・エンフィールドはため息を吐く。

「……ヤクザムライは有名とはこれいかに。イカのお値段これいかに。この可憐な天使、ロリリィを目の前で無視するとはいい度胸です。しかしです! すっかり垢抜けた私の美貌に全世界が虜。次の撮影地はトリコロールなのです!!」

 ちなみにであるが、リリィはハリウッド女優としてそこそこ有名だ。

「レッツ、バカンス! 地中海ビーチでこんがり肌を焼いて、肉肉パーティなのです!」



 時は少し流れて翌日。

 アイビー市北東にあるシオン区の教会ではマルルガとベルの結婚式が挙げられていた。

「健やかなるときも、病めるときも──」

「はい! 誓います!」

 牧師が言い終わる前にマルルガは近いのキッスを交わした。

「もう、マルルガ君。最後まで話は聞いてください」

 かつてマルルガやベルの教師だったフェテリシアは、牧師に転職していた。可憐な美貌と穏やかさからなかなか評判の良い牧師らしい。

 賑やかなパーティが始められる中、フェテリシアは静かにその輪から離れ、墓地へと足を運ぶ。フェテリシアは、アウロ・ルシエラと刻まれる暮石の前で報告した。

「先生。みな、元気にやってますよ」

 実はこの二人、ルシエラの生前から深い付き合いがあった。それもそのはず、サンタマリア学院の生徒たちはみな、フェテリシアの教え子であり、ルシエラの患者だった。学院の元生徒たちは、ほとんどが身体の一部分を機械化しており、ルシエラ医院に通院する子がたくさんいた。そんな関係性もあり、フェテリシアとルシエラは深いコンタクトを取っていた。

「あら、フェテリシアさん。こんにちは」

「ユリアさん、来てくれたんですね」

 ユリア・ウィットネス。ルシエラ医院の看護師を勤めていた人物だ。真っ赤な口紅ルージュがトレードマークの彼女だったが、今は落ち着いて、桜色の薄い口紅だった。ルシエラ医院はその名を畳んだが、その場所でユリアはまだ看護師を続けている。

「新しい先生はどうですか?」

「なんていうかもう、第二のルシエラ先生よ、まったく」

 ユリアは眉間にしわを寄せ、

「こんな顔して、患者さんにこういうの。『機械の身体は大切にしなくていいけれど、あなたの心だけは大切にしなさい』ってね」

「まあ、アヤネさんらしい」

 フェテリシアは柔和に微笑んだ。

「しかも、外来がない時間はずっと研究、研究。ほんとあの子、いつ寝ているのかしら。まるでルシエラ先生が憑いているみたい」

「きっとそれが、彼女にとっての懺悔なんだわ。人は後悔しなければ、前を向けない生き物ですから」

「フェテリシアさんまでそういうこと言わないで。私の周りは小難しいことばっかり言う人ばっかり」

 そんな風に会話を重ねていると、一人の女性がルシエラの前に花を添えた。彼女は十字を軽く切ると、さっさとその場を後にする。女性がさったあと、フェテリシアたちは目を合わせ、首を傾げあった。

「今の人って……」

 ユリアはふと思い出した。十年くらい前に医院にやって来た女の子のことを。

「確か彼女は──」

 だが、その女性の名前をユリアは知らなかった。もっともルシエラはよく知っている人物だったが。

 クリーム色の髪が、穏やかな風にふわりと浮かんでいた。


      ***


「ねえ、センセ?」

 と少女が手を挙げた。

 木の下にはたくさんの少年と少女がいた。

 彼らは一体の全身躯体を取り囲んで、『仮面男と妖精のおとぎ話マスク・オア・フェアリィテイル』の話を聞き終わったところだった。

 少年少女らは少し特殊な経緯の上にその孤児院にやって来た子たちだ。親を亡くした子供、親から愛情を受けられなかった子供。またあるいは、経済的理由で一時離れ離れにならざるを得なかった子供が集められていた。

「なんだい?」

「結局、その仮面男さんと、黒い妖精さんはどうなったの? 他の子供たちは? みな死んじゃったの?」

 躯体は笑うこともできないが、できるだけ精一杯の笑みを浮かべたつもり。

「いずれ人は死んでしまうものだよ。でもこれはおとぎ話だから、きっとまだ生きているんじゃないかな」

「コウチョウ! 俺、わかったぜ! 黒い妖精はカガクの力で復活を遂げたんだ! みんなだ! ロコも、エルガーも、オーフェンもみんな、GM因子で再生したんだ!」

 男の子が息巻いて言った。

「それだったら、悲しくないね」

 少女も安心した様子で胸を撫で下ろしていた。

「さて、みんな。そろそろお昼ご飯にしようか。今日は焼肉パーティだ」

 はーい、と少年少女らは声を揃えて立ち上がる。みな穏やかで安穏な表情を零しながら、草原を駆けていった。

 躯体は腰を上げ、他グループと談笑していた先生と合流した。

 子供達の姿が見えなくなったのを見計らって、二人はそっと手を繋いだ。

 その時、十二時を告げる鐘の音が鳴った。

 もう銃声は聞こえない。

 彼らが守るその場所だけは永遠に。

 


    **スチール・ハート完**

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スチール・ハート 碧咲瑠璃 @aosaki_ruri

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