孵化(2)

 ヘリのローター音が大気を震わせた。

 真夜中を切り裂く輸送ヘリが高速道路へと急接近していた。そのヘリに乗り合わせた誰もが使命感に燃え、戦場に飛んできた。

 しかし、その奇怪な姿に絶句するしかなかった。

 銃座に着く男は生唾を飲み込んだ。彼の銃を持つ手は震えていた。 

「ボス……あれは一体……?」

「つべこべ考えるな! 貴様らは、ただ弾幕を張ればいい!!」

 イアンは言い放つ。イアンにしても、恐れがなかったわけではなかろう。数々の死線をくぐり抜けてきた彼ですら、声が裏返るほど動揺していた。

 アヤネもまた恐怖を押し込めるようにして、身をギュと抱いた。

 悪魔だった。

 悪魔としか言いようがなかった。

 アメーバ状に広がる肉。黒く淀んだ塊。生きているかのような生々しくも艶やかな輝きを放っている。それは波打ちながら地を這っていた。つるりとした触手が根のように蔓延り、人を絡め取った。養分を奪い取るように生き血を啜った。肉が干からびると、触手は興味をなくし、人体を捨て置いた。地に跳ねた人体は陶器のように、バラバラに砕けていった。

 さらに触手は、シダ植物のように街中に手を広げ、高層ビルにしがみついた。世界を包み込むかのように、飲み込むかのように根を広げている。

 恐れおののくには余りある異様な物体だった。本能的な恐怖。生理的な忌避感。それを見た誰もは全身の毛穴がぞわりと広がるのを感じた。悲鳴をあげることも忘れるほど。息をすることも忘れてしまいそうなくらい、凍りついた。

「目標、目視。距離、二〇〇メートル。射撃用意!!」

 イアンは自らの恐怖を拭い去るように怒鳴り続けた。

「サーイエッサーッッ!!」

 射手は威勢の良い返事をしたものの、震えは収まっていなかった。照準器の枠の中で異物が出入りを繰り返していた。彼は手を食み、震えを止めようとしていた。それでも震えは収まらなかった。

「くそ! くそ! くそ! くそったれ!!」

 無理もない。今はまだヘリは狙われていない。しかし攻撃するとヘリが襲われる可能性は十分にあった。すなわちそれは死を強く連想させた。悪魔を前に、男の理性は白旗を上げていた。ヒトは理性を根拠に行動する動物。その理性が降伏するのなら、激しい感情で焚き付けるしかない。

