春雷(9)

 その頃、リリィ・エンフィールドはスカイタワー地下部に潜入していた。

 彼女の目的は、そこにある発電施設を掌握することだった。高エネルギィのサージ電流を流し、電子機器に支えられる機械化生体部品モジュールそれ自体にダメージを与える非殺傷法。つまり電磁パルスE M Pだ。

 一個施設で発生させるEMPは十分な範囲に攻撃を与えることはできないが、ここ、スカイタワー下の発電施設にはアイビー市におけるほとんどの発電施設を制御することができる。もちろん、それほどの重要な施設に警備が居ないわけがなかったが、リリィ・エンフィールドの幼女性と暗殺術の前に警備隊は為す術もなかった。

「うへへ。油断大敵ですぅぅ!!」

 リリィは男を二、三あっという間に撃ち抜いた。

 やたらめったらぶっ放しているかと思われるが、その銃弾の一つ一つは彼らの額や心臓、鎖骨下動脈、腹部大動脈などといった急所を確実に撃ち抜いていた。相手も同じく銃で応戦するものの、リリィは手榴弾を投げて、壁ごと敵を吹き飛ばした。

 もはやテロリストである。

「マッシュポテト~。ハッシュドポテイト~。ぐるぐるかき混ぜてグラタン作りましょう~」

 とリリィは作詞作曲した歌を歌いながら、警備員含めた職員共々次々に眠らせていった。

『リリィ。さっきからその歌はなに?』

 と無線越しにアヤネの言葉が届く。

「グラタンの歌です。ぐらぐらグラタン~」

『歌うのはいいけど、ちゃんと仕事はしてよね。高い前金払っているのだし』

「仕事はちゃんとしてますです。制御盤にたどり着いて、ポチッとな、でしょ?」

 アヤネはため息をついていた。

『……できれば急いで欲しいのだけれど』

「リリィは出来るだけの競歩で急いでいるのです。でも、この地下施設はまるでラビリンスです」

 リリィは狙ったわけではなかったが、迷ったのはある意味、警備員にとって悲運なことだった。宛てもなくフラフラと彷徨ったリリィは、警備員側からすれば神出鬼没。撹乱され、分断されての各個撃破。そうして警備員らは徐々に数を減らされた。

