残喘(4)

 日が暮れて、完全な夜がやって来る。

 マルルガたちは「じゃあな」と言って、席を立った。ここ数日、ぼくはみなと別れたあと、近くのファストフード店に入って、バーガーセットを夕食にしていた。健康に気を使う必要も特になかった。ただ残りの半年、身体が動けばいい。そう思って、たった三口で平らげられる質素なバーガーを栄養源としていた。

「知っているかしら? 筋電部位の燃料が何かを」

 聞き慣れた声がして見上げると、アヤネがサラダボウルを乗せたトレイを抱えて席に腰を下ろした。

「基本的には燃料電池ね。補助的に光起電力効果も利用しているわ。つまり太陽光発電。複合肌ポリマー・スキンは人らしい肌の質感を実現するだけではなく、発電機の役目も司っているの。シリコン製だしね」

 ぼくは返事はせず、コーラを喉に通した。

「空気中から水素と酸素を摂取し、ナノマシンが水素酸素を運び出すの」

 面倒なお勉強会が始まりそうだったので、ぼくは反撃にと話題を変える。

「知ってたのか?」

 アヤネは目を合わせず「何が?」と聞き返した。

鋼鉄の子供たちスチール・チルドレン──いや、デザイン・ベイビーズのその末路について」

 アヤネは一度ぼくを見て、また目を伏せる。

「……隠していたわけじゃないわ。ただ、タイミングがなかったのよ」

「つまり全部、何もかも知ってたわけだ」

「否定はしない。そのことで君が私を侮蔑するのなら、いくらでもして頂戴。罵詈雑言だってなんでも聞くわ」

「そう言うことを言いたいんじゃない。なんで君は……」

 ぼくは落ち着こうと大きく息を吸ったが、逆効果だった。

「残された時間が少ないと知りないがら、勉強なんて無駄な時間を使わせたんだ!!」

 怒気がこもる。右手で殴りつけたソファは当然、木っ端に砕けていた。客たちが怯えた目をして、ぼくの方へと視線を集めていた。恐る恐るやってきた店員が、「お客様……」と声を掛ける。

 ぼくは携帯端末を取り出し、ネットバンクを立ち上げると、【Mバーガー中央区店】の銀行口座に即刻、修繕費を送金した。イアンからまとまった資金はもらっていたからさほど痛くはない。その履歴を店員に見せつけたが彼は、

「お客様、そういうことでは……」

「まだ足りないってのか!?」

 ぼくは男の首根っこを右腕で掴んで、壁に押し付けた。

「幾らだ? 幾ら欲しい?」

 ぼくの義眼が意図せず、ギョロギョロと蠢く。そうして男が完全有機人間パーフェクト・オーガニックであることを知ったぼくは、なおのこと怒りがこみ上げた。

「人の命は──その修理費よりも安い値段で消せるんだ。お前の命なんかよりも、ぼくの部品の方がずっと高価なんだ!!」

 暗殺依頼は大抵、十万ドロス程度だ。大物や軍歴のあるなしで増額するが、ただの人間の命は十万でやり取りされる。

 男は怯えた目をして、口を閉ざした。

 やめなさい、とアヤネがぼくの腕をとって、咎めるような厳しい視線を向けた。

「……君も殺されたいのか?」

 ぼくは本気で殺すぞ、という意思表示を込めた冷たい目を向けた。

「君がそうしたいなら。君は以前こう言ったはずよ。『ぼくが誰かを殺すときは、死が誰かに救いを与える時だけだよ』と。それで君が救われるのなら、大いにそうすればいいわ。それが復讐なのでしょう?」

「わかったような口を聞くな!!」

 男を突き放して、今度はアヤネの制服の襟に掴みかかる。完全有機人間の質量はあまりにも軽々しく、アヤネの身体は簡単に床に落ちた。ぼくは彼女に馬乗って、震動刀を喉元に突きつけた。

 だがアヤネも引き下がる気は無いらしく、鋭い視線をぼくに返した。それがなおのことぼくを苛立たせた。

「やればいいじゃない。気が収まるまで殺し尽くせばいいわ。それとも男らしく、ぐちゃぐちゃに犯してからでも全然構わないわ」アヤネは少し冷笑を浮かべた。「でしょう? 私もまだよ。幸運でしょう? 無垢な処女ピュア・ヴァージンは。君が望む通りの奴隷になってあげる」

「なぜ君は、軽々しくそんな言葉が言えるんだ?」

「それが私の罪滅ぼしだから」

 アヤネの目は座っていた。はっきりとした意思をその目に宿していた。覚悟した目つきだった。怯えはない。

 だがその眼窩にはたっぷりの涙が込められている。

「本当は怖いんだろう?」

 アヤネは奥歯を噛み締め、唇を噛んだあと、ゆっくりと言葉にした。

「ええ、怖いわ。とても怖いわ。こんな感情、今まで思ったこともなかったのに。楽しそうにする君たちを見ているとバラバラに引き裂いてやりたいほどの憎悪を、私が、この天才の私が思うなんて考えもしなかったから」

「……何言ってる?」

「君を失うことが怖い」

 一瞬、ぼくの思考が停止した。

「同情とでも言うのかしらね。それとも、飼い主がペットに抱くような感情なのかも。だって君を作ったのは私だから。私はそう言う風に誤魔化してきたわ。だけれども、あの女がやってきてから、この感情がより明確に現れたの。私はただ普通の生活をしたかった。普通の女の子でいたかった。青春のような、十代がごくごく当たり前にするような、学校生活を送りたかった。だけれども、きっと私たちはそうできない運命にあるみたいね」

「だから、君は一体何を……」

「私はツンデレさんだから、こう言うわ。君のことはさほど嫌いじゃない。物陰から密かに応援する幼気な少女で構わない。君が甲斐性なしになるというのなら、いつでもお相手してあげる」

 アヤネは手を伸ばして、ぼくの頬にそっと触れた。

「半年後も生きていられる方法はあるわ。でも、その先君が君でいられるには、今の君をちゃんと心に固定しておかなくちゃらない。私はそうしてあげようと思っていたけれど、どうやらその役目は私じゃなくても良さそうね」

 優しい顔をして、少し悲しそうな顔をしてアヤネはこう言った。

「お幸せに──」

 アヤネはぼくを押し返すと、さっと立ち上がって去っていく。

 ぼくは崩折れるようにして床に覆いかぶさった。とめどない、どうしようもない感情が心の中から溢れてくる。

 余計にぼくはぼくがわからなくなる。

 だって、こんなにも殺意が溢れるのに、アヤネだけは殺せなかった。

 冷たい理性ではなく、熱い感情が彼女だけは殺したくないと囁いている。

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