 男はベルトを抜き取った。銃座と自らの腕を固定し、トリガーを引いた。

「うぉぉぉぉ!!」

 荷電粒子砲が光を放つ。間断なく光の雨が肉塊に降り注いだ。数万度の熱を浴びた肉壁は蜂の巣のように穿たれる。

「有効射確認──、いけます、ボス!」

 射手の表情から硬さが抜けた。だが、ぬか喜びに過ぎない。

 熱で溶けた肉は接合を始め、穴はあっという間にふさがった。

「再生した……だと?」

「急速細胞分裂よ」

 アヤネは冷静に述べた。

「永久機関じゃないわ。当然、莫大なエネルギーが必要だし、生物の細胞分裂回数には限界がある。無敵じゃないわ、あの化け物は」

 もしも勝算があるとするのなら、それ以外にない。裏を返せば、無敵ではないことだけが救いだった。気休めにもならない、とアヤネは思う。

「元はクローン体だし、寿命はずっと短いの……。生命に永遠なんて有りえない」

「ボス! 目標の側に対象を確認! また、後方五十メートルに対象二を確認。──おそらく両者死亡!」

 アヤネは背筋を伸ばし、二人の対象を目に収めた。思わず顔をしかめてしまうほど、二人とも無残な姿だった。アヤネは口を押さえて、嗚咽を飲み込んだ。

「そんなことはどうでもいい!!」イアンが吠える。「我々の作戦は対象一、二を回収することだ! どんな姿でも。それが我々パンプキン商会に依頼された任務である」

 イアンはそう言うと、ヘリの淵に立つ。

「行けるか、元相棒。いや、〝サイボーグ殺し〟」

 すると、日本刀と盾を背負った植木トモヒロが立ち上がる。

「誰に言ってやがる。ファッキン野郎。膝が笑ってるぞ、ちびってんじゃねーか?」

「これは武者震いだ。むしろ、武者ボッキだ。この妖刀『血武子チムコ』の白濁ビームで白く穢してやろう」

「てめえは、何言ってやがる。短刀をさっさとチャックの鞘に収めろや」

 アヤネは今更ながらにして、イアンに協力を要請したことを少し後悔していた。この人で大丈夫だろうか、と。

「ともあれ、アレはクソの肥溜めだわな。馬鹿でかいあの糞は、神のクソか? 笑えねえ。実にスーパーシットサイズだ」

「大掃除というわけか」

「便所掃除は趣味じゃねーんだがな」

 イアンとトモヒロは、共に不敵な笑みを浮かべた。

「おっと、ロリ天使リリィを忘れてもらっちゃあ、困りますねえ」

 リリィは両手に短機関銃を構えて、二人の背後に立った。

「ションベン野郎の出番じゃねーんだよ。ガキはクソして寝てろ」

「ほむほむ。トモヒロっちは、聖水プレイが趣味とな。タイヘンなヘンタイですな」

 トモヒロは苦虫を噛み潰すような顔をした。

 あははっ、とイアンは大口を開けて笑った。

「実にお下品な方達だ。しかし、狂った戦争には実にピッタリだ」

 いがみ合っていた彼らをまとめたのは、他でもないアヤネの指示だ。いや──。アヤネは、もう一人の天才が書いたシナリオのいち役者に準じただけに他ならない。アヤネが技術者としての天才だとしたら、薊トウヤは

 この欲にまみれ、複雑怪奇に織り合ったプランを修正するデバッガーだ。

 なぜ、トウヤはセナに敵対したか──。

 それは、GMクローン体に対する有効手段を早急に作り上げるためだった。まさか核を使って葬るわけにもいかない。なるべく環境にダメージを与えない武器。その開発。それこそが、薊セナの感情を逆撫でし、することだった。もっとも、エルガー・アルデバラン、オーフェン・グラハルドなども右腕として考えたが、両者ともに、不具合に陥ってしまった。

 セナは優しすぎた。仲間に対し、特別な感情を抱きすぎていた。兵器に感情は必要ではない。レイシアの存在を少しでも悪魔の中に感じてしまえば、セナはあれを破壊できないだろう。そう思い、トウヤはかつての仲間たちを敵としてあてがった。

 すべてはシナリオ通りだった。

 つい先刻までは。

 トウヤのシナリオ上、セナの死は最悪の筋書きだった。

 アヤネはちらりと背後を振り返り、躯体を視界に収めた。セナの生体部分の寿命がやって来る前に、換装しようとしていた躯体だ。最悪のシナリオを想定して、持ち込んでいたことに彼女はほっと胸をなでおろした。

「ヤクザムライ、突撃戦法は考えましたか?」

「人をヤク中みてえに言ってんじゃねーぞ」

 イアンとトモヒロは未だに言い合っていた。

 アヤネはため息を吐いた。意外にこの男たちは肝っ玉が小さいのではなかろうか。

鋼鉄の心臓スチール・ハートといえど、タイムリミットはあるの! さっさと行く! 馬鹿二人!」

 アヤネはイアン、トモヒロの順に背中を蹴飛ばした。

 イアンはスカイダイビングしながら、ショットガンをぶっ放した。続いて、リリィが上から弾をばらまく。さらにトモヒロが刀を構えて急降下した。

 三者の連撃でGMクローン体は真っ二つに別った。だがGMクローン体は糸を引くようにして分断部分の接合を始めた。

 アヤネはじっとGM体に着目した。再生中は触手の動きが鈍っていた。

 彼女は一つ仮説を導く。

「総員、攻撃継続。あのデカブツは、並列処理できない単細胞よ!」

 続いてアヤネはトウヤへ無線を繋ぐ。

「地上部隊の準備は?」

『できてるぜ。いつでも』

 GM体の四百メートル後方に、骸骨スカル部隊が待ち伏せていた。極限にまで無駄を削ぎ落とした無人機。鋼 鉄 の 骨ボーン・オブ・スチール。それらが小口径の荷電粒子砲を構えている。

