黒翼(3)

 羽が舞う。広げた翼からふわふわと浮かぶ鋭く尖った刃。無数放たれた羽は糸で操られたかのように、指向性を持って飛来した。

 ぼくは右腕を盾にした。だが失敗だった。腕に突き刺さった羽は寸秒ののち、爆ぜた。

 服と皮膚が一部炭化した。火薬量はさほど多くなく、ダメージもさほど多くはなかったが、ぼくに警戒心と恐怖心を植え付けるには十分な初手だった。

 レイシアは「アハハ、アハハ」と笑いながら、空へと浮かび上がる。ぼくらを見下ろして、いっぱいの羽を張り巡らせた。羽が霰のように降りかかる。まるで絨毯爆撃。次々に道路がめくれ上り、土塊が舞い上がる。

 ぼくは無意識的に、に切り替えていた。何のためらいもなく、腰元からイアンに護身用として受け取っていた拳銃を引き出して狙いを定めた。心が冷たく満たされていくのを感じながら。

 ロコは防音壁を蹴り上げて、レイシアの懐に飛び込んだ。鎌とロコの足が鍔ぜり合う。

 援護射撃にと、羽の間からレイシアの身を狙って射撃する。しかしレイシアは翼を丸めて、身体を護った。雀のさえずりのようにチュンと音を響かせ、跳弾した。

 翼が勢いよく広がる。突風がロコを跳ね飛ばす。ぼくはワイヤーでロコの身体を巻き取り、ロコとの位置を入れ替える。ぼくは羽の中を突き進む。

 ぼくは震動刀を突き出して、レイシアは鎌を構えた。

 刃と刃とが擦れ合った。弾き合った。

 矛先を収めぬ両者は、ゼロ距離で攻めた。

 突きかかり、斬りかかり、その合間に 急 所 クリティカルポイントを狙った。レイシアは鎌で受け流し、鼻先でかわし、頬横で弾を避けた。人間部品では追いつけもしない早業。ぼくの、機械部品に引きずられる筋肉はぎしぎしと軋んでいた。──生身の割合が煩わしい。

 レイシアの側面からロコが蹴りかかるが、翼がロコの接近を許しはしなかった。

 レイシアは笑い続けていた。壊れたように笑い続けたていた。

 一度着地して距離を取れば、容赦なく羽の数々が降り頻る。そんな極限のなか、ぼくも少し笑えた。昔、空爆地帯に飛び込んだことを思い出したから。

 いや、心の底でぼくは楽しんでいた。心が弾んでいた。

 この戦いを。

 殺し合いを。

 命のやり取りに、生の実感得られるこの戦場に、全身を巡る血液が熱く、滾って、興奮した。テーブルに心臓を差し出して、命を握りつぶし合う状況。頭と身体をフル活動させる生存戦略。

 いつか、イアンが言っていたことを思い出した。

00部隊ゴースト達は戦場を求めているのかもしれません』

 その通りだった。00部隊ぼく達は戦場を求めていた。命を求めていた。それは純粋な探究心。命の価値を比べ合うこと。自分が相手よりも優っているかどうかを知るために、戦う。

「知ってる? 私たちはみな、兄弟なのよ! 酷いわね! 兄弟で殺し合うなんて!」

 ぼくとレイシアは刀と鎌を擦り合わせた。

 きっと、ぼくらは本能で気づいていた。自分たちがクローンであることを。

 だから欲しかった。

 世界での必要性を。

 居場所を。

 だから殺してきた。

 自分以外を。自らの価値を得るために。

 心 臓スチール・ハートが高笑うかのように強く拍動を繰り返していた。それに比例するかのように、心は冷めていく。殺せ、殺せと身体の中で誰かが繰り返していた。

「どうしてこんなことをしなくちゃならないのかしらね! 残酷ね!」

 レイシアの頬には涙がひと筋流れていた。彼女の心は泣いていた。レイシアも分かっていたのだろう。この戦いが無意味なことが。それでもぼく達は戦わずにはいられない。それが本能だから。兵士の。鋼鉄の子供たちスチール・チルドレンの生まれた意味だから。

