春雷(5)

 空はどんよりと曇っていて、今にも雨が降り出しそうだった。

 昼間というのに、夜のように暗かった。トモヒロさんの獰猛な目つきがぼくを射抜くようにして見つめていた。サングラスを挟んでも遮断しきれない冷酷な目つき。血走った目がギロリとを睨みつけた。トモヒロさんは熱しやすい火薬のような人だが頭の中は常に冷静だ。ここでぼくの本性を確かめるのにはきっと意味がある。

 だからぼくは仮面を剥ぎ取った。

「殺し屋ごっこは楽しめたか?」

 冷静にトーンを落とした声。穏やかな口調だが彼の目は座っていた。

 気圧されたぼくは答えられなかった。

「たまに、ヒーローごっこもしてたよなあ」

「……黙ってたなんて人が悪いですよ」

「別に俺は仮面が誰だろうがどうだってよかった。腕だけは確かだったからな」

「ぼくが兵士だと知っていたから、ぼくを拾ったんですか?」

「あのなあ、セナ。俺はヤクザもんだし、口も悪りーがこう見えて、涙もろい方だ。飢えたガキが目の前に転がってたら、助けたくなるのが俺のポリシーって奴よ」

 ぼくは目を伏せながら頭を下げる。

「……改めてですが、ありがとうございました」

「感謝されるようなことはしてねーよ」

 ポツリポツリと雨が降り始めていた。

 地面に染みが広がっていく。

「そろそろガキの遊びにも決着つけようや」

「……どういう意味ですか?」

 トモヒロさんはゆっくりと煙を吸い上げ吐いた。

 紫煙は空気に、世界にふわりと溶けていく。

「俺を恨んでんだろう?」

 ぼくはまた答えられなかった。素直に答えるとするのなら、恨んでいるに違いない。

 だがそれと同時に、救われたとも思っている。

「入院中な、なぜピンポイントで俺が狙われるのか考えた。んで、あることに気づくわけよ。面野郎が言ってたセリフとか全部整理するとな、結局これは復讐なんだろうってな」

「……でしょうね」

 ぼくにも偽仮面男の正体は朧げながら検討がついていた。なにせ、【MAGIシステム】をアヤネから手に入れられた人物をたった一人だけぼくは知っていたからだ。

 動機の面からすると、むしろ彼以外にありえないとすら思えた。

「俺は自分がやったことを間違ったとは思ってねえ。だが後悔しているのも事実だ。今更、言い訳をさせてもらうと、情報は上がってなかった」

 意外と人間臭いところは嫌いじゃない。ぼくはトモヒロさんのような人種は嫌いだったが、この人のこういうところは嫌いにはなれなかった。

「分かってますよ。だからあなたは

「俺は本気でお前ら全員救い出してやるつもりだった」

 トモヒロさんは煙草を靴底で消すと、深々と頭を下げた。

「本っ当にすまねえ」

 彼が謝っているのは、きっと自身が今回の事件を引き起こしたトリガーだとでも思っているからだろう。

 きっとそれは事実であり真実でもある。

「……頭を上げてください」

「いや、俺の気が収まらねえ。赦してもらおうなんて思っちゃいねえ。ちっぽけな言葉なんかで赦されるとも思ってねえ。いわば俺のケジメだ。俺は俺のために謝ってる」

 そう言ってトモヒロさんは膝を付くと額を地面に擦りつけた。

 組員が今のトモヒロさんを見れば驚愕したことだろう。むろん、ぼくも彼がそこまでするとは思いもよらなかったが、謝られるのにはさほど驚きはなかった。

 トモヒロさんがぼく達に良くしてくれたのは、懺悔のつもりだったのだろう。

「恨むんなら、全部俺を恨んでくれ。責任は全部俺にある。殺してえなら殺してくれ。お前にトドメ刺されんなら、なんも悔いはねえ」

 ぼくとトモヒロさんが最初に出会ったのは、とある国の紛争地域でのことだった。

 ぼく達孤児院の子供達は非政府軍として派兵され、外人部隊に居たトモヒロさんは政府軍の友軍としてその紛争に参加していた。

 当初、戦況は政府軍の優勢だったが、第00部隊ゴーストが投入されて以降、戦況はひっくり返った。当時としては珍しい機械化兵士の生存率と進行力は生身の人間では到底適うはずもなかった。まして少年兵を撃つのは大人に取って心理的ダメージは絶大なものだった。そんな中、ぼくはトモヒロさんが率いていた部隊と遭遇した。

 あの時トモヒロさんが浮かべた絶望と愕然の混じり合った顔を忘れることはない。

 トモヒロさんは引き金を引けなかった。ぼく達の哀れさに同情してしまったのだ。兵士としては失格だけれども、人間としてはきっと正しいことなのかもしれないが。

 しかも彼は部下に撃つなと命令を下していた。とんだ大馬鹿野郎だ。

 だけどぼく達は自分が生きるために引き金を引けた。そしてトモヒロさん達は情けなくも投降した。それが理由で彼は部隊を去ることになったが、数週間の内に仲間を集めた。

 もしもバンブル孤児院襲撃事件の真実をトモヒロさん目線で語るとするのなら、きっとぼく達を救い出すためだったのだろう。

 だが結果は残酷な悲劇で幕を閉じることとなる。総勢四〇五名の死者を出し、バンブル孤児院は秘密の研究所のまま跡形もなく消し飛ぶこととなった。

「自分の命が惜しいなんて思っていない。命乞いしてんじゃねえ。これは遺言のつもりだ」

 トモヒロさんは嘘を言える器用な人じゃない。

「言っておきますが、トモヒロさん。別にぼくはトモヒロさんのことを恨んではいませんよ。いや、確かに前はそうだったかもしれませんが、今は感謝しています。ぼくはね」

 トモヒロさんは何も言わず、顔を上げず、ただただ地面に這いつくばっていた。

「でもですよ。これはトモヒロさんの所為じゃないんですが、最近思うんです」

 ぼくは空を見上げた。

 世界は涙を流していた。

 その雫は複合肌ポリマー・スキンの体表温度を一℃だけ下げた。

「命ってなんなんでしょうね」

 あの時死んでいた方がマシだったかもしれないと思うことがある。

「ぼくはこれからどうやって生きていけばいいんでしょう」

 今度はトモヒロさんが答えられずにいた。

「ぼくってなんのために救われたんでしょうね」

 いつもは威勢良く逆立った真っ赤な髪も、雨に濡れて萎れていた。

「望むのならここで腹切る覚悟もある」

「ぼくはそんなこと望んでいませんよ」

 今、トモヒロさんを殺しても誰のためにもならない。いや、きっと兄さんの怒りは収まるかもしれなかったが、その怒りは空虚な悲しみに変わるだけだろう。

 ぼくが誰かを殺すのは、誰かのためになる時だけ。自分が生きるためや、誰かが救われる時だけ。それは傲慢で選民主義なのだろうけど。ひどく自分勝手なことだろうけど。

 きっとそれが人間だから。

 ぼくは機械になりたくないから命を選ぶ。命を選択するその時だけ、ぼくは自分を感じていられる。だからぼくが人を殺すのは自分のため。したがってぼくはぼくのために、きっと戦わなくちゃならない。命を選ばなくちゃならない。

 それはとても辛い選択だけれど。

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