『端末にあらかじめ、地図を送っておいたでしょ?』

「はうわ!?」

 思い出したリリィは携帯端末を手に持った。

「すっかりうっかり忘れていました。テへっ」

『帰ったら、そのお花畑脳をぐらぐら揺さぶるから』

「勘弁願いますよ~、お代官様あ~」

『……こんなお気楽少女が〝幼き死神デスロリ〟だなんて』

「言っときますけど、リリィは永遠の幼女なのです。しかしその実は、やっぱり十四歳なのです」

 と言っている間に、リリィは制御室へとたどり着く。

 アヤネの指示を聞き入れながら、各種スイッチやレバーをONにし、キーボードにコマンドラインを打ち込んだ。

 室内に警報が響き、回転灯が赤く回る。自動音声の報告がコンデンサに電力を溜め込み始めたことを伝え、リリィは満足げに頷いた。

「ミッションほぼほぼ完了なのです」

容量限界キャパシティに達するまであとどれくらい?』

 リリィは無数の計器に目を凝らしたが、どれがなにを指すのか皆目見当もつかなかった。

「たぶん、カップ麺が出来上がるまでに終わりますです──」

 と答えた時、リリィの背後で声がする。

「残念ながら、カップ麺は伸びきってしまい、君は麺を食べることはない」

 目の色を変えながらリリィは振り返った。

 そこには仮面の男がいた。

「出ましたね、偽物仮面」

 仮面の男は肩をすくめた。

「私こそが本物の仮面の男ですよ」

「壮大なシナリオを考えましたね。ですが、ワルの企みは水の泡です」

「交渉しませんか?」

「交渉。なんつってです。ですがリリィの答えは、おとといきやがれビチグソ野郎です」

 仮面の男は笑うかのように肩を震わせていた。

「どのみち、エルガーがやられた今、私たちの負けです。ただもう少しだけ待ってくはくれませんかね?」

『私も同意見』

 と無線機からアヤネが言った。続いてアヤネはリリィの電話を鳴らし、仮面の男と話したいと告げた。

「だそうですけど?」

「いいでしょう」

 リリィは携帯端末をスピーカーホンにして、仮面の男に向けた。

『こちらの要求は、リリィに手を出さないこと。それを飲めば、もう少しだけ待ってあげる』

「実に身勝手な要求ですね。私がここで彼女を殺せば、君たちの目論見は潰えることとなる」

『いえ、私が存在する限り、の。時間を掛ければ、ワクチンプログラムを配布する方法はあるのだし、私は今、その準備をしているわ』

 仮面の男は大きくため息を吐く。

「天才には敵いませんね」

『過大評価よ。だって私にはあなたがこうしなければならなかった理由が分からないもの。あなたは私を殺せなかった。セナが私を助けてから、爆弾のスイッチを押した。私には分からないの。どうしてセナに知らせたの?』

「知りたかったから、ですかね」

『なにを?』

「愛を少々」

 アヤネは鼻を鳴らした。

『ロマンチストね』

「私には愛がない。だからこそ、それを知りたかった」

『で、それは見つかったの?』

 仮面の男とアヤネは淡々と会話を交わしていた。

 リリィには二人の会話の意図も真意も見えてこなかった。

「いえまったく。私はもはや人間ではないから、見ることは叶わない」

『あったはずよ。お兄さんはセナから愛情を受け取っていたはず。だって彼はあなたのためにずっと心を殺してきたじゃない』

「だから私は自分が許せなかったのかもしれないかもしれませんね」

『それが、?』

「そう解釈するのは、それこそ君がロマンチストだからでは?」

『人を愛するからこそ、弟を愛していたからこそ、あなたはこのシナリオを実行した』

「私に愛情はない。なぜなら私は電子だから。私の中にいる〝俺〟が俺と呼ばせることを許しはしなかった」

『今ならまだ戻れるかもしれない。私に任せてくれたら、あなたの中にいる〝きみ〟を解析できると考える』

 リリィにはさっぱりだった。今回の事件のことを彼女は大まかには流れを知っていたし、自身がなぜEMPを発動させるために、襲撃しているのかも知っている。だが、主犯もそのアンチであるアヤネも互いの行動を否定するわけでもなく、互いを認め合っている節すらあった。いや、違う。アヤネは何かを思い留まらせようとしていると感じられた。

 リリィはただ黙って、二人の言葉に耳を傾ける。

「思い込みですよ」

『それこそ〝きみ〟の思い込みだわ。だからこそ〝きみ〟は実在していると考えられる。科学者が非科学的なことを言うのはナンセンスだけれど、科学とは否定を積み重ねてきた学問。魂を否定し、さらにその否定こそが、魂の肯定に成り得るのかもしれない』

「否定はゆえに存在証明。したがって、私は否定されることで私の存在が肯定される」

『悲しい論理……』

 まったくもってこの天才たちは別次元で話しているとリリィは思った。この会話の果てに答えがあるとも思えない。

 リリィにはこの物語がどのような感情を糧にして巡っていたのかを毛ほども分からなかったし、アヤネが仮面の男に同情すら見せるのは意外なことだった。

「確かに君のいう通り、私は自身の存在のために大それたことをしでかしたかったのかもしれない。否定はしない」

『あなた自身の答えはどうなの? 今のあなたはセナを愛しているの?』

 仮面の男はしばし沈黙した。実際に過ぎた時間は数分もなかったが、とても長い沈黙と感じられた。いや違う。仮面の男が返事をするために、頭の中で繰り広げられた精神時間は凄まじい時が過ぎたことだろう。

