再燃(6)

 ──それはまだぼくの身体が生身だった頃の記憶。

 まだバンブル孤児院が冷酷で非道な実験が邁進し始める少し前のこと。

 新芽の匂いが風に乗って香る季節。軍服を着た教官が子供達を中庭の広場に集めて、武術訓練を教えていた。

 子供たちはみな、純粋だったし、それが何のために身につけなければいけないことなのか深く知ろうとしなかった。

 ただ、自分たちの存在感、居場所を示すために必死だったのだ。

 それが前線に投入される兵士の選抜だとは知らずに。

 その中で特に目立つ少年──いや、大人かと思う長身の子がいた。力もあって、孤児院での力仕事も女の子や非力な男の子に変わって、積極的に手伝う良いやつだった。

 彼の名はオーフェン・グラハルド。

 のちにぼくの部下になる利発的なやつ。

 体格の良かったオーフェンは当然、強かった。

 訓練で彼に勝てる子はいなかった。

 武術演習中、オーフェンはぼくに近づいて、模擬戦闘を申し込んだ。

 なぜだろう。彼以上に強い子はいないだろう、とぼくは首を傾げたが、オーフェンの懇願から断ることもできなかった。ぼくは大きな身体を前に少々尻込んでいた。ぼくよりもふた回りも大きいオーフェンに勝てる見込みはないと感じていた。

 しかし手を合わせてみれば、意外に善戦する。オーフェンは確かに強かったが、実直な性格が攻撃にも出ていて、体の柔らかいぼくは不格好な避け方ながらも勝負はつかなかった。先に根負けしたのはオーフェンの方で、実は彼、あまりスタミナがなかったようだ。

「そこまでだ!」教官は言った。「今が戦場だったら、お前は死んだぞ、グラハルド! 根性入れなおしてやる!」

 それからほぼ毎日オーフェンは模擬戦を申し込んできた。とはいえ、オーフェンは身体の性能ばかりに頼っており、素直な攻撃の隙をつくぼくに負け続けた。しかしある日、オーフェンが勝った。とはいえ、その日は雨で足元が滑る日で、素早さを売りにするぼくにとっては不利な状況だったのもある。だが彼は幾多の敗北のうちから学んだのだ。その状況によって戦術は変わるし、相手によって、力だけがずっと通用するわけではないと。

 すると彼は嬉しそうに笑って、

「明日も頼む」

 いわゆる好敵手だったのかもしれない。

 ぼくとオーフェンはそれまで特に仲が良かったわけではない。でも毎日戦って、拳を交えて互いに何かを感じていたのは事実だった。ぼくは彼と戦うのが好きだった。互いを高め合い、死なない戦いが。

 そんな日々が流れ、オーフェンとぼくの勝ち数は互角となった。いよいよぼくは負け越す日が来るかと予測していたが、決着をつける戦いは訪れなかった。

 第00部隊が結成された。それからは、具体的な戦術を想定した訓練にシフトした。

 孤児院に合流してから四年の月日が流れた。

 その間、ぼくの身体に腕が取り憑いた。

 ぼくは第二班の班長任され、オーフェン、ロコ、レイシアを率いて東欧の戦地に赴くこととなる。戦場ではオーフェンが全体のバランスをとり、ぼくが前衛の突撃役だった。

 ぼくらは銃抱え、戦場を駆けずり回った。

 生き残るために。

 明日を見るために。

 毎日、火薬の炸裂と短い断末魔にさらされ続ければ、頭はおかしくなりそうだし、硝煙の匂いを嗅いでいれば、ハイになれた。オーフェンは優しい男だったけれど、そんな少年ですらも戦場は彼を鬼にした。血を凍らせた。最も人体にダメージを与える方法を考えさせた。いかに敵を効率良く殺せるかを彼は考え続けた。長く戦場にいた所為で──、殺すための思考にばかり費やした所為で、オーフェンは堅物な男になっていった。

