第4章

魂魄(1)

 黒い妖精事件から数日が過ぎた。

 ぼくは新しいバイクにまたがり、アイビー市の外れを目指していた。

 街はまだ荒れすさんでいたし、人々はまだまだ不安を顔色に浮かべていたが、いつもの街が戻り始めていた。あの後、イアンの部隊が街を大掃除したそうだ。現在、死亡者の身元確認が行われている。ほぼ全員の身元が確認されたそうだが、二人の行方不明者がいるそうな。一人は植木トモヒロで、もう一人は薊トウヤ。

 それから、あの繭の中身を全部確認したが、ぼくの知っている友達だった。ただし彼らは昏睡状態のまま未だに目覚めはしていない。イアンが音頭を取り、世界中から医師を集め、回復手段を模索しているようだ。

 また、GM因子に関する噂が、資本主義者たちを呼び寄せてもいる。

 永遠の命に人が飛びつかないわけがない。これを牽制すべく、アヤネはここまでの流れを事細かに記した文章をネットに公開した。

 またアヤネはこうも言っていた。

『この再生医療は夢のような技術ではない。なぜならば、再生された個体数と死した個体数の数が不釣り合いだから』

 すなわち、数百の命を蘇らせるのに、数万の命を使ったということ。割りに合わない恐ろしい技術だと言いたかったようだ。それにもう一つ懸念もある。

『果たしてあの技術は全人類に適応できる代物なのかしらね』

 とも言っていた。

 ぼく達、鋼鉄の子供達は少々の改ざんがあるとはいえ、元々は同じ遺伝子を基にしていた。言うなれば、あのバケモノの中ではマクロ的に、全部が同じ細胞だった故、できたのではないかということだ。

 高速道路を降り、一般道に入っていく。時々、すれ違う車からぼくを見た人がギョッと目を向いていた。なにせぼくはピカピカの身体ボディだったからだ。

 ぼくはピースサインを送った。笑えないのだから仕方ない。

「というか、知っていたなら、ぼくも真新しい肉が欲しかったな」

 ぼくは無表情でそう呟いた。あの中にいたら、別にサイボーク化しなくてもよかったんじゃないか。今になってみればそう思う。しかしこの身体も今となってはさほど嫌いじゃない。

「だろ? 兄さん」

 ぼくは一人ごちた。側には兄さんがいてくれるような気がする。

 あぜ道に入るとドクロマークの標識が危険域を示していた。バイクを止め、荷物を背負う。ぼくは茫漠と広がる荒地を見渡した。両眼で分析を開始する。指向性地雷はすぐに見つかったが、埋め込まれた対戦車地雷は見つかりにくかった。

 地雷を回収し、信管と爆薬を分離する。距離にして二百メートルを進んだところでぼくは肩をすくめた。

 全部撤去するには何ヶ月もかかりそうだ。ともあれ、時間はたくさんあるし、この一帯はすでに買い取ってある。

 夕方ごろになり、簡易キャンプセットを広げて休息をとることにした。完全躯体になって便利になったことは、食事を摂らなくて済むことだ。腹に内蔵した水素電池と太陽光発電がぼくの栄養源だ。しかし逆説的に言えば、ぼくはとんでもない爆弾を腹に抱えているわけで、取扱注意と札を貼っておかなければならないだろう。

 ぼくは人間だった名残が残っており、眠りにつこうとしたが、眠るということを忘れていた。リュックの中から、アヤネにもらった〝ぼくの説明書〟を広げて、スリープの仕方を探した。

 どうやら、横になって目を閉じれば自動的に休眠状態になるらしい。しかし説明書には目覚め方が乗っていなかったので、少し不安になった。

 ぼくはテントから身体を出して、空を見上げる。

 満点の星が頭上を埋めていた。

 手を伸ばせば届きそうな星。

 距離感が曖昧になるほど夜が深い。

 きっと生の身体だったら綺麗だろうとか思ったんだろうけど、ぼくが感じられるのは、光の帯域や波長の長さといった数字だけだった。

「あの星は暑いのか」

 星は温度が高いと青く見え、温度が低いと赤く見えるらしい。

 確か、ヘンリーは天体観測が趣味だったっけ。昔そう教えてくれたことをぼくは思い出していた。星にも寿命とやらがあるらしい。太陽より重い星は死ぬとき爆発するのだとか。

「壮絶な命だな」

 そういう意味じゃ、ぼくも死ぬとき水素爆発するんだろう。でもぼくは太陽のように誰かを照らすことはできないし、みなの光にもなれない。ずっと兄さんの影だった。

 でも今となってはどうでもいいこと。影でいる方が気が楽だ。

 目を開けると朝になっていた。

 あまりの唐突さにぼくは少々面食らっていた。

 この身体のスリープは睡魔が訪れない。

「……これは慣れないとな」

 テントを畳んで今日もまた地雷撤去作業から開始する。二、三の地雷を分解したところで、鳥が降りてきた。慌ててぼくは手を伸ばして、鳥を手の中に包み込む。反応がコンマ一秒でも遅れていれば吹き飛んでいたかもしれない。

