再燃(2)

 どこに弾がやってくるのか、どのタイミングで撃ち出されるのか。それをわかって入れば、手の中で銃弾を握りしめることは、義手では造作もないこと。

 確かにぼくはオーフェンがぼくの額を狙うように誘導したが、理知的な彼が安っぽい挑発に乗るとも思えなかった。

 ぼくは拳を開いて、銃弾を落とした。鉛玉が床に跳ね返り、乾いた音が響く。

「何故だ?」

 殺すつもりならできたはずだ。ぼくはずっと違和感を感じていた。それはこの間、トウヤらしき躯体と対面した時にも感じた同じ違和感。まるでぼくの性 能パフォーマンスを試すかのような余裕のある動作。なにせ、ぼくの半分以上は生身で、全身躯体フルボーグ性能スペックで勝てるはずもない。

「こちら側に来ませんか? セナ班長。我々はご兄弟の帰還を心待ちにしております。一緒にカオスをぶち壊そうじゃありませんか」

 オーフェンは鎌とは別の、十指を持つ二本の腕を広げた。

「データはエルガーとの戦闘で取らせてもらいました。半機械ハーフで全身躯体と渡り合えるあなたは貴重な人材です」

「お断りだ」

「残念です。班長。また一緒に戦に行けると思いましたのに」

 オーフェンは六本の鎌を構え、のし歩く。死を印象づかせるように、一歩一歩重厚に詰め寄る。

 いよいよぼくは手詰まりを感じた。生き延びる方法は、裏面に頼るしかなかろう。

 そう思った時、

「辞めなさい! オーフェン!!」

 背後から女の子の声が響いた。

 少し振り返ると、ロコ・コココが足を履いて立っていた。

 ぼくは疑問の目を両者に向けた。

「やはりここにいましたか。ロコ・コココ。裏切り者」

「裏切ったわけじゃないわ。私はずっとそちら側じゃなかったのだから」

 オーフェンは首を鳴らした。

「何故です? 我々は次世代の人類であるというのに」

「本当に人間ならば、考えは違ったかもしれないわ。だってあなたたちは人じゃない」

「人の定義とはなんでしょうか。霊長類であること? それとも高度な知能を持つこと? 果たして、数千年後サルが、我々と同等の知能を持つほど進化した時、我々とサルの違いはなんだというのか」

「知らないわ、そんなの」

「私は人をこう定義します。冷徹な論理を持つ動物。目的を実現するには、手段を選ばない。あらゆる知恵を絞って、手段を生み出す生き物。それが人間である。だが、我々は動物的側面も持つがゆえ、完全な人間ではいられない。人間はまだ、動物の枠組みから脱せていない。感情が時に目的を邪魔する。人は朽ちる運命にある偶像。しかし、機械の身体と心を手に入れた我々は本当の自分を知った。今、私は聖像イコンとなった。機械は魂を有した。薊トウヤは神となった」

「やっぱりあなたたちには愛がないわ」

 オーフェンは肩を震わせた。笑っているようだった。

「それもまた人間が勝手に作り出したまやかしである。あなたは未だに古い考えオールド・コンセプト に固着するのですか」

 ロコは機械の足で優雅に歩み出す。

 ぼくの前に立ち、両手を広げてこう述べた。

「私の愛する人に手出しはさせません!!」

 ぼくは少々泡を食っていた。

 ぼくはロコの背中に、「何言って……?」と問いかけた。

「せっかくこの世に蘇ったのに、復讐に縛られるなんて悲しいじゃないですか。私は楽しいことに使いたい。そう思っています」

 ロコは少し口元を緩めながらそう返した。

「私から言わせれば、動物的本能に縛られるあなたもひどく哀れな存在だと思いますがね。……ああ、そうか。あなたは全身躯体ではないから、人間の名残が残されているということですか。まだあるんでしょう? が」

「あってもなくても私は変わりません。どんな姿だろうが、私は生涯、セナお兄ちゃんを愛すると誓ったのです!」

 ああ、とぼくは吐き漏らす。

 そういえば昔、ロコはぼくにずっと付きまとっていたっけ。孤児院でも戦場でも、「好きです」「愛してます」と言われ、当時はうざったいくらいにしか思っていなかった。

「愛に拘束された哀れな女よ。あなたはここで死ぬ運命です」

 オーフェンが弾け出そうとした時、廊下の奥からルシエラ先生が登場した。

「というか、君たち。他人の家で暴れすぎではないかね?」

 ルシエラ先生の手には携帯端末が握られており、それは耳元に当てがわれていた。

「先ほど、警備システムに通報させてもらった。もう間も無く、無人機がここへ来るだろう」

 先生がそう言い終わったのもつかの間、廊下の陰から無数の人型無人機が現れた。卵ののようにつるりと、のっぺりとした肌。服は着ておらず球体関節で紡がれた節がむき出しになった人形。

