再燃(4)

 港のクレーンたちは眠りを知らずに働きづめだったが、湾口にはぎっしりとタンカーがひとときの眠りについていた。鉄の軋み。潮風の匂い。それらが混じり合った空気は湿気を含んでいた。陰鬱な気配をたっぷりと帯びて。

 ロコは狐のお面をかぶっていた。ぼくの仮面と同様に、ルシエラ先生に誂えてもらったものらしい。仮面をかぶって戦闘するなんてのは非合理的だ。視野が狭くなるし、取り込める酸素量も減る。

 だけどこれはぼくらの正装。

 地獄の舞台に上がる演者の顔。

 ぼく達は見通しの良い通りを歩いてゆく。ぼくはあれこれ策を講じるタイプではない。そういう仕事もできなくはないが、優秀な頭脳ブレインあってこそだ。

 いつの間にか雨が降り始めた。ポツリポツリと。ここ数週間で珍しく一日雨の降らない日がやって来たかと思ったが、どうやらこの街は悲しみを流さずにはいられないらしい。

 埠頭近くにある第三倉庫が見えて来た。周囲はトラックや自動機械の姿はあまりなかった。倉庫の入り口が薄く開いていた。ぼくとロコは左右に張り付いて、手鏡から中を覗く。義眼の可視光帯域を赤外線域に切り替えて、熱分布を検知する。赤みを帯びた二体の躯体とひとりの少女が横たわっている。

 間違いなく、オーフェンとトウヤだった。それにリリィもいた。

 ぼくは扉を少し押しどけて、中に侵入する。

 倉庫の中は二台のコンテナ以外に物はなかった。ひらけた空間だ。

 二人が振り返った。

「ようやく来たか」

「もう一度聞く。お前は誰だ?」

 ぼくは威圧を込めて発した。

「トウヤだよ。お前の兄であり、かつて分隊長だったトウヤ・アザミだ」

「本気でリリィを売る気?」

「ああ、そうだ」

「相変わらず惨いな。兄さんは」

「嬉しいだろう? 冷酷な俺様が帰って来て」

 トウヤはナルシズムに酔いしれる時、決まって自分を様付けする。

「兄さんは、いやお前は一体、何がやりたいんだ?」

「言ったろう? セナ。俺は俺の声を聞いて、俺自身の復讐に従っている。覚えているか? 東部戦線で俺たちの部隊が半壊したことを」

 ああ、覚えている。

 その記憶は、孤児院の火災の次によく夢に出る。


 ──ぼくたちは民間軍事企業を介して反政府軍に派兵された。

 ぼくたちが介入した国は一般論的に言って、みんなの敵だった。先進国が徒党を組んで、当時の政府を転覆させた。しかし諦めきれなかった旧政府軍が再度の革命を目論んで、鋼鉄の子供達を援軍として招き入れたのであった。

 戦意の失せた部隊──植木トモヒロ率いる部隊──を壊滅させたあとの戦局だった。ぼくたちは小さな勝利を機に、戦場に深入りしすぎた。それが罠だとも知らずに。

 敵は巧妙な陣形を組んでいた。僕たちは会敵する部隊を各個撃破していたが、それはネズミを袋小路に誘い込む罠だった。気が付いた頃には、中隊規模の連合軍に囲まれていた。

 その戦場において、正義も悪もなかった。

 ただただ銃弾が飛び交い、命の解体ショーだった。

 ぼくたちにしても、生き残る以外に考えはしなかった。そのためにはより多くの敵を倒して、後退する以外になかった。

 敵は命を囮に使ってぼくたちを誘い込んだ。ぼくたちもまた、トウヤの指示で命を盾にした。とはいえ、僕たちは半分以上の身体を機械化していた。ゆえに、被害はたった四人で済んだ。対して連合軍の死者は数千人にも昇った。その時死んだ部下の全員がトウヤ率いる第一班だった。トウヤは自分の命を守るため、「部隊の生存率の為」だと言いながら、仲間を盾にした。ぼくは兄さんを許せなかった。身体を機械化され、兵器として訓練される地獄を共に味わった仲間。それをゴミ同然に扱うトウヤを許せなかった。

 だからぼくは、オーフェン、ロコ、レイシアだけは守ろうとした。隊長であるトウヤの命令を無視して、ぼくは殿しんがりを務めた。命なんて安いものだと思った。誰かを救えるのなら、身体のある限りを差し出せるとすら──。


「なあ、〝鋼鉄の心臓スチール・ハート〟」

 その殺戮の事実から、ぼくにつけられたあだ名は「命 を 盗 む 鋼 鉄スチール・ハート・スティーリング」。

 ぼくはあの戦場で心臓を失った。

 ぼくの心臓は鋼でできている。

 奇跡だったというべきか、オーフェンとロコが半ば、死んでいたぼくを回収して、研究所まで運んでくれた。ひと月の昏睡を経て、ぼくは地獄から蘇った。

「俺はさ、弟と俺だけが助かればいいと思って、撤退の算段を立てた。だがお前は、全滅するかもしれないリスクを抱えて、俺を無視した。結果的に俺とお前の班は生き残った。だがな、そんなものはただの幸運だ。偶然だ。そうだろう? だってそのあとの火災で全員が焼け死んだんだから」

 その戦場が原因で、ぼくたち兄弟の仲はズタズタに引き裂かれたのだ。トウヤは見ず知らずの大人たちから武功を讃えられたが、孤児院の仲間たちからは白い目で見られた。反対にぼくは命がけで仲間を救おうとしたことに信頼を勝ち得てしまった。

 それが、トウヤがぼくを恨む本当の原因。ぼくも兄さんもあれ以来、互いのことを恨んでいた。

 勉強ができる兄さん。

 運動ができたぼく。

 両者はないものを羨んだ。同じ部隊で戦争に駆り出されたけれど、当時のぼくたちは特別仲が良かったわけでもない。むしろ、ほとんど言葉を交わしはしなかった。あったとしても、命令確認など。そんなぼくらの関係性が変わったのは、孤児院の火災以降だ。ぼくが兄さんを助けてから、よく話をするようになった。とても短い期間だったけれど。ぼくはようやく兄さんと打ち解けることができたと密かに喜んでいた。

「お前は頭が悪い。愚弟を兄が導いてやるのさ」

「お断りだ、クソ兄弟ブラザー

「脊髄反射で行動する奴が俺は大嫌いなんだよ。お前みたいな、後先考えずに突っ込む馬鹿が大嫌いなんだ。お前には見えるのか? 十年後が。二十年後が。あるいは五十年、百年先の未来が」

「知らないよ、そんなの」

「ほとんど遺伝子の変わらない双子だがやっぱり全然違うな」

 似ていても相容れない存在。

 対の存在。

 それはきっと、反発しあうしかない。

「だからお前を躯体に移植して、俺の右腕として制御する。悪く思うなセナ。恨むんなら、優秀すぎる運動神経を恨みやがれ──」

 戦争の始まりはいつも唐突にやってくる。

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