残喘(3)

 季節は秋に変わっていた。

 命の時間が淡々と減った。

 鮮やかな緑がくすみ始めた九月半ば。密度の薄い時間はあっという間に過ぎ去った。

 ぼくは波間のように過ぎる時にただただ身を任せていた。

 街の中にいると季節の変わり目は、気温くらいにしか感じ取れないが、サンタマリア学園の校庭に植えられた植物の色相は時の流れを視覚的に教えてくれる。

 夏休みの毎日は、漠然とトウヤを探すだけで時間は過ぎ去った。手がかりは得られなかった。時間の経過と焦りは比例するように膨れ上がっている。

 ぼくと兄さんはあの戦争から違った。

 孤児院の消失はある種の和解の機会だとぼくは思った。だからぼくは兄さんと言葉を交わし、理解しようとした。それは低く見積もっても成功していたように思えた。

 そう思っていたのはどうやらぼくだけだったらしい。

 兄さんは昔、本気で考えていた。途方も無い夢想を思い描いていた。普通のヒトや、真っ当な大人が聞けば大口を開けて笑われるような馬鹿げた理想を。

 兄さんは本気で世界を統治するつもりだった。

 自分色に。思うままに。

 その壮大な物語の端緒だと言わんばかりに、携帯端末に流れるニュースウィジェットは世界各地の紛争を連日伝えていた。

 兄さんは世界をカオスに導こうとしているわけでは無い。むしろその逆で、その紛争が伝えられた頃には瞬く間に終戦が迎えられていたのだ。

 広告のテロップは例外なく【ボーダレス・リバティ】のロゴ。そして、勝利者は政府軍、反政府軍、ゲリラや民間兵など様々であったが、いずれにせよ、立役者はその傭兵会社P M Cだった。

 兄さんは戦争をコントロールしていた。武器を無償で提供し、無人兵器を投入し、兄さんの御目通りにかなった正義を支援していた。

 いつかをしていた少年兵は、本当の戦争を──盤上の戦争に手を染めていた。

 まだまだ強国であり続けた西側諸国は当然、この第三帝国を良しとしなかった。先進国に鶴の一声をかけ、国連軍を動かした。当然、ボーダレス・リバティが支援する組織とは相反するイデオロギィを支持した。ある種の皮肉だった。なにせ、人格を乗せたAIが人と戦争をしていたのだから。

 闘争の歴史が綴られる中、ここアイビー市では、トウヤの情報を掻き集めようと各国のスパイで賑わっていた。

 可笑しなことに、度々ぼくの電話にお偉いさんからの言伝が送られた。時に人を介して直接お願いに来る場合もあった。いずれも、兄トウヤを始末してほしいとのことだった。

 ぼくは情報は渡すといったが、外堀を埋めていくようにイアン・クラシェチェンコを筆頭とする対トウヤ暗殺部隊が結成されており、その中のメンバにぼくもしれっと含まれていたのである。なし崩し的に。

 ぼくはささやかな抵抗にと、仮面はクローゼットの奥にしまいこんで、高校生活を謳歌していた。

 ちなみに、ロコ・コココは後期の始まりをもってしてサンタマリア学院に転入していた。彼女の腰の低さから打ち解けるまでにそう時間のかかるものではなかったし、ぼくと恋人関係にあることをあけすけに示すので、恋路にアンテナを張り巡らせるティーンエイジャーが興味を示さないわけがなかった。

 そういうわけで僕たちは授業が終わった放課後、駅前のコーヒーチェーン店で勉強会と称した井戸端会議を繰り広げることがもっぱらだった。

 そこに集まったのは、戦場を知らない高校生たち。ピュアな青年たち。この輪の中にいると、ぼくもそういう側の人間だって勘違いしていられる。

「つーか、セナ。てめえ、いつのまにこんな可愛い子を彼女にしたんだぁ?」

 ミラー・マルルガは口を尖らせて言った。

 最近、ぼくの精神状態は安定している。夜眠っても裏面が出て来ることはなかった。

「キッスはしたのかよぉ? それともセック──」

 マルルガの頭にベル・ブラウンが手刀を浴びせた。

「はしたない。人の恋路を詮索するなんて!」

 ぼくから見れば、この二人も打ち解けた夫婦に見えた。これまたちなみにではあるが、今現在ベルはフリーの身らしい。以前の恋人とは別れたそうな。

「およ? おやおや、これは奇遇ですな」

 と、トレイを抱えたリリィがやって来るのも、ここ最近の通常運転。

ミンチですかね。だけに。ちょうど晩御飯にはハンバーグがいいと思っていたところです。ロリといえば、ハンバーグかカレーだと相場は決まっているのです」

 身売りされかけたリリィだが、そんなことは気にも留めない様子で軽口を叩いていた。

「ということはですですよ、いい具合にカップリング成立の巻じゃないですか?」

 リリィはアヤネの腕を抱いて、頬ずりしていた。

「気持ち悪いから離れなさい、リリィ」

「良いではないか、良いではないか」

 リリィはどうやらアヤネにご執心のようだ。

 この光景はぼくにとって微笑ましかった。とても輝いて見えた。軍靴の音色がもうそこまで来ているのに、ぼくは聞かないふりをした。

 片方の目と片方の耳の感覚入力を遮断して。

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