「まだ危ないから、来週あたりに来てくれ」

 そう言って手を広げた。鳥はトトトと肩に乗っかり、チュンチュン言った。

「急かさないでくれ。見ての通り、ぼくの身体は一つしかないからさ。え、肩にいるって? でも君は腹が減るだろう? ずっとはいられないさ」

 どういうわけか、機械の体になってぼくは鳥の言葉がわかるらしい。

「そうか。なら君の好きにしていればいい」

 鳥はチュンチュン言いながら頭に乗っかった。

 また日が沈み始めると、鳥はどこかへ羽ばたいていった。また様子を見にやってくると言っていたがそれは来年くらいらしい。彼は季節ごとに世界を股にかけるジャンパーと言っていた。

 翼を持つ彼が少し羨ましかった。

 彼と約束したので、ぼくは夜通し地雷撤去をすることにした。そうやって一週間余りが経過した頃、ようやくぼくは旧バンブル孤児院跡に到着する。

 燃え焦げた鉄筋がむき出した建物を目にして少し過去が蘇る。

 子供の声がしてぼくは庭を振り返った。ペイジーとイルナが笑いながら追いかけあっていた。建物の西側にある木の下では、トウヤが数を数えていた。

 ぼくとロコとオーフェンは「にしし」と笑いながら、木の上からトウヤを見下ろしている。──確かあれはかくれんぼをしていた時だ。

 ぼくは、建物の陰で退屈そうにしていた少女を見つけ声をかけようとしたところで、見つかってしまったんだっけ。それでロコとオーフェンも見つかって、文句を言われた。

 懐かしい思い出。

「ただいま」

 ぼくはそう言って、黒ずんだ鉄骨をまたぐ。眼は現実しか映さないけれども、頭の中にはあの時の孤児院の姿が重なって映り込んでいた。

 玄関にはたくさんの靴がいつも散らばっている。誰が誰のものか分からないくらいに入り乱れている。床は毎日誰かがワックスがけをしていて、光沢を帯びていた。

 脇をジョンが過ぎていく。

 扉の前ではティルがわんわん泣いていた。

「どうしたの?」

 ぼくは少年の頃のぼくとなり、声をかけた。

「アマンダがね、ぼくを弱虫だって」

「弱くたって、いいじゃないか」

「でも、弱虫は友達を守れないから」

「強さだけが誰かを守ることじゃないよ」

 そこへ、ラタンタが駆け寄ってきて、

「ほら、泣き止んで。一緒におやつ食べよ?」

 ティルは涙を拭い、ラタンタと大広間の方へ消えていく。

 ぼくは廊下を進んでいく。

「よ、セナ。夕食前にかけっこの決勝戦やるからな。俺はお前に賭けてんだ。頼むぜ」

 ぼくは任せろと言った風に親指を立てた。

「ねーねー、セナァ、明日は私と山菜採りに出かけるよね?」

 今度はキャリーが何人かの女子を連れて、そう言った。

「せっかくだから、みんなで行こうよ」

「ええ、セナと二人っきりがいいなあ……」

「みんなで行く方が楽しいよ?」

「セナがそういうなら仕方ないな」

 じゃあ、と言ってぼくは地下へ通じる階段へと向かう。横目に見える大広間では、たくさんの子供たちが絵を描いたり、ごっこ遊びをしていた。

「セナお兄ちゃん、どこ行くの?」

 聞き慣れた声がして振り返ると、ロコが不安そうな顔をしてぼくを見ていた。

「先生のところへ」

 するとロコは目にいっぱいの涙をためて、

「帰ってくる?」

「ああ、帰ってくるよ」

「本当?」

 ぼくは首を何度か縦に振った。

「約束だよ」ロコは小指を差し出した。「帰ってきたら、ロコをお嫁さんにして?」

 あの時のぼくはなんとなく言葉をはぐらかした。

 でも今のぼくは小指を出した。

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