「タイミングは任せるわ。回収後、撤退を援護して」

 トウヤがPMCを乗っ取った理由、あるいは世界各国に戦争をふっかけて、資金を集めなければならなかった理由もここにある。

 大量の武器や自律兵器を集めるためだ。

『てゆかさ、アヤネ。あいつには伝えなくてよかったのか?』

「何を今更。終わったことをぐだぐだ言っても仕方がないでしょう。それに誤算は、ルシエラ先生がやられてしまったこと」

 アヤネはこれまで幾度となくセナに真実を告げようとした。だが、自らの意思に苦しむセナを見るたび、言えなかった。何事も起こらないことを密かに願った。もしくは、ロコと一緒にこの街から逃げてくれることを祈った。

『できるのか? 君に、あいつの全身躯体化が』

「技術的には問題ないわ」

『精神的には?』

 アヤネは一つ息を吐いた。

「覚悟はできた。どんな恨みも、どんな呪いも背負うわ。いいえ、彼の苦しみをせめて半分だけ背負うことにした。たとえ、どんな彼になったとしても。どんなに人間を辞めていても」

 それが彼女の責任だった。鋼鉄の子供を生み出した責任。あるいは、セナにとっての最愛の人を死なせてしまった罪滅ぼし。ロコ・コココが自分を呪ったとしても、アヤネはすべてを被る気だった。

『まったく持って、馬鹿げてるよな。てめえのケツはてめえで拭けってんだ。結局、最後まで俺らが尻拭いだぜ』

 ただ、アヤネには一つだけ分からないことがあった。すべてを計画した薊夫妻は、一体、この戦いに何を見出そうとしているのだろう。

 永遠の命を作り出せなかった腹いせ?

 それとも──。

「目標に動きあり!」

 射手がそう告げた。

 アヤネは道路に目を落とした。

 大量の光の熱を浴びた肉塊は、赤子ほどのひと塊に分裂し、散り散りになっていた。

「ダメージ大! 目標、撤退行動に──」

 アヤネはそう告げようとしたが、誤算だったことに遅れて気がつく。

 分散した肉塊たちは、トモヒロらから離れたあと、後方に横たわっていたロコの身体に集まった。まるでその身体を飲み込むように。耳や目や鼻や汗腺から肉の液体は侵入していった。

 アヤネはその一瞬の刻、知識を総動員した。

 彼女はGM因子が発症した時、何が起こるのかあらゆる予測を立てていた。その内、もっとも妥当だと思われた行動は、エネルギー供給行動だ。タンパクであれ、電気的であれ──その栄養源が何かを知りはしなかったが──、生命保持の行動が基本原理だろうと予測した。もちろん、大まかには間違っていないはずだ。ではなぜ、目の前のトモヒロたちを無視して、ロコ・コココの死体に?

 あの化け物は科学を超えて、超現象的に存在しているだけなのではないか。そう思わせるには十分に矛盾した行動だった。それは単なる恨みや復讐心だけが行動を与えているのではないかと。

 推理を建てたアヤネはつかの間、言葉を失った。

「怨念……」

 ヒトはここまで途轍もないのかと。

 情動はここまで物質を動かすのかと。

「……悪魔に宿った魂が動かしている?」

 アヤネはそう呟いたが、非科学的ナンセンスだと考えを振り払った。

「対象二の回収を断念! 対象一を速やかに回収ののち、撤退──」

 アヤネは心を鬼にして、セナだけの回収を指示した。

 直後、肉塊は驚くべき変化を見せる。ロコの身体を取り込んだ肉塊は、ロコの顔立ちを模造した。さらにその構造物は、複数の顔を作り上げた。エルガー・アルデバラン。オーフェン・グラハルド。あるいはレイシア。それだけじゃない。

 アヤネが知っている限り、。名前すら出てこない子もいたが、顔立ちはしかと覚えていた。

 孤児院で実験されていた子供全員の顔すべて。

 まるで地獄が現れたかのように、死者達がとぐろを巻いて現れていた。

 まさしく亡霊。

 アヤネは、自分が犯した罪の重さを履き違えていたことを感じた。

 ここまで強烈に。これほどまでに激昂していたとは思わなかった。

 肉塊は世界を割らんばかりの絶叫をあげた。音で脳が握りつぶされるほどの絶望の音。憎悪の音。そして肉塊は緩速に進みゆく。ドロドロの足を生やしながら、巨体がセナに向かっていた。