 それが仲間たちを危険に晒さない方法だから。

 毎日施設には孤児がやってきて、欠員した第一班を再編しつつも毎日、戦場に投入された。入隊したばかりの孤児たちの帰還率は当然、低かった。

 それでも奇跡的にぼくたちの第二班は誰一人欠けることなく生き残った。

 しかし奇跡は長く続かない。

 ぼくたちは国境沿いの山地に赴いた。豊かな森が広がっていただろう場所は、灰色に染まっていた。日々の爆撃と火炎放射で一面炭化していた。

 時折吹きすさぶ風が灰塵を舞い上げていた。

 第五次コバルト内紛は半年近くも同じ場所での戦闘が続いた。膠着状態だ。

 そこでクライアントから下された作戦は潜入及び破壊工作だった。

 敵軍の後方支援を司る拠点を破壊せよとのこと。

 そこでぼくらは、現地の少年少女に扮し、国境の裏側から敵国深くへと入り込んだ。情報を集めつつ、次第に拠点へと近づいていくぼくたちだったが、オーフェンの身元が割れ、敵軍に捕まってしまった。敵に尋問──拷問されていたのは簡単に予想できた。

 傭兵として、かなりの国と関わってしまっていたぼくたちは多くの情報を持ちすぎていた。しかし、逆説的に言えば、その情報こそが彼の命を永らえさせていた。

 ぼくたちは一度森の奥まで後退した。作戦の修正を余儀なくされた。

 上からの命令は、当然作戦中止だった。だが、作戦継続という結論においては、ぼくもトウヤも意見は一致していた。

 ただし、その過程はまったく異なる。

「良いか、セナ。これは好機だ。オーフェンがまだ死んでいない以上、俺たちが救出作戦に来ることを予測いている。んで、一網打尽ってわけだ。あちらさんは、喉から手が出るほど、サイバネティックスの技術を欲しているんだろうしな」

 トウヤはオーフェンを囮にして、破壊工作作戦を継続する旨を知らしめた。

「その裏を掻く。第二班は救出する素ぶりを見せた囮だ。幸い、俺たち第一班の顔は割れてねえ。お前らが敵の拠点を陽動している隙に、俺らはダムを爆破する」

 当初の作戦では山地にあるダムを破壊して、大量の水を流すという大味な作戦だった。

 それでどれだけの時間と敵戦力を削げるかぼくは深く考えなかったし、知る必要もなかった。そういう思索は現場の兵士に不要だったからだ。ともあれ、オーフェンの見解ではかなり効果的なダメージが期待できるとは聞いていた。だから、報酬をもらうには是が非でも成功させるべきだと。

 出撃前、オーフェンはこう言い残した。

 いや、どの戦場に行く際にしても、ぼくたちは同じ言葉を揃えていう。

『お前は生きろ』

 それは、もしも自分が命の危険にさらされた時、自分を見捨ててくれとの意味を内包していた。

「ふざけないで!!」

 レイシア・フォン・フェテロベルが食ってかかった。

 小柄ながらも勝気な性格の彼女は、前向きで仲間思いな少女だ。まだ未発達な胸を膨らませて、あどけない顔をくしゃくしゃにして、感情を露わにしていた。

 仲間意識以上に、彼女にはオーフェン・グラハルドに対する特別な感情を抱いていた。だから無理もない。オーフェンを囮に使うと言ったトウヤに怒りがこみ上げるのは。

「見捨てる気なの!? 私たちがどれだけ、オーフェンに救われたと思ってるの!? なんで私たちばかりこんな役目を……」

 わずか十歳程度の子供が、他者の命を選択せねばならないという極限で、どうかしないほうが可笑しい。ぼくだって戦場から逃げ出したかった。でもそれはできなかった。なぜなら、ぼくたちの機械の身体は未完成で、日々、制御コードをアップデートしなければ身体が暴走してしまうからだ。そのソフトウェアはまったく新しいプログラム言語で書かれたもので、天才トウヤを持ってしても解読するには至らなかった。

 でも任務を成功させれば、豪華な食事がたくさん振る舞われた。お金もたくさんもらえた。そのお金でわずかな時間、趣味に費やした。本を読む子。望遠鏡を買って星を眺める子。時に戦車を買って、孤児院の庭で転がす子だっていた。ぼくはというと、兄さんと一緒に開発途上国の学校に資金を送っていた。

「命はチープだ。俺たちは命を捧げて、金を手にしている。命は金よりも安い。いや、命は金を作る道具に過ぎない。俺たちは道具ツールだ。金槌やドライバーみたいな工具なんだよ」

 レイシアは青筋を浮かべて、トウヤの襟を掴み上げた。

 しかしトウヤは冷たい目と言葉を返す。

「嫌なら去れ。俺たちは共同体だ。個人じゃない。孤児という共同体を生かすためには、取捨選択しなきゃならない。お前が抜けることで、どれだけの仲間が死んで行くかを考えろ」

