再燃(5)

 まず最初にオーフェンが飛び込んだ。

 振り下ろされる鎌の連撃。しかしロコが鋼鉄の足で蹴り返す。

 だが狡猾な兄が策を講じていないわけがなかった。トウヤが指を鳴らすと、コンテナの壁が火を炙られた紙のように焦げ、とろけた。荷電粒子砲がシャワーのように放たれた。鋼鉄の身体を貫こうと光の槍が突き出される。

 ぼくは身体をひねって避ける。が、左腕の肩口がジッと炭化した。ロコの綺麗な金髪も中程から焦げちぎれて、焦げたタンパクの腐臭が鼻をついた。

 コンテナの中には、骨格をむき出しにした躯体二機がガトリングを構えていた。この時点で戦力は二対四。倍。しかも戦闘能力スペック差は歴然。ぼくらは大多数を生身が支えているが、相手は完全な躯体。こう言う局面においてのセオリーは撤退のみ。

 そしてこの任務に報酬はない。

 普通ならさっさとトンズラするべく作戦だ。なんの価値もない戦争。

 だけど、ぼくの身体は光の雨をかいくぐって、銃身を切り裂いていた。

 躯体はガトリングを投げ捨て、超音波ヴィヴナイフを手に持つ。シュッと振り上げられたナイフがぼくのシャツに裂け目を走らせた。

「ブラボォ、ブラボォ。反応速度、20ミリ秒。すごいじゃないか!!」

 兄さんは後方でまぬるい手打ちをしていた。

「キール、ジョンソン。囲め」

 二体の躯体が常にぼくの前と横に間合いを取る。ナイフを持った方が白兵戦を挑み、もう一体が荷電粒子砲の熱線をばら撒く。ガトリングから毎分、三千回放射される荷電粒子が、吹雪く霰のようにぼくに襲いかかる。

 ワイヤーでベクトルを変位。筋電部位の出力を逆さにして、空中での姿勢制御。性能限界を超えた反応速度で対応しなければ、対等に持ち込めなかった。

 少しでもパワー制御を誤れば、生の筋繊維や元来の骨格は無残にも破砕してしまうだろう。それでなくとも、靭帯はミシミシと悲鳴をあげていたし、関節がギリギリと軋んでいた。ぼくは力の抜けた人形のように。壁に跳ね返るピンボールのように、宙のなか、滑稽なダンスを踊っていた。

 空中にいると、ナイフを持った方の躯体は接近しようとせず、ぼくの動きを目で追いかけているだけだった。おそらく重さから飛べないのだろう。だが、わずかな隙も逃さないように、構えたナイフを常にぼくに向けている。

 ぼくは予測した。躯体のパターンを記憶し、そこから数百手の行動をシミュレートした。

 荷電粒子という熱を飛ばす武器ゆえの脆弱性。銃身焼けコックオフを生み出さないように、確実なヒットポイントであっても、発射と発射の間には切れ目があった。狙いはその隙間。

 ぼくは天井を蹴飛ばし急降下。震動刀でガトリングを切り裂く。好機とばかりに双方の躯体がナイフを突き立てる。ぼくは氷上で踊るように縦回転スピンを加え、瞬時、二つの首を削ぎ落とす。

 ごとりと床に躯体の首が転がった。

 それを見ていたトウヤがまた手打ちをした時、拾い上げたナイフを彼の身に投げた。

 トウヤはナイフをひらりとかわし、肩をすくめる。

 ぼくは仕込み刀をトウヤに向け、

「これで数的有利はない」

「いや、優勢はそっちだよ。やっぱ、倍くらいじゃ勝てねえな。撤退だ。行くぞ、オーフェン」

 トウヤはそう呼びかけたが、オーフェンはロコを千切りすることに夢中だった。

「……チッ、イカれモードのままかよ」

 トウヤはため息を吐いたあと、大きく腰を落とし駆け出した。オーフェンの頭上を超える飛越で、あっという間に倉庫から脱出した。

 あまりにも予想外の出来事。虚をつかれたぼくは、暫時、トウヤが過ぎ去った残像を呑気に追いかけていたのであった。

 昔から逃げ足だけは早い兄だった。戦場でも。かけっこでも。勝てる見込みがないと、兄さんは誰よりも先に逃げる臆病者だった。だが逆にその図太さと敏感な嗅覚こそが、運動能力の劣っていた兄を長く生かしつけた才能だった。

 ぼくはトウヤを追いかけようかとも思ったが、ロコの苦戦を見るに、優先すべきは加勢のようだ。

「ロコ、大丈夫か!?」

「はい──」

 返事をしながら、ロコはオーフェンの鎌の腕を蹴り弾いた。あれだけの腕とスピードを前にして、ほぼ均衡で戦っているように見えたが、オーフェンに傷は一切ついていない。

 対してロコの雪肌が赤い斑点や鮮血の筋に染まっていた。イチゴシロップをかけられたかき氷のように。

 ロコに降りかかる鎌に対し、ぼくは震動刀を重ねた。鈴のように澄んだ音がキンと響く。高周波で擦り合う火花が視界の中で飛び散った。

「殺ス、命令、殺ス」

 アームは命を刈り取る死神の鎌を振りかざした。突く。振り下ろす。薙ぐ。攻撃と攻撃の間にインターバルがない。たった三つの攻撃。しかし六本の鎌でそれぞれのパターンをおりなせば、予想しづらい不規則的な運動だった。

