変異(2)

 エレベータを降り、車椅子が軽やかに前進した。

 ロコは肘掛のレバーを倒しながら誘導する。フロアは人がいないらしく、ひっそりとしていた。車輪を回すモーターの駆動音が狭い廊下に跳ね返っていた。大理石に敷かれた赤絨毯が歩行の音を飲み込み、静寂を際立たせている。壁には数々の戦地を収めた写真が額に飾られており、あまり趣味のいい装飾ではなかった。

 また、ショーケースの中には、石斧、ナイフ、剣、大砲、火 縄マッチロックすい発フリントロック式、マスケット、ミニエー銃、自動小銃といった風に武器が飾られていた。実に戦争屋らしいミュージアムだ。人類の闘争を支えた歴史を横目に過ぎていく。

 角をいくつか折れロコは白い扉の前で止まった。

 脇に固着された生体認証バイオメトリクスにロコは手と目を翳し、

「お連れしました」

 と最後に声紋を認証させた。

 返事はなく、扉が横滑る。部屋にはほとんど物がなかった。大きな窓を背景にして、長机と革張りレザーの大ぶりな椅子が背を向けていた。てっきり、カボチャ男の根城はかぼちゃ色のオレンジな壁に、かぼちゃの小物ばかりあると思っていたから、やや肩透かし。

 椅子が振り返り、かぼちゃを抱いた男が振り返る。

「そうです。私がパピプペパンティ……ごほん。パンプキン男です」

 その締まりのないセリフがなければ、男が誰だかは分からなかっただろう。金髪で赤い瞳を持つ精悍な顔立ち。スーツにマントといった、年がら年中ハロウィン祭な格好。

 彼はイアン・クラシェチェンコ。二ヶ月前の事件で、大勢の命を奪った凶悪犯。

 ぼくは一応の警戒をして、仕込み刀をいつでも突き立てられる構えをする。

 ご苦労、と言って、イアンはロコを退室させた。

「さて、セナくん。君は私に聞きたいことがあってここに来た。そうだね?」

 ぼくは一つ頷いた。

「残念ながら君の欲する情報を私も持っていない。むしろ私の方こそトウヤのことを探している」

「どういうことだ?」

「元々、ボーダレス・リバティが薊トウヤの思惑によって立ち上げられたことは?」

 ぼくはまた頷いた。

 イアンは机のガラスに指を這わせ、卓型端末デスクトップをスリープから呼び起こす。するとガラスの中にいくつかのウインドウが広がり、ファイルを摘み上げた。

 そこには、履歴書のような写真入りの薊トウヤの経歴がまとめられていた。

「この情報に間違いや不備はないだろうか?」

 ぼくはホログラムに近づいて、データを読み上げた。


二〇五〇年、生誕。

二〇五六年、バンブル孤児院に移送。

二〇六〇年、『第00部隊』が結成され、その部隊長となる。

二〇六一年、第五次コルバド紛争へと投入され、破壊工作に成功。

二〇六二年、バンブル孤児院消滅と共にその姿を消す。

二〇六三年、アイビー市の医療録メディ・カルで生存を確認される。

二〇六四年、四月一日、医療録上で薊トウヤの死を確認。


 ざっと見渡したあと、ぼくは小さく頷き見せた。

「君たちは当時、十一歳だった。未だにゾッとしませんよ」

「何が言いたい?」

 ぼくはイアンの目をじっと見据える。

「トモヒロ氏との因縁は、孤児院の扱いに関して意見が違ったからです。バンブル孤児院や〝鋼鉄の子供達スチール・チルドレン〟に関する情報は、抹消されました。ですが、情報という代物はデータ上から消されたとしても人の記憶に残るものです」

 イアンは深く息を吐いてと言葉を続ける。

「なぜ彼が私に怨嗟を持つのか。それは私が悪鬼を蘇らせた張本人だからでしょう。あの時の叫び声は、私にも未だに聞こえます。呪文のようにこびり付いています」

 イアンは乾いた笑いを響かせた。

「トモヒロは子供達を死なせてやる方が幸せだと思ってたようです。しかし私は逆です。生にしがみつけば、その先に何かしらの対価があると私は考えるクチです」

「今さら懺悔でもしているのか?」

 イアンは静かに首を振った。

「二ヶ月前の事件時、私は役者に過ぎませんでした。薊トウヤが描いた台本のいち役者に」

「どういう意味だ?」

「事件前、私の元へ天才がやって来て、こう告げました。『明日、薊トウヤは死ぬ。だが、本当の死ではない。お前がもしも子供達に同情しているのなら、ガキの遊びに付き合ってやれ』と」

「兄さんが?」

「誰が来たのかは言えません。クライアントを裏切ることになりますからね」

 天才の肩書きで真っ先に思い浮かぶのは、アヤネだった。だが、アヤネがわざわざイアンに接触してそんな言葉を残すだろうか。彼女の性格から無駄なことはしそうにない。そもそもアヤネは兄さんが遠隔操作する躯体に殺されかけたのだ。

「誰だ? 喋らなきゃ、ここで死ぬことになる」

 ぼくは威圧を込めるように 震 動 刀ハーモニック・ブレードを抜刀する。籠手からシュッと飛び出た刀をイアンの喉に向けた。

 だがイアンは脅しに一切動じず、手を差し伸べた。

「そこで提案です。手を組みませんか?」

 イアンは純粋な眼差しでぼくを見つめた。

「素直に飲むとでも?」

「身体部品の費用を負担いたしますし、武器も供給します。その代わり、君の戦闘能力を買いたい。もちろん、出来る限りの情報提供も約束します。ただし、トモヒロ氏にはご内密に。面倒なことになりますからねえ」

「なぜ? だってあんたにはお抱えの兵隊がいただろう?」

 イアンは憐れむようにして微苦笑を浮かべた。

「ここに来るまでに感じましたでしょう? フロアが静まり返っているのが。ここは各国の連絡拠点でしかありませんが、数日前、部下達含め、オペレーターのすべてもごっそり引き抜きに遭いましてね」

 そう言って、イアンは卓型端末からファイルを拾い上げた。【ボーダレス・リバティ】のロゴが浮かび上がる。三つの鎖を結んだようなロゴ。鮮やかなスカイブルーが清潔感を思わせた。

 そして、CEOの顔が露わになり、ぼくは眉を深く寄せた。

「チープに言えば、カリスマ性。そもそも、二ヶ月前のEMPはこのデータに書き換えるための布石だとようやく私も気づけました。いやはや、天才というのはどれほど先の未来を予測しているのでしょうかね」

 イアン・クラシェチェンコは、戦争屋のCEOでもなければ、パンプキン商会の首領でもなかった。ただの無職。

 代わりに社長の椅子に座していたのが、薊トウヤ。

「〝アーム〟も〝スカル〟もトウヤに賛同したようです。唯一こちらに残ってくれたのが〝レッグ〟であるロコ・コココくらいなもの」

「兄さんは……トウヤは一体何を企んでる?」

 そこまでは、とイアンは言葉を濁し、首を振った。

「ただ、00部隊ゴースト達はを求めているのかもしれません」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

Androidでは正しく
設定できないことがあります。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

新規ユーザー登録無料