 仮面の男は震えるように顔を手で覆うと、

「……わからない」

 と言葉を濁した。その仮面も、機械の表皮も決して表情の変わる代物ではなかったが、リリィにはふと悲しみが見えた気がした。

 そして仮面の男はマントをなびかせ、さっと身を翻す。

 仮面の男が消え去り、寂寞とした静寂だけが制御室に流れた。


      ***


 国道の真ん中で撃ち合い、斬り合いを続けて居た植木組とパンプキン商会。

 市街地で繰り広げられる攻防戦は、地の利がある植木組が優勢だった。

 しかし、所詮烏合の衆である彼らは最適戦術を選択するパンプキン商会組員の前に次々に伏していった。圧倒的な数で勝っていた植木組とパンプキン商会の戦力差はいつの間にか同等にまでに持ち込まれていた。

 しかしだ。

 戦局をさらにひっくり返したのは、植木トモヒロだった。

 彼は盾と日本刀を振り回し、孤軍奮闘していた。味方が撃ち抜かれようが、自身の肩を貫かれようが、その間にトモヒロは五人の男を斬り殺した。

 弾が降り注ぐ中、最前線で戦っていた。そんな若頭の姿を見て、植木組が鼓舞されないわけがない。圧倒的有利な銃を持ち、その練度も高いはずのパンプキン商会の兵士達の方が尻込むほどだった。けして彼らが弱いわけではない。今まで修羅場をくぐり抜けてきた歴戦の兵士だ。その兵を前にして、銃を目にして、トモヒロは恐れることなく猪突猛進していく。しかも前時代的な白兵戦を挑んだ。

 相対するパンプキン商会の兵士の誰しもが「イかれてる」、「狂っている」と思っていた。あの男は狂気だと──、存在自体が凶器だと思った。きちんと狙いを定めているはずなのに、トモヒロにだけは弾が当たらない。直撃だと思われた弾丸を切り落とす人間がこの世にいるはずもない。

 そして次々に兵士の首が飛んでいく。

 サイボーグ殺しと言われた男はまるでサイボーグのように死なない。

 恐れないわけがなかった。まるで悪夢──いや、死神を見ているようだった。

 どんな戦場でも見たことのない兵士。いや、兵士とか人間を超えた何かだった。

 ──化け物。

 ──怪物。

 パンプキン商会の兵士達は、自分たちがおとぎ話の世界にでも連れられたのかと疑った。きっと悪い夢だ──。早く夢から醒めてくれ──、と願った。

 だが夢から覚めることはなかった。胴体から離れた首は悠久の悪夢を見続けた。

 戦線はパンプキン商会が押し返されていた。たった一人の男を前にしてパンプキン商会の指揮系統は混乱していた。たくさんの命が流星群となって地に流れ落ちた。アスファルトの筋を流れ行き、血は川のように溢れかえった。

 満身創痍ながらもトモヒロは遂にイアン・クラシチェンコの元へとたどり着く。

 荒い息を整えつつ、トモヒロは刀の先をイアンに向けた。

「ようやくかぼちゃ料理の時間だな」

 ところが、一本の電話を受けたクラシチェンコは部下を退かせた。

「……ここで撤退なんて、なに考えてやがる?」

「いやはや、潮時ということですよ。これ以上戦っても我が商会の損耗を拡大するだけ。それに我々のボスは敗北宣言を出したようです。もう戦いに何ら意味もない。あなたとの勝負を預けるのは少し惜しい気もしますが、手負いと戦うのはフェアじゃありませんしね」

「散々、喧嘩ふっかけてきた奴の言う言葉じゃあねーな」

「もうすぐ、雷が落ちます。悲しみの雨がこの街に降るでしょう。色も質量もない雨が」

 イアンは手信号や指笛で撤退指示を続けた。彼の号令が伝達されると喧騒はピタリと止んだ。その統制力もまさに良く訓練された軍隊のようだ。

 春の嵐が過ぎ去りつつあった。

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