黒翼(5)

 ぼくは、胴体から離れたレイシアの首に刃を突き立てた。

 レイシアはもう言葉を発せなかった。レイシアの義眼が眼窩からこぼれ落ち、アスファルトの上を転がった。ぼくはそれを手にとって、ロコの元へと歩み出す。

 レイシアがあの時持ち出した約束をぼくは破った。いや、言い訳をさせてもらえれば、その作戦にぼくは参加できなかった。直前になって、レイシア単独作戦に切り替わってしまったのだ。その後、レイシアがどういう末路を辿ったのかは想像に容易い。

 いや、レイシアの脱走はバレていたのだ。

 ぼくに課せられた任務は──、直前で変更された作戦は、裏切り者の始末。

 懲罰作戦だった。

 その作戦はぼくやトウヤを含める部隊だけでなく、鋼鉄の子供たち全員を向かわせた。そして、裏切り者のレイシアの処遇を決めろと命ぜられた。

 でもぼくらはレイシアを許した。レイシアが逃げられるように、時間を稼いだ。レイシアが逃亡したあと、彼女がどうなったかをぼくらは知らない。なぜなら、その後ぼくら全員は孤児院に戻され、懲罰房に全員押し込められたからだ。

 そして、その夜、孤児院は全焼した。

 もしも、孤児達が全員焼け死んだ発端を語るのなら、レイシアのこの独断行動がもたらしたものとも言える。でも、少なくともぼくはレイシアを恨んではいなかった。たった一人でもぼくらの代わりに生きていてくれればよかった。

 ぼくはロコの前で腰を下ろし、彼女を抱き上げた。

「……ごめん、ロコ。囮に使っちゃった」

 ロコは苦し紛れな笑顔を見せた。

「……いいのです。たとえロコが死んでもセナさんだけが生きていてくれたのなら」

 あの時と同じだ。レイシアがあの時言った言葉と同じだった。そこでようやくぼくは、レイシアが言おうとしていた真意を知った。

 ああぁぁ、と嗚咽のような声が漏れだした。

「レイシアは」とロコは語る。「一人だけ生きてしまったことに耐えられなかったと。火災を知ったあと、自分を責めて、自殺を選んだようです。ルシエラ先生がそう仰っていました」

 レイシアを救ってあげたかった。善意で逃がしてあげようと思った。嘘じゃない。純粋な願いだった。でもそれは真逆のことだった。ぼくらは余計に彼女を苦しめただけだった。

「レイシアはその後、埋葬される予定だったんですが、【〇五〇号】計画が次段階に移行しました。【〇X〇まるまる】計画は──」

『そういうことさ、弟』

 兄トウヤの声が突如、無線に割り込んだ。

「どういうことだ!?」

『どこから話したもんかな。ま、簡潔に言うと、【〇五〇】時から意見が別れていたんだよ。もっとも、〝永遠の生命〟ってな大理念は変わらなかったが、アプローチにゃ、無機物か有機物かの違いがあったわけだ』

「意味がわからない」

『ヒトは機械の身体を本能的に受け入れられないんじゃないかってオカルト論が広がったのさ。だから、完全有機物質で構成した全身躯体開発が始まっていた。そのプロトタイプがレイシア・フォン・フェテロベルだったわけだ。レイシアの自殺後、薊博はレイシアの遺体を回収して、そこから遺伝子組み替え複製体G Mクローンを作り出したってわけだ。今さっき、お前が殺したレイシアってのは、それだ。趣味の悪い翼も組み替えて生やしたらしいぜ』

 ぼくは周囲に目を這わせた。トウヤはこの戦いですらどこかから見ていたような言い草だったからだ。義眼の倍率を最大に引き上げ、スカイタワー頂点に焦点を合わせると、仮面とマントを被った男が仁王立っていた。

「薊博……」

 ぼくは呟いた。

『そうだ。諸悪の根源であり、黒幕。遺伝子的に俺らの父親ってわけだ』

「もしかして兄さんの狙いは──」

『心配するな弟。このクソ野郎どもは俺が片付ける。お前は薊夫妻が生み出した世界最悪の悪魔を相手にしてくれ。まあお前は俺のシナリオ通りによくやってくれている。不具合エラーに陥ったゴミ掃除をここまで十分こなしてくれた』