「──回収急いで! 高度を下げて、彼らの収容を──」

 アヤネはヘリパイに告げた。刹那、振動がヘリを襲った。コックピットは真っ黒に包まれていた。肉の触手がヘリにまとわりついていた。圧に鉄が軋みをあげる。アラートが鳴り響き、ヘリはぐるぐる回っていた。

『そっから出ろ! ワイヤーで拾ってやる!』

 耳の中から怒号が貫いた。一瞬、アヤネはその声をセナの声と錯覚した。遅れて兄の方だと気づく。

「でも、ここには躯体が!!」

『後のことは後で考えろ! 君まで死んだら元も子もない!』

 アヤネはヘリから飛び出した。すぐさま身体にワイヤーが巻きつけられ、薊トウヤがアヤネの身体を抱き寄せた。

「まるで王子様気分だな、こりゃ。お姫様抱っこしてやろうか?」

「変なとこ触ったら、ロボットダンス踊らせるわよ!」

 トウヤは「はは」と笑いあげた。二人は地面に着地した。周囲ではトモヒロとリリィが触手退治に奔走していた。トウヤはトモヒロに駆け寄り、

「トモさん、セナの回収は?」

「パンプキンクソ野郎が回収した」

「じゃあ、アヤネを頼んます」

 するとトモヒロは鋭い眼光をトウヤに向けた。

「……トウヤ、何考えてやがる」

「決まってんじゃないっすか。時間稼ぎっすよ」

 トモヒロは青筋を浮かべつつも、トーンを落とした声で、

「柄にもねーことやるんじゃねーよ。てめえはブレインだろうが。こういう仕事はな、年上がやるもんだ」

 トモヒロはトウヤを押しのけて、怪物の前に立ちふさがった。

 ぬらりと刀を抜いて、盾を片手に構える。

 トウヤは思い詰めた表情でトモヒロの背中に投げかける。

「トモさん。俺、今まで散々、仲間をこき使ってきたし、実際見捨てた大悪党です。それにセナにも迷惑かけました。だからこれは俺の──」

「罪滅ぼしか? それとも漢決めようってのか?」

 トウヤは押し黙っていた。

「ガキが大人のふりしてんじゃねーぞ。それにな、トウヤ。テメラの喧嘩をややこしくしちまったそもそもの原因は俺にある。てめえがカッコつける場面はここじゃない。嘘を嘘のままで終わらすなよ。本気で弟んこと、思ってんなら、怒鳴りあってでも、殴り合ってでも最後には許し合えや。それが本当の兄弟ってもんだろ? あいつは良いやつだ。優しいし、頭に血が昇るタマじゃない。お前だって、似たような血が流れてんだろ。俺は知ってるよ」

「トモさん……」

「あの化け物、ソッコーぶっ殺して、てめえらがせっせこ考えたチンケな作戦を無駄だったと笑ってやる。俺はオチオチ死ぬつもりはねえ」

 トモヒロはサングラスを取ると、トウヤに投げ渡した。

「やるよ、それ」

 サングラスを取ったトモヒロの眼光は一層、尖り鋭いものだった。だが彼の目尻は少しだけ弛んでいた。

 トウヤはぐっと歯を食いしばり、

「……帰ったら、盃交わしてくださいよ」

「マブダチと義兄弟の契りなんて交わさねーよ、バカが」

 その言葉を最後に、トウヤはアヤネを抱えて、高速道路の壁を超える。道路下に着地すると、白いキャンピングカーが扉を開けて待っていた。イアンが手招きをし、二人を急かした。アヤネとトウヤが中に入ると、車は発進した。

 少し顔を上げると、窓向こうから荷電粒子砲の光が幾度となく明滅を繰り返していた。

 トウヤは椅子に腰掛け、膝の上で拳を握っていた。

 アヤネはベッドへと駆け込むと「バイタルは!?」と問いかけた。あらかじめ待機させていた医師たちはセナの救命活動に必死だった。

「呼吸なし。血圧低下。心音、弱まっています──」

 アヤネは「躯体は」とイアンに言葉を向けたが、彼は首を振った。

「用意していた躯体はヘリの中です。予備は本社かルシエラ医師の所にしか……」

「それまで、なんとか保たせて!!」

 アヤネは強く言った。

 しかし、その場にいた全員、すべてを察していたかのように顔を伏せた。有に致死量を超える血液を失っていたし、頼みの綱の鋼鉄の心臓スチール・ハートも消え入ろうとしていた。

