黒翼(4)

 レイシアを語れる昔話はそう多くない。

 彼女に捧げる走馬灯としてはおそらくこの出来事がベストだろう。


 ──オーフェン救出作戦から一夜明けたことだった。

 身体の調整が済んだぼくをレイシアは孤児院裏手の丘へと連れ出した。

「あのさ、セナ」

 レイシアの方から話しかけてくることは珍しいことだった。彼女がつい先ほどまで、捕虜の尋問を行なっていたことは返り血などから容易に想像できた。

 レイシアは部隊の中でも機械化率は低く、目や耳、鼻や舌といった五感に関する部分を機械化されていた。ゆえにレイシアは前衛役というよりも、後方援護要員だった。部隊の目と耳として優秀な人材だったし、ぼくらがあまり積極的になれなかった尋問を買って出てくれていた。

 レイシアはすぐに嘘を見破る技術を持っていた。それもあってか、レイシアと話そうとする子達はさほど多くはなかった。それでも、レイシアとロコは姉妹のように仲良くしていたのは何度か見ていた。

「セナはロコのこと好き?」

 レイシアは唐突にそんな質問をした。ぼくは面食らって、ぽかんとした。

 レイシアは遠い目をして孤児院を見下ろした。周囲はぼく達が脱走しないように、高い壁と有刺鉄線が張り巡らされている。まるで監獄だ。しかも壁の向こうは、同心円状、数キロに渡って地雷が埋め込まれている。もっとも、そんなことをしなくとも、ぼく達の身体に埋め込まれた電子チップが、スイッチ一つでぼく達の身体を不能にする。

「そういうの、まだよく分からない。でも部隊のみなのことは好きだよ。唯一無二の仲間だから」

「多分ね、勘違いししていると思うから訂正しておくけど、私、オーフェンのことは友達や同じ部隊の仲間以上の感情はなかったの」

 ぼくは疑問交じりに首を傾げた。

「というよりも、家族ね。家族に対する愛とそれとは別じゃない?」

 ぼくは家族ってのもあまりよく分からなかった。確かに、物心ついた時から一緒にいる仲間達だったけれど、毎日いなくなる子を見るうちに、深い感情は持たないようにしていた。

「あの時──、オーフェンが捕まって皆が助けに行くって言った時、バカじゃないかって思ったわ。本音は行きたくなかった」

「ぼくだって怖れはあったよ」

「でもセナは迷わなかった。だから君は素敵なんだと思う」

「そうかな? ぼくはそうすることが人間だって思ったから。身体が機械になっても、ぼくは人間を忘れたくなかった。ただそう思って行動しただけ」

「私は君みたいになれないって思った」

「レイシアはぼくじゃないし、ぼくになる必要なんてないと思うよ。ぼくには愛するとか女の子を好きになるって感覚はよく分からない。多分それって、レイシアが持つ特別なものなんじゃない? きっと素敵なことだよ」

「……やっぱり君は優しいのね」

 優しくなんかない。ただぼくは怖かったのだ。仲間を見捨てて恨まれることが。ぼくは呪いや幽霊がいるって信じてたから。そういう恐怖心の方が強くて、ぼくに行動させた。

「なんで私が行きたくないって思ったのか、ようやくわかったの」

「それは?」

「大切だから。大切な量が優ってしまったから。周りが見えなくなるくらい、人を愛してしまうとね、その人の幸せ以外どうでもよくなるの」

「そっか、応援してるよ」

「……ばか」

 え、とぼくが聞き返すと、レイシアは大きくため息を吐いた。

「友情なんて脆いものね」

「どういう意味?」

「さあね」

 レイシアは憂いた表情をして、微苦笑を漏らした。

「でもたぶん、バランス的に私はオーフェンを想ってあげないとならないの。もしも私かロコを選ばなきゃならない時が来たら、君は迷いなくロコを選んであげて。それが私の幸せに繋がるから」

「そんなの……選べないよ」

「いいえ、人は選ばないといけないの。それにね、君は早く君の知らない感情がなんなのかを知るべきよ。そうじゃなければ、いずれ身を滅ぼすことになるわ」

「怖いこと言うなよ」

「どうしてなのかしらね。というか、君ってなぜかすごくモテるみたいね。ほら、研究員の小さな女の子知ってる?」

「ああ、日系人の子でしょ? すごく内気な」

「一応存在は確認してるんだ」

「敵として一応」

 恨むつもりはなかったけれど、ぼく達を機械の身体にした研究員はあまり好きにはなれなかった。

「多分敵じゃない。敵かもしれないけれど、最後は君の味方をするんじゃない?」

「でもあの子、もうすぐここを去るんだろう? もう会うことはないよ」

「会わない方が幸せなことかもね。近くにいると、いろんな雑音が聞こえすぎてしまうから」

 レイシアは少し悲しんだ表情をしたあと、ぐっと背伸びをした。

「あーあ、普通になりたいな。ねえ、セナ。脱走計画でも建てない?」

「難しいよ」

「君ってそういうところは臆病。勇敢なのに自信を持てない。でも嫌いじゃないかな。女の子的に守ってあげたいって思っちゃう。こういうの母性っていうのかな」

「母親的な?」

「だったらよかったんだけど」

 ぼくは意味がわからずまた首を傾げた。

 しばらく、無言の時が流れた。昨日まで戦争していたのが嘘のように穏やかな時が流れていた。優しい葉音が耳を撫でる。さえずった小鳥が木々の中から飛び出して、群れへと合流し、どこか遠くへ飛んで行った。

「ねえ、本気で脱走計画を建てたら、君は協力してくれる?」

「もちろん。もちろん殿を務めるよ」

「私とセナだけの計画だって言っても?」

 ぼくは眉をひそめた。

「それは──」

「明日。明日から行く作戦は私たちだけ。輸送機を乗っ取るの」

「でも、身体が制御されていて──」

「逃げ延びたら、ある科学者が制御コードをフリーにしてくれる手筈になってる。合流地点にまで行けたら、自由にしてくれるって」

「……信用できるのか?」

「分からないけれど賭けるしかない。でも、信じてようって思う。まだ人を信じてみたいって思う」

 それがレイシアと交わした最後の言葉だった。

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