 ぼくもロコもレイシアも、無益な戦いを辞めようなんて言わなかった。ここから逃げようなんてもう思ってもいない。結局、逃げたって逃れることはできないのだ。

 ぼく達は兵器だから。

 居場所は戦場にしかないことを知っている。

「この戦いはね、今頃、全世界の軍関係者が熱い眼差しで見つめているのよ! どっちが優れているかしら!? 私? それとも君?」

 ふと視界端に、無人機ドローンが飛んでいたのが目に入る。一瞬で義眼は無人機の武装を解析した。攻撃手段を持ってないことを知ったぼくは、無人機を敵性とは認識せず、意識上から拭い去った。

 ロコがレイシアの側面から飛び蹴りをかました。だがレイシアは機敏にかわし、ロコの足を手で掴み持った。ぐるりと周り、レイシアはロコを地面に叩きつけた。ロコの身体が弓なりにのけぞって、ゴムまりのように跳ねた。その刹那、裏面のぼくと表面のぼくは相反する意見を脳内の議場に出し合った。

 ──ロコを援護し立て直し。──いや、これは好機。

 当然、ぼくの身体は一つしかない。

 結論は一つしか出せない。

 裏面が導いた選択肢を理解できなくはなかった。なにせ、もんどり打つロコに追撃しようと、レイシアは鎌を投げようとしていた。

 カウンターを狙える──。そう思った裏面は、すでにレイシアの翼の脆弱性ポイントに震動刀を突き立てる算段を立て始めていた。

 ぼくの心は冷たく研ぎ澄まされていた。

 敵を殺す。

 ただそれだけ。この状況から逃れる術はただそれだけ。唯一の解法。

 ぼくはレイシアに突っ込んだ。羽の群れを弾き、ぼくは飛びかかる。

 レイシアは鉄壁とも言える翼で身体正面を覆い、防御姿勢をとった。

 ぼくはニヤリとする。

 ワイヤーを飛ばし、壁へとベクトルを変位。さらにもう一度レイシアの身にワイヤーを放ち、その身体を拘束した。ぼくは壁を左足で蹴り、レイシアの背後を取った。

「チェックメイト」

「変わったね、セナ」

 レイシアはそう言った。

 腹を刀で突き破られた彼女は少し悲しそうな顔をして、吐血した。

「変わってないよ。ぼくはずっとこういう人間だった」

「じゃあ、あれは嘘だったの? 仲間のために心臓を捨てたことも全部」

 いや、心臓を捨てるまでぼくは仲間思いな少年だったかもしれない。

 でも今ははっきり分かる。ぼくに心はない。

「君はそれで満足なの?」

 ズキリ、と心臓が締め付けられた。強烈に。

 たくさんの感情を含んだ熱い何かが喉奥からこみ上げる。

「好き、だったんじゃないの?」

 ぼくはその光景から目を背けた。

 ロコの身体に無数突き刺さった鋭い羽から目を逸らした。

「君は私以上に残酷ね」

「共倒れよりはマシだ。ロコもぼくの盾になれて、喜んでいるはずさ」

「最低最悪のゲス野郎。さっさと死ねばいいのに」

「それは君の方だよ。ぼくがロコを傷つけたんじゃない。履き違えるな。君が仕掛けなかったらこうはならなかった」

 レイシアは冷笑を浮かべた。

「でも私はドサディストだから命を残しはしない。命令を遂行する」

 レイシアは手を少し上げ、羽を爆破させようとする。だがぼくは羽が爆ぜる前にレイシアの身体を切り刻んだ。

 腹を真横に裂き、腕をそぎ落とし、首を両断した。

 レイシアの胴から真っ赤が吹き荒れた。

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