 電気供給で動き続けるはずの心臓が止まりかけていた。

「……もしかしたら、我々は期待を寄せすぎていたのかもしれません。これ以上彼に重荷を背負わすのは酷すぎるというものです」

「諦めろですって!?」

 アヤネは金切り声をあげた。ほとんど悲鳴のようなものだった。

 たっぷりの感情を込めるアヤネとは逆にイアンは冷静に言い返す。

「彼は死ぬことを望んでいるかもしれない。仲間を失い、大切な人を失い、それでも彼がこの世界に残る理由なんてありますか? 私にはありませんよ」

 アヤネは目を真っ赤にして、イアンに歩み寄った。襟を掴み上げ、

「誰が彼をこんなひどい目に合わせたの!? 彼がこんな運命を歩まなければならなかったのはなぜ!? こんなの残酷すぎるじゃない! こんな終わり方、誰も望まないわ! 少なくとも私は!」

「私だって、同じ気持ちです。トモヒロだってそうでしょう。ですが、現実というのは時にままならないものです」

 アヤネはぐっと拳を握った。

「彼にこんな運命を背負わせたのは私なの……たったひと欠けらの幸せすら与えられない科学者ってなに? 私は世界中の人たちが不自由なく暮らして欲しくて、それでサイバネティックス研究に加わったの……。なのに、これじゃあ……」

 力の抜けたアヤネはするするとへたり込んだ。顔を覆い、必死に嗚咽をこらえようとしていた。

「私の所為で……私さえいなければ……」

 アヤネは自身を責め立てた。

「諦めるというのも手です。あの化け物に世界は滅ぼされるでしょう。我々も少し遅れて、今まで死した者たちの元へ行くだけです。こう見えて、実は私、カトリックなんです。さあ祈りましょう、アーメ──ゴブハッ!?」

 十字を切ろうとしていたイアンの顔面をトウヤが殴りつけていた。

「……トウヤさん!? なぜグーパンチ!?」

「黙ってろ、パッキン」

「水道部品!? せめて、ファッキンと呼ばれたい!」

 トウヤはイアンを無視して、アヤネに目を向けた。

「なあ、アヤネ。他に必要なもんは何がある?」

「え?」

「躯体以外に要るもんはあるか?」

 アヤネは少し逡巡した。

「……できればスパコン並みのコンピュータが欲しいけれど、躯体さえあれば、ギリギリ」

「そうか。だったら、話は早いじゃないか」

「肝心の躯体がないじゃない……」

「あるだろ、ここに」

 アヤネはトウヤを見上げた。

 トウヤは自分の胸を叩いた。

「でも、その躯体にセナを入れるってことは、トウヤさんを消すってことで──」

「つべこべ言うな。選べ。君は俺かセナを選ぶんだ。無慈悲な選択をしろ。俺を殺すか、セナを殺すか。君の大切な方を選べ。だけど、誓え。目覚めたセナの自由意志に任せると。もしもあいつが戦いを選ばないときは、この街もろとも、犠牲にする覚悟であいつの意思を尊重しろ」

「あなたはそれでいいの? せっかく、薊トウヤの意識が固着し始めているところなのに。数万体の中から、ようやくあなたが復活したのに。バックアップから薊トウヤを再現しようとしても、同じようにあなたが発現するとは限らないわ」

「どうせ、弟に助けられた命だ。それに、トモさんがあそこで残ったのは、ここでカッコつけさせるためだろうさ」

「最悪、お兄さんがあれと戦うってのも……」

「絶対ヤダね。つーか無理だわ。言っとくけどな、なんだわ」

 アヤネは意味がわからず首を傾げた。

「俺は戦争で直接は殺したことはない。間接的に死んじまった奴はいるけどな。俺は小汚ねークソ野郎だよ。自分の手は汚したくない、いや、殺せなかった。臆病者だかんな」

 トウヤは複合肌を剥ぎ取り、トウヤの顔を脱いだ。

「俺は仮面。そしてこいつの影としてここに居続ける。それを忘れないで居てくれればそれでいい。それから、俺たちの仲間のこともたまには思い出してやってくれ」

 トウヤは、アヤネの頬に流れる涙を指で掬った。

「やっぱり、ロマンチストね」

「かもな」

 そうしてトウヤはセナの隣に横たわる。

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