残喘(2)

「──というわけです」

 カボチャ男、すなわちイアン・クラシェチェンコは抑揚なく淡々とした言葉で、アウロ・ルシエラ医師の死を報告した。

 イアンは卓型端末に両肘をついて、しかめっ面を浮かべていた。

 ぼくもロコも言葉を失っていた。呆然と立ち尽くすしかなかった。

「監視カメラのデータは破壊されていましたが、一部復元しました。断片的な映像と会話かから敵はおそらく〝ウイング〟」

 ウイング、とぼくは尋ねるように呟いた。

「トウヤは以前からルシエラ医師を狙っていました。しかしこのタイミングというのは、いささか不可解ですねえ……」

 ぼくは震える声で訊く。

「死んだのは……先生だけですか?」

 イアンは机をなぞって、ファイルを浮かび上がらせると、目を左右に動かした。それからゆっくりと頷き見せる。

「ウイングに関しては、こちらも情報を掴んでいます。原本オリジナルとなるのは、レイシア・フォン・フェテロベル。孤児院の火災時、深達度Ⅲ度の熱傷で死亡が判定されましたが、彼女もまた、ルシエラ医師の手によって、全身躯体フルボーグに魂を移譲し、復活を遂げた少女です」

 掲示された情報が頭の中で錯綜していた。ぼくはそれを噛み砕くように咀嚼して、言葉を整理した。

「……00部隊ゴーストを蘇らせたのは、ルシエラ先生だと?」

 イアンの赤い瞳がじっとぼくを見つめた。

 彼は深く息を吸って、大きく鼻から吐くと、

「いかにも。こうなってしまった以上、隠す必要もなくなりましたから真実を告げましょう。【〇五〇号】計画はバンブル孤児院消失と共に消え去ったわけではない。この計画は続いている。しかし、孤児院の消失により、この計画は分岐したのです。ルシエラ医師を筆頭とする、グループが計画の収束を目論んでいた」

「収束……?」

「ええ。実は、当時からこの計画に参加したメンバーは分裂気味でした。最高の兵器を作ろうとする陣営と、最高の人間を作ろうとする陣営の二つの意思が複雑に絡み合った結果が今の状態と言えるでしょう」

「兵器と人間……」

「そう。つまりルシエラ医師は君たちを人間として完成させたかった。しかし対立陣営はそうは思わなかった。実験当時、主任を務めていた薊博あざみひろしとその妻、薊奈未なみは最高の兵器を作り上げようと、今もなお実験を継続させているのです。薊夫妻が作り上げた最高傑作は二つある──」

「ちょっと待て!!」

 ぼくは目を見開いて怒鳴りつけた。

「今なんて言った!?」

 するとイアンはやや驚いた風に目を丸くしていた。

「……もしかして、聞いておられない? 〇五〇号計画の主任が、君たちの両親だということを?」

 初耳だった。おぼろげな記憶で、研究者の中に東洋人がいることは知っていたが、血の繋がった親族だなんて気付きもしなかった。ぼくと兄さんは非常によく似た風貌だが、その人物たちとは似ているところがなかった。

 イアンは卓型端末からまた一つファイルをつまみ上げた。

「〇五〇号計画にはいくつかの準備段階がありました。その一つが、〝デザイン・ベイビーズ計画〟。詳しく説明するまでもなく、薊夫妻の遺伝子を原本とし、遺伝子操作G Mにより、およそ二百の子供が生まれました。第三者の遺伝子を足したりして、四分の三程度のアザミ遺伝子を残したまま、様々な兄弟が作り出されました。それが、君たち鋼鉄の子供たちスチール・チルドレンの原典です」

「ぼくたちは……」

 その先を口にするのが恐ろしかった。

 エルガー・アルデバラン。

 オーフェン・グラハルド。

 レイシア・フォン・フェテロベル。

 あるいは、ロコ・コココ。

 そしてぼく。

 それらは同じ血が流れている……?

「元々、生の 人 間 ホモ・サピエンスを実験するには、倫理的側面がこの実験を許しはしませんでしたからね。抜け道的に考え出されたのが、

 ぼくとロコの視線が交錯し、言葉では言い表せない何かを悟りあった。

「それから、この事実も告げておかなければなりません」

 そうしてまた電子ファイルがピックアップされた。

 ぼくもロコも無慈悲な事実を見せられて、言葉を失った。愕然とした。それは衝撃という以外に言葉が見当たらなかった。

 何かがぼくの口から抜けていった。喘ぐような情けのない音が漏れ出していく。ロコは血が出るほど唇を噛み締めていた。ぼくの左腕を深く、強く握っていた。

「これはルシエラ医師の最終報告書です。残り細胞分裂の回数から予測した残り時間です」

 そこにはあと半年と記されていた。

 いのちの時間が。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

Androidでは正しく
設定できないことがあります。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

新規ユーザー登録無料