混成(3)

 今日も銃声が街中でさえずっている。

 ぼくは蝶となり夜を舞う。ワイヤーを飛ばし、地上の銀河を見下ろす。以前と変わらない世界が広がっていた。だけど、ぼくを取り巻くものだけが姿を少しだけ変えていた。

 生の目は兄さんの亡霊を探していた。義眼は兄の幻想を追っていた。

 街は人で溢れかえっていた。

 ゆるやかな大河のように。濁流のように。

 人間も機 械 化サイバネティックスに支えられる半機械人ハーフマシンも一瞬では見分けがつかない。およそ一千万人近くが住まうこの街で、たった一人の人間を探し当てるのは無謀だった。

 トウヤを名乗る躯体と出会ってから三日が経っていた。あれ以来、その姿を見かけることはなかった。しかし、わかっていても辞められない。あれが兄ではないとわかっていても、身体の方が探すことを辞めようとはしなかった。

 えげつない理性が機械の身体を止めようとするけれど、情動持たぬはずの身体の方がぼくを引き連れて闇を彷徨う。コンクリート樹林を抜けていく。闇雲に。干草の中から針を探すように。その先にあるのが幻か、紛れもない現実かをを知っていながも、ぼくは尖塔の隙間を縫いゆき、答えを求めようとする。

 

 

 それがぼくのお願いだから。本当の欲求だから。だからが代わりに願いを聞いてあげる。が兄を探してあげてる。ぼくはの存在を知っている。でもをどうにかしようという意思はない。ぼくとは同じ。ぼくはを消そうとは考えていない。

 

 こうなってしまった以上、表と裏の違いこそあれど、ぼくとは一心同体。どちらか一方を消そうとすれば、必ずしも、ぼく心臓ぼくを壊さなければならない。

 それは肉体的な『ぼく』が死ぬこと。だからぼくももそんな馬鹿な真似はやらない。両者、うまいこと表と裏を使い分ける。

 昼のぼくが〝ぼく〟

 夜のぼくが〝

 そうやってぼく達はぼくに収まっている。

 君は弱っちいから。君は優しくあろうとするから。

 白い妖精でいさせてあげるために、鋼鉄の心臓スチール・ハートが泥をかぶってやるさ。

 そういう訳だからおネンネしてな、ぼく。

「なあ、アヤネ。ひとつ調べて欲しいことがある」

 ぼくはチョーカーのスイッチをオンにして、無線機から語りかけた。

『何よ、こんな時間に。お勉強なら明日にしてくれない?』

 アヤネの口調はイラついていた。

 アヤネは携帯電話を携帯しない主義だし、人から呼び出されることをひどく嫌う。彼女はいつもヘッドホンを身につけていて、音楽を聴いている。そこに干渉して、直接呼びかければ、番号も携帯も不要である。

「まあ、そう言わずにさ。ぼくらの仲じゃん」

『何その、お前、俺の彼女じゃん、みたいな言い方。気持ち悪いからやめてくれない』

「ぼくはてっきりそう思ってたが、違ったの?」

『君とお付き合いするつもりはないわ』

 残念だな。セナ。どうやら彼女は君に気がないらしいぞ。

「それはとても残念だよ。ま、ともかく、【国境なき自由ボーダレス・リバティ】の資金の流れを調べて欲しい」

 二ヶ月前の事件の際、パンプキン紹介と絡んでいたPMC。つまり戦争屋。全身義体をそう何度も用意できるのは潤沢な資金がバックについていなくてはならない。そもそも、ボーダレス・リバティを立ち上げた者こそ、薊トウヤだ。偽装された身分を介して、別人が立ち上げたことになっていたが、事件後、アヤネがその足跡を辿った結果、その事実に行き着いた。

 無線越しにしばしの沈黙が訪れた。

『……気持ち悪い』

「なんだって?」

『今ちょうど、それを調べていたところなの。なんだか私の考えを先読みされている気持ち悪さを感じたわ』

 ぼくはこの女が危険だと感じ取る。察しが良すぎた。

 無理もない。それまで眠っていたを象るに至る原因を生み出した人物である。【情動機関エモーショナル・エンジン】は確かに、薊セナの感情から迅速に最適な戦闘動作を翻訳コンパイルするに至るが、彼女はまだそのに気づいていない。

「で?」

『ルピナス区にボーダレス・リバティの本社が登記されたわ。CEOはイアン・クラシェチェンコ。……だったわ』

 あいつか。

 かぼちゃの面を被っていた男。パンプキン商会とやらを率いて、アイビー市に混乱を招いた一端。ともすれば、もともと二ヶ月前のあの事件時に、トウヤとイアンは繋がっていたと考えるのが自然だろう。

「だった、というのは?」

『ちょっと情報が錯綜していて、事実確認が済んでないから確証できていないだけ。多分杞憂に終わることだと思うけれど。それから、パンプキン商会は大量の武器を買い付けているのがわかったわ。モノがなんなのかまでは分からないけれど、宴会芸に使う小道具オモチャじゃないことは確かね』

「そうか。ありがとう。ついでだから、場所を教えてくれ」

『……行く気なの?』

「それ以外に何がある?」

 危険は百も承知だ。だが、トウヤの手がかりはおそらくそこしかない。以前のぼくのままだったら、尻込んでいたところだろうが、今のぼくに畏れはない。

 だって心臓エンジンハートはないから。

『君は何がしたいの? せっかく、裏社会から足を洗うきっかけをつかんだのに。君はこれから普通の人間として生きられる道順が示されているのに。それでも君は自ら闇の中に飛び込もうって言うの?』

 きっとアヤネは、薊セナに普通の道を示すために勉強を教えてくれている。

 でもぼくの居場所はそこじゃない。

 なあ、そうだろう?

 ぼくがそう訊けば〝ぼく〟は黙諾した。

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