孵化(5)

「それが君の答え?」

 アヤネがそう言った。

「……何してる?」

「私は君にまだ答えを示せてない」

 アヤネはぼくの胸に手を当てていた。当然、ぼくが刃を出したもんだから、彼女の手の甲と掌を貫いていた。

「こんな程度で許されるとは思っていないけれど」

 そう言って、アヤネはぼくの腕をゆっくりと引き抜いた。とろりと彼女の手から血が滴る。アヤネは白衣を脱ぐと、ぼくの手を使って、布を切る。そして手首と白衣の切れ端をぼくに差し出した。

「止血して」

「君は馬鹿なんじゃないの?」

「早くしないと貧血で倒れてしまうわ」

 強がっていたけれど、アヤネは辛そうだった。

「今日は雨が激しいわね。びしょ濡れだわ」

 アヤネは乱暴に頬を拭った。雨はポツリポツリとしか降っていなかったけれど。

 ぼくは彼女の手を取り、巻き始める。

「まだ終わっていないから。黒幕の居所が先ほど掴めたの。判断ジャッジは君に任せるわ。それにさ、私たちはずっと勘違いをしていたのかもしれない」

 ぼくは何も言わず、アヤネの手を巻き続けた。

「覚えてる? 孤児院で私と君が最初に会った時のこと」

「なんとなく」

「あの時、薊博はこう言ったのよ。『先生たちはそんな未来を夢見て、研究しているんだ。きっと、誰も死ななくていい方法があるはずだ』」

「それが何?」

「完成はしなかったけど、たぶんあの人は結果を出した」

 アヤネは背後を顎でしゃくった。それから彼女はゆっくりと歩き出し、肉の残骸へと歩み寄る。肉の液体をかき分けると、中から繭が現れた。

「たぶん、レイシアは生贄になることを厭わなかった。みなを裏切って生き残ろうとしてしまった後悔に苛まれ、仲間たちが死んでしまった罪滅ぼしにGM因子を受け入れたの。未完成だったが故、不安定で自らの感情に暴れてしまっただろうけれど」

 手、とアヤネはぼくに示した。

 ぼくはブレードを出して、繭に切れ目を入れる。

 思わずぼくはぎょっとした。いや、表情は表せないから、心の中でだけれど。

 ──ありえない。あり得るはずがない。そう思いながらも、ぼくの身体は貪るハイエナのように繭をかき分けた。

 そして楚々とした無垢が現れた。一切の装飾を身につけない雪のような肌が現れた。そこには機械部品も、数十時間前に貫かれた腹の穴もなかった。

 ロコは身体を晒していた。

「ロコ……?」

「急速細胞分裂。いわば再生医療の応用」

 その言葉にぼくは見上げた。

「オカルティックかもしれないけれど、こうも解釈できるわ。あの妖精は巨大な医療装置だったのよ」

「そんな……まさか……」

「暴走したんじゃないわ。魂や怨念が人々を襲ったのではないわ」

 ロコは穏やかな寝息を立てていた。息をしていた。鼓動が聞こえた。寝返りを打つようにロコは少し身をよじらせた。

 生きていた。

 ロコが生きていた。

「だとしても……。そんなことが、こんなことが許されていいのか!?」

「知らないわよ、そんなこと。多くの人は許さないでしょうね。家族を失った人もたくさんいるでしょうから。でも、同時にこの悪魔とこの悪夢を許さなきゃならない側も居ることは事実じゃない? 私や君は、この結末に喜ばざるをえない」

「この子は本当に……ロコなのか?」

「さあ、それは分からない。過去のことを覚えて居るのか、あるいはその個体はまったく新しいロコの姿をした別物なのかは。その辺りは時間をかけて調査するしかないわね」

 涙を流せるのなら、きっとぼくは涙を流していたことだろう。

 嬉しい涙を。

「けれど、女の子的な感情からすれば、あーあ、フラれちゃったなと思わなくもないけど」

 ぼくはロコを抱きしめた。

 喉から喘ぎが漏れた。

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