 消耗戦が予想された。

「裏切リ、赦スマジ。処刑スル」

 オーフェンは自我をかなぐり捨て、ただの兵器と化していた。それはきっと、だったのだろう。自分が見捨てられたことも知らずに、ただ命令を遂行するロボット兵。哀れだった。

『ロコ、聞こえる?』

 無線上でぼくは問いかけた。ロコは流れるようなフットワークで鎌を弾きながら『ええ、聞こえます』と返事する。

『ぼくがオーフェンを抑える。その隙に、を張ってくれ』

 ロコはいつもぼくの側にいた。戦場で彼女とほとんどの時間を共にした。だからロコはぼくが何を考えているのかほとんど理解してくれる。

 ぼくは右腕を払い、オーフェンの喉元を狙う。彼は少し後退して間合いが開く。

 その隙にロコはぼくの籠手を回収して、さらに距離をとった。

 ロコにピアノ線を張り巡らせてもらう算段だ。動きを止めるため。

 オーフェンはぼくとロコの位置関係を何度か確認した。

「哀レナ。武器ヲ放棄スルトハ。ガ、降伏デハ……ナイナ」

 ロコは身体をゴムまりのように弾ませた。トランポリンを跳ねる体操選手のように倉庫内を跳ね回った。オーフェンの眼が彼女の優雅な軌跡を追っていた。それでいながら、ぼくをざく切りにしようと鎌を振り下ろす。

 ぼくは右腕と左足で防御態勢をとった。彼を止めるにはどうすればいいだろう。できるなら殺したくない。はそう思っていた。

 ロコはピアノ線を張り終えると糸を引く。

 オーフェンの身体にまとわりつく糸束がピンと張り詰める。

「無駄ナコト……」

 振り下ろされた鎌はたやすく糸を分断した。目にも留まらぬ速さで鎌を振り回し、はち切れるピアノ線は次々に弛みゆく。そして、オーフェンはぼくから狙いをロコに変えた。六本の鎌が一斉にロコの頭上から振り下ろされた。ぼくは追いかけたが、間に合いそうもなかった。

 ロコはとんぼ返りサマーソルトで無数の鎌を弾き返した。だがオーフェンの腕は六本だけではない。もう二本の普通の腕が、深くロコの腹を殴打した。ロコは軽々しく吹っ飛ばされ、床を何度か跳ねた。壁に頭を打ち、刹那的に黒目が上向く。

「ロコっ!!」

 オーフェンはロコに飛び込む。

 ぼくも飛び込んでいた。そこでオーフェンはニタリとした気がした。もちろん、彼に表情はなかった。だがぼくが飛び込むのを捉えた彼の目は笑っていた気がした。

 オーフェンはぼくが来るのを待っていたのだ。

 彼は身を翻し、鎌を掲げた。

 ぼくはピンポイントで震動刀を

 ロコを「救いたいう」との命令に従う脳が、ぼくの意識とは反して、些細な情報まで吸い上げようとして見出した結果だった。義眼は先の白兵戦の最中、無意識に脆性ポイントをマークしていた。僅かな内部気泡マイクロボイド。合金成形時に形成された精度不良。戦闘中、衝撃が加わるたびに気泡内部を振動する微妙な音の違いを、機械的感覚受容器メカレセプターは無意識に聞き取っていた。意識上に知覚されることはない微かなノイズ。

 それをぼくは無意識的に狙った。

 超音波振動する刀同士から衝撃が伝播。鎌の合金内部に生じていた気泡内でさらに増幅。

 すると、先刻まで鎌の合金に塑性変形を加え、格子状に結合した原子に破壊をもたらした。鎌が一本割れた。さらに二本、三本と次々に鎌が砕けゆく。秒針がひとつ刻むよりも早い間に。

 攻撃命令は連続して

 意識は表面でも裏面でもなく、

 

 

 理性的な意思を形成する巨大な塊。瞬間思考。

 機械化部品が生体に与える、黙従サイレントコード。

 脳と筋電部位の相互通信。

 言葉のない以心伝心。

 この意識は無味乾燥な味がした。頭の中が「殺せ、殺せ」と呪文を唱えている。それが合理的だからと。それが自分たちを守る最善だと。だから殺すべきだと。至極まっとうな理屈を並び立ててくる。

 それは本能。そして本質。

 表と裏が混交し、まったく異なり、まったく新たな意識が最短、最適に鎌を破壊すべく。

 ぼくを制御した。

 機械的出力のスピードに耐えられない生の筋繊維が、身体の中で断末魔をあげていた。それでも、脳と筋電部位は鎌を破壊していく。

 オーフェンの鎌すべてが砕けた。だが彼は残る普通の腕で悪あがきする。ぼくは左足を蹴り上げた。

 ピアノ線間を飛び回り、転瞬。彼の背後に降り立つ。ぼくはピアノ線の間で身を丸くし、すぐ背後に。ぼくの手はオーフェンの後頭部を掴んでいた。ぼくもオーフェンも雌雄決したことを認識した。

 時が落ち着いた。その時、本来のぼくが舞い戻る。

 ぼくは言った。

 やめろと。

 だが願いは虚しく。

 刀が突き出でる。

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