 たった十歳の子供にそんな言葉を言わせるのはここが戦場だから。

 戦場という環境は恐るべき速度でぼくたちをに近づけた。

 レイシアはぼくとロコの目をそれぞれ見て、顔をしかめた。

「でもまあ、隊長だからって、俺の独断では決めねえよ。セナ、お前はどうするか意見を言え」

「行く。兄さんの作戦に賛成だ」

 ぼくは即答した。

 レイシアの咎めるような視線がぼくを貫いていた。ロコにしても、ありありとした不安を顔に浮かべていた。行きたくない。帰りたい。祖国に。孤児院おうちに。みなの目はそう物語っていた。確かに孤児院は地獄だったが、訓練や実験が序の口だと思えるほど、リアル戦場はもっと地獄だから。

 でもぼくは密かにトウヤとは別の思惑を抱いていた。

 夜になって、陽動作戦が開始される。拠点付近へと近づく中、ぼくはロコとレイシアにこう告げた。

「ぼくはオーフェンを囮にする気は無いよ。たとえどんな姿でも彼を救出する。だからぼくは行くんだ」

 レイシアは目に涙を浮かべていた。

 ロコは少しだけ破顔して「それでこそ、お兄ちゃんです」と。

 ぼくは従順な兄のしもべを演じつつも、自身の信念に従っていた。この四人だけは絶対に手放さない、と。

 ぼくらは基地に乗り込んだ。後方支援も火力支援もなくたった三人で。ぼくらは振り返らなかった。ぼくらは機械の身体に支えられている。生身の兵士との有意差が、その絶対的安心感が、ぼくたちを前に進めてくれた。

 銃弾の時雨が降りしきる中、ぼくたちは命を地獄に送り続けた。

 仲間を救うために──。


      ***


 震動刀がオーフェンの首根っこに突き刺さっていた。

 首を掻き切ろうと、凄まじい力の右腕が鉄を引き裂いていく。ぼくは生の腕で右手を押さえつけた。やめろ、やめろ、やめてくれと心が叫びながら。

 しかし機械の絶大な力の前に人間の腕一本なぞ矮小に過ぎない。

 じりじりとオーフェンの鉄板が断裂していった。

「セナ……班長。もういいのです。私はもう満足してます」

 オーフェンはそう言った。

「私はあの時、命を諦めました。ですがあなたもロコも、私を助けに来てくれた。それだけで私は生きた証があったと思えたのです。そしてこうしてまた会えた。言葉はほとんど交わさなかったが、いい訓練相手だったと思ってます」

 ぼくは何も言えなかった。

 歯を食いしばっていなければ、機械の腕は今にも彼の首を落とそうとするから。

「あなたも気付いておられるでしょう? 私たちは機械に支配されかけている。いうことを聞いてくれない。生易しい理性ではなく。それは冷たい感情です。この身体を黙らせるほどの熱した感情は、もはや私にはありません。ええそうです。私は不完全な人間を保てない」

 ぼくは今、冷たい意識と抗っている。

「こんなことを言うと怒られるかもしれませんが、自分は戦争に行くことが嫌いじゃなかった。いや、なんだってよかったんです。あなた方と居れたらなんでも。私にとって戦場は地獄じゃなかった。あなたたちと居られる場所はなんだって輝いていました」

 ぼくは悔しくて目に涙をにじませた。

 その先があるかもしれないのに。この先はまだ続くかもしれないのに。たとえそれが、デジタルで語られた擬似的な魂だとしても。

 ぼくにとってのオーフェン・グラハルドは確かにここにいた。

「覚えていますか? 私とあなたの模擬戦闘での勝ち星。確か今の所引き分けでしたよね?」

 オーフェンは少し笑った。

「……やっぱり、最後まで勝てなかったな」

 かつて戦友だった男と数年ぶりに再会して戦った。それが皮肉なことにあの戦争の続きをしているようだった。決着着くことのなかった模擬戦の続き。

「兵士として戦場で死ねるのは本望です。あなたは……生き残ってください。それが我々の願いです。悔いはありません。人としての最期を迎えさせてください──」

 さようなら──。

 オーフェンがそう言ったのを皮切りに、震動刀は滑るように優しく骨格を切り裂いた。

 パクリと首を開いた鉄の繋ぎ目を、もう一度、右腕は斬り伏せた。重々しい首が胴体から離れて床に転がった。ゴロゴロと弧を描いたあと静止した。

 ぼくはオーフェンの首を抱いて腹の底から雄たけびあげた。

 きっと、ぼくたちは過去に呪われている。

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