「どう言う──」

『機械やロボットってのは、プログラムで制御できるんだわ。何があっても。でもな、生物とか、感情ってのはプログラムじゃどうしようもない。一度暴走しちまったら、細胞のひと欠けらが消えるまで破壊し続ける。あれは今のお前じゃ無理だ。半機械のお前にゃ。でも、ダメージくらいは与えといてくれ。じゃあな、弟。次会った時は、また一緒にやろうぜ。街のゴミ掃除をな』

「待て──」

 ぼくはトウヤを追いかけようと立ち上がった。

 だが、ぼくは固まった。

 何かが腹を貫いていた。

 あまりの唐突さに、理解がまるで追いつかない。

 ぼくのお腹を貫いた触手は、さらにロコの胸を貫いていた。

 振り返るぼくはおぞましい肉塊を目にした。大樹の根のように、指のない繊手が無数広がり、ゆらゆらと蠢いていた。先ほど分断したはずのレイシアの腕や首の断面から何かがボコボコと煮立ち、黒い肉を肥大させていた。枝を広げるように肉の幹が急速に増殖していた。ヘビ花火のように。

 怨嗟の叫びをあげる肉塊。

 この世のものとは思えない怪物。

 文字通り、化け物。化け物としか言いようがない恐ろしい姿だった。それは、ぐじゅぐじゅと音を立てながら、道路に広がっていく。

「……セナ……さん」

 ロコが言った直後、腹を貫いていた触手が腹の中で弾けた。数々の内臓を突き破り、肉と皮膚を飛び出た。また、ロコの胸からも同様にして触手が飛び出していた。

 ぼくはおびただしい血液を吐き出した。

「ロコ……?」

 ぼくの機械の腕がロコの頬を取った。

 血色のスープがぼくの手を汚していた。

「ロコ……?」

 ぼくは同じ言葉を繰り返した。身体の奥から溢れてくる血に溺れて、それ以上の言葉が出てこなかった。

 もう死んでいた。

 笑顔で。

 頭の中がスパークした。何かが壊れた。心臓が狂った律動を叩いた。

 熱く、激しく、暴れた。

 震動刀で触手を切り落とした。ぼとりと触手が地に垂れた。ロコから触手を引き抜いた。

 ずるりとロコから触手が抜かれた。大量の血が地面を染めた。ぼくはロコを優しく支えながら、アスファルトの上に置いた。ぼくは振り返った。無数の手が直進してきていた。斬り伏せた。切った。壊した。刻んだ。時々、肉の先が手のひらを貫いた。太ももを貫いた。ぼくは止まらなかった。生の身体は死んでいるようなものだった。だが機械の身体が止めはしなかった。視界が窄んでいた。でも進んだ。叩き切った。裂いた。断裁した。

 ぼくは怒り狂った叫びをあげていたことだろう。

 今日までかろうじて保っていたはずのぼくはもういない。

 ただ壊すための機械。

 自分が何者かに支配されようが、どうでもよかった。そうでなければ、湧いて出てくる狂気に押しつぶされそうだったから。無念と悲劇に呑み込まれてしまいそうだったから。

 心なき肉と心なき装置が牙を剥きあった。暴風雨のように。凶暴で暴力的に。容赦無く責め合った。貪り合った。

 触手を削いだ。分厚い肉壁を刺した。

 腕がもげた。足が引きちぎれた。

 斬った。突いた。

 目が貫かれた。

 肉塊を分断していく中、ぼくからぼくが分離パージしていった。

 ぼくはひゅうひゅう言いながら、口から入った空気が肺から抜けていくのを感じた。

 あらゆる認識が薄らいでいく。

 すべての感覚が遠のいていく。

 世界が消えていく。

 ここは地獄。命が死にまくる無慈悲な世界。

 ぼくは地獄からようやく退場する。

 そう思えば、少し気が楽だった。

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