 オーフェンはぼくたちや無人機をそれぞれ見たあと、壁を向いて鎌を振り上げた。重低音が響き渡ると同時に壁は大きく穿たれ、土埃を上げた。

 煙に包まれていた影は外へと消えた。


 その夜、ぼくはルシエラ医院の修理代をせがみに、イアンの元へと向かった。

 大ぶりな椅子を翻して、イアンは頬杖をついた。

「まあ、致し方ありませんね。代金は私のポケットマネーから出して上げましょう。それで? 接触してきたのはアームだったと?」

 ぼくは頷いた。右の義眼を外して机の上に置く。義眼はホログラムを投射し、壁に先ほどの記録映像を映し出した。

「オーフェン・グラハルド。第00部隊の副官だった男だ」

「確か、君が第二班。そして第一班がトウヤ班。彼は部隊長でもあった」

 第二班をぼくが率いていた。

 その部下だったのがオーフェン、ロコ、レイシアの三人だ。

「アームはロコを殺しに来た。すると、また近いうちにロコを狙いに来るでしょう」

 隣でロコは俯いていた。

「トウヤの元についていたチルドレンたちは、同じように蘇ったのか?」

「ええ。あと数人はスチール・チルドレンの意識を宿した躯体が蘇っています。詳しくは現在調査中です」

「なあ、そろそろあんたの本意を教えてくれてもいいんじゃないか? そうじゃなきゃ、攻勢に出られない。毎度毎度、不意打ちなんてのはごめんだ」

 イアンは指を組んで、逡巡している様子だった。

 長息を吐くと、

「いいでしょう。私の狙い──いや、トウヤ・アザミの狙いを説明しておきましょうか」

 イアンは語り始める。

 昨今の 機 械 化 部 品 サイバネティックス・モジュールが普及した背景には【Mechanical Mapping】社なくしては語れない。あるいは、バンブル孤児院での実証実験。つまるところ、【〇五〇号】計画が始まりだ。MM社製筋電部位は高品質、高性能が売りで、日常用途だけでなく、世界中の紛争にも使われている。ところが研究施設を植木うえきトモヒロが破壊したことによって、データは消失した。だがデータの一部をトモヒロが握ってもいる。トモヒロはそれを盾にして、MM社を脅していた。

 これが二年前から二ヶ月前までの間に起こっていた裏の出来事だ。そしてパンプキン商会は〝植木組〟からデータを奪還するために、戦争をけしかけた。

 その命令を下したのがMM社だ。

 最初は、パンプキン商会が植木組からデータを奪い返すことが本筋だったようだが、そこに兄トウヤが役者に加わったことによって、シナリオはややこしいことになる。

 兄トウヤは躯体を遠隔操作して、イアン・クラシェチェンコに一度接触していた。

 そこでトウヤはこう提案したという。

『戦争ごっこを手助けしてやる代わりに、データのコピーを俺にも渡せ』と。

 その真意は、【〇五〇号】計画の真実を世間に公表するためだったらしい。しかしながら、自分たちの悲劇を語るのではなくて、を世に知らしめることだったという。

 要するに、脳のソフトウェア化による弊害をユーザーに警鐘することで、MM社を失墜させることが目的だったようだ。だが、二ヶ月前の事件は兄トウヤの思惑とは違った方向に捻じ曲がった結果に終わる。

 データもろとも、電磁パルスE M Pで闇に葬られたことになった。

「トウヤは【〇五〇号】計画を破棄して、新たな【〇X〇まるまる】計画を発動させたのです」

 一呼吸の間を置いて、イアンはこう続けた。

「人格の完 全 移 植オール・トランスポート。言い換えれば、肉体の破棄。人の断片デジタル化」

 デジタル人格。壊れない身体。

 悲しみが輪廻するのならば。

 苦しみが連鎖するのならば。

 怨嗟や悲劇が円環することを知っている兄ならではの結論だった。

「不朽の魂。それが【〇五〇号】計画当初の目的だったのです」

 〇五〇はつまり、二〇五〇年を境にする西暦のことを指す。汎用性人工知能A G Iが人類よりも賢くなる日付をさした年。その日を境に人間は機械よりも下等種になることを恐れた。

 そして二〇五〇年以降に生まれた子供たちをAIに勝る新種へと進化させる計画。

 それが〇五〇号計画。

 ぼくの中のぼくが高笑いをあげていた。

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