第7章

落花(1)

 ぼくは、スカイタワー屋上へと到着する。しかしそこには誰もいなかった。メンテナス路へと出て、キャットウォークを歩いていく。それから鉄柱をよじ登り、スカイタワー天頂へと到達する。

 仮面の男がそこにいた。

「どうして?」

 ぼくは真っ先にそう問いかけた。

 すると仮面男は懐中時計をパタリと閉じた。

「色ってのはな、重ねるごとに黒くなっていくもんだ。黒ってのは一番濃い。キャンバスが真っ黒になった時、その上に色を足しても黒のまま」

「何が言いたい?」

「真っ黒なキャンバスに新たな色を加えるには、キャンバス自体を取り替えればいい。今日という日はこの街が生まれ変わる日だ。あらゆる人間は一瞬にして、己を失う。デジタルに皮膜された子羊たちは一夜にして毛を刈り取られた子羊へと変わる。誰もが肩書きを失い、資産を失い、平等化する。腐った世界を壊し、俺の名はこの街のヒーローとしてその名を轟かせる」

「それが、兄さんの復讐だったと?」

「俺たちの末路を知ってもらうためさ。俺たちはいずれ、機械に意識を奪われる。俺たちと同じ感覚を味わってもらうため。分かるだろう? エルガーは自我を失っていた。お前も時々、夢遊病で自分を忘れていた。俺たちはさ、消えていくんだよ」

「今の兄さんは兄さんなの?」

「これがお前の思う、薊トウヤならば、俺って何だろうな」

 仮面の男は仮面を外した。

 そこに兄さんの顔はない。ただ冷たい骨格が剥き出ていた。

「俺が脳死を迎えた時、俺はたぶん死んだ。だがネットワークと繋ぎっぱなしだった俺の意識はネットの中に残っていたらしい。それを継ぎ接ぎして、今の俺の人格が生まれた。しかしその弊害として、この身体の中にはたくさんの人物がいる。俺、私、僕とか色々だ」

「兄さんはぼくを認識してるの?」

「薊セナ。高校生であり、かつて【〇五〇号計画】の被害者である事実以外に俺が思うことはないぜ」

 サイボーグは両手を広げた。

 抱くようにその身で風を浴びた。

「そろそろ時間だ。俺は今から本当のあの世へ行く。俺の意識は電子の中にある」

 サイボーグは指で銃の形を作ると自身の頭に向け、「バンっ」と小突いた。

「つまり、EMPが発動すると、俺は俺を忘れる。この鋼の肉体は俺を完全に忘れる」

「どうして逃げなかったの? どうしてぼく達にこんなことをさせたの?」

「俺の罪滅ぼしかな」

 さあセナ、とサイボーグは言った。

「あと一分だ。何か俺に言うことはないか?」

 とっさに言葉が思い浮かんでこなかった。

 ぼくが考えていたのは、止めることだった。あるいは兄さんと共にここから飛び降りて、どれだけ距離を稼げるかということだった。

 したがってぼくはアヤネにもう少し待ってもらうように告げた。

 アヤネは答えなかった。

「セナ。お前は最後まで俺からの問題を間違い続けたな」

 するとサイボーグは携帯電話を取り出して、耳に当て、まるでアヤネのような声色でこう言った。

「リリィ。時間よ、やりなさい」

 と。

 その時、世界には静かな何かが流れた。ピリリと肌にまとわりつくざわめき。音はなく世界に透明が溶けていく。目に見えない波動が押し寄せ、うねりをあげた。

 無音。

 匂いも風もなく、世界を溶かしゆく。

 街から光が消え、完全な暗黒が訪れた。完全な無音に街は包まれた。しかし電子の濁流はぼくの身を焦がしつけていた。EMPを浴びたぼくの機械的部品は当然のこと、誤作動を起こしていた。視界は半分がブラックアウト。千切れた肘の先からバチバチと青白い光が迸っていた。ぼくは手を伸ばそうとしたけれど、鉛のように重い左足は錨のように根を張って、動けなかった。サイボーグは落下していた。

 役者の一人は世界という舞台から去りゆく。

 心の底からぼくは絶叫。

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