第2章

変異(1)

 クレーンがトラックにコンテナを積み込んでいた。

 南西の湾岸沿い。ルピナス区はアイビー市における輸出入の要所だ。アイビーと外国を繋ぐ港は、いわば心臓部。二十四時間稼働している港は心臓のように眠りを知らない。

 巨人のような腕から荷物を渡されたトラック群は蛇となり、高速道路エアバーンに乗り込んで行く。

国境なき自由ボーダレス・リバティ】本社はルピナス区画の都市の隙間エアポケットに拠点を構えていた。高架道路が何重にも重なったジャンクションの膝下。物 流 路ロジスティック・ラインを支える柱のように、そのビルは道路の陰に隠されている。武器、麻薬など密輸するにはもってこいの場所である。

 ぼくは屋上から行こうか、正面から行こうか悩んだ末、ビジネスマンを装って入ることにした。

 仮面にはいくつかの新機能が備わっていた。ぼくの主治医であるアウロ・ルシエラ先生の力を借りて、仮面の表面に複 合 肌ポリマー・スキンを蒸着させている。まるで、小説フィクションの大怪盗が一瞬にして顔を変えられるように、仮面を揉み込めば、形状記憶されたいくつかのパターンが復元される仕組みだ。

 ぼくは、日系サラリーマン風の様相で【クローバービル】の受付へと闊歩を刻んだ。

「四八階のボーダレス・リバティに」

「お名前は?」

 金星のような明眸めいぼうがぼくを見上げる。

 グレーのジャケットに白いブラウスといった折り目正しい姿の女性だった。瑞々しく真っ白な肌。少しあどけなさの残る顔立ちで、金髪を一つに結っていた。ツンと尖った鼻立ちと小ぶりな口。儚げな蛾眉。どこか、か弱さを抱かせる生の女フレッシュ・ガールだった。

 昨今、どの企業でも、受付にコミュニケーション型ヒューマノイドを置くことが常だ。

 機械やシステムならば、間違いは冒さない。少々融通の利かないところはまだまだ名残惜しく残っていたものの、時は金なりを信条とするビジネスマンたちが、もっとも嫌うのはエラー。そして一番エラーを起こすのは人間だと言う結論。だからこそ、この街からは多くの仕事がロボットに奪われていった。そうやって、職を失った賃金労働者層プロレタリアンは緩やかに死滅している。

 しかも珍しいことに、女性は車椅子に座っていた。現代では絶滅したはずの被差別者層ハンデキャッパー機械化サイバネティックスが進んだこの街で、身体の有利不利は言い訳にならないし、同情にもならない。むしろ、身障であることをひけらかす方が白い目で見られる。

 ぼくはしばし逡巡して、

「フェイスマン」

 と答えた。

 女は一切表情を変えることなく、電話機に手をかけた。

 受話器をあげる寸前で彼女の手に手を重ね、

「悪いが、アポなしなんだ」

 彼女は流すような視線からぼくの瞳を見つめた。

「ええ、わかっておりますとも。あなたが薊セナだということも。クラシェチェンコ氏から取り継ぐよう、申しつけられておりました」

 カボチャ男が?

「ですが、個人的なことを言わせていただきますと、行かないでください。

 ぼくは無意識に眉根をひっつけた。

「なんだって──」

 すると女性は悲しそうな顔をした。

「やっぱり覚えておられないのですね……ロコ・コココのことを」

 ぼくはセナの記憶に検索サーチをかけた。その刹那、記憶の棚の中から二年前から五年ほど前までの記憶が一挙にフラッシュバックした。──戦場。飛び交う銃弾。怒号。あるいは怒り狂う炎。そして子供たちの絶叫──

「まさか……」

 女性は少し憂いた表情を混じえた微笑を浮かべる。

「ええ、です」

 ロコは、ぼくが重ねた手の上にさらに自身の手を重ねた。

「久しぶりです。セナお兄ちゃん」

 ここはかと思った。

 ロコ・コココは二年前、バンブル孤児院が延焼した時に見捨てた一人。

 ロコと共にした時間は他の孤児たちよりも多かった。年上だったのにも関わらず、ひ弱で意気地なしだった彼女はぼくのことを兄のように慕ってくれていた。その名残でぼくは『お兄ちゃん』と呼ばれていたことを思い出す。もちろん兄トウヤも同様に。

 なぜこんな大切な記憶を忘れていたのか。〝ぼく〟の記憶力あたまの悪さにはほとほと呆れる。

「生きていたのか……?」

「半分死んだようなものでしたが」

 ロコは嘲笑を顔に混ぜ込んだ。

「あの日、イアン・クラシェチェンコ氏は、何人かの子供達を救ったんです。もちろん、ほぼ全身の代替躯体オルタボーグです。私は、かろうじて膝より上の生体を残すことが可能でした」

「ちょっと待て──」

 その言い方では、まだ他にも生き残りがいると言っているみたいだ。

「ええ、そうです。いえ、お気づきでしょう? エルガーを見たセナお兄ちゃんならば、今どういうことが起こっているのかが」

「……誰だ? 他に誰が生き残っている?」

 ロコは指を折りながら名を挙げた。

「オーフェン。レイシア。私の記憶と名前が一致するのはこの二人くらいです。でも、あと数人はまだ生きていますよ」

 よりにもよって〝第00部隊ゴースト〟の戦友が挙げられていた。

 宿命を感じずにはいられない。

「……トウヤのことは?」

「聞いてます。全部。脳死を迎えたことも、遠隔操作していた躯体が破損したことも。あと、もう一人のトウヤさんが現れたということも。そこで、クラシェチェンコ氏はセナお兄ちゃんがここに来るだろうことを予測しておりました。彼はお兄ちゃんに協力を求めるつもりです」

 彼が? カボチャ男がぼくに? 街に混乱と死をもたらしたあの男がなぜぼくに?

 どうやら事態は、兄弟喧嘩の域を超えて、ややこしいことになっていそうだ。

「その……だから、クラシェチェンコ氏に会いに行って欲しくはないのです。それでも行くというのなら、前みたいに私をお側に置いてください。お願いします」

 ロコはそう言って、車椅子の中で深々と頭を下げていた。

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