第6章

春雷(1)

 ぼくは医院を後にしてバイクを走らせた。法定速度内を厳守し待ち合わせの駅に向かう。駐車場に止め、改札へ向かうとすでに三人は到着していた。この日は〝だぶるでーと〟の日だった。

「よ、セナ。遅かったな」

 癖で時計を確認したが、いつか故障して止まったままだった。

 ロータリーの中央に備わる花時計に振り返る。約束の時間を少々過ぎていた。

「ごめん。ちょっと用事があって──」

「それくらい気にすんな。さっさと行こうぜ」

 今回のだぶるでーととやらは、アヤネとベルの仲を取り持つ会らしいのだが、マルルガは非常におしゃれな格好をしていた。グリーンの燕尾服に蝶ネクタイ。それからストローハットと、まるでコメディアンだ。対して、アヤネは白いブラウスにジーンズ。ベルもシンプルなブラウンのワンピースとラフな格好である。

 モノレールに乗り込んで、何気なく席に着こうとしたぼくの腕をアヤネが引っ張った。

 アヤネはぼくをベル達とは向かいの席に押しやった。それからアヤネは耳を寄せ、声を潜めて言った。

「というか、今回はベルとマルルガくんの仲を取り持つ会でしょう? 君がベルの隣に座ってどうするのよ」

 ぼくは疑問を浮かべた。どうにも話が食い違っている気がする。

「アヤネは今日、誰に誘われたの?」

 アヤネは不思議そうに目を丸くした。

「マルルガくんだけど?」

 確かマルルガはアヤネとベルを仲直りさせるために今回の舞台を用意したはずだ。

 ところがアヤネには別の意図が伝わっている。

 頭がこんがらがってきた。どちらが正解なのか。

「ちなみにだけれど、ベルも君や私が友達を作るために、と今回のことを提案したの」

 ムムム。余計に分からなくなってきた。

「つまり、こういうことね。マルルガくんもベルもそれぞれの思惑があるということ」

 ふとベルとマルルガの様子を覗き込むと、楽しそうに談笑していた。よくは分からなかったが、皆が楽しそうならそれでいいとぼくは思う。

 目的のショッピングモールに到着する。コンコースを渡る中、アヤネは真面目な顔つきで切り出した。

「こういう雰囲気でする話でもないんだけど、ここ数日で他殺体や強盗が爆発的に増えているの」

「面の男だろう?」

「そう。鬼の面。やりたい放題やってるわ」

 あれは精鋭の軍隊が束になっても勝てる相手じゃない。

「情けないことに、警察は通報を受けても現場に駆けつけないのよ。それで市長は多額の報奨金を鬼の面に掛けた。暴力団やチンピラがいきり立って、挑んでいくけど、死体が増えるだけ」

 すると目を輝かせてベルが振り返る。

「面の集団の話?」

 ぼくとアヤネは目を合わせて驚きあう。

 なにせ、一般には面がだということは知られていないはずである。

 ベルはバッグから素早く手帳を取り出すと、

「実は私、ジャーナリスト志望なの。今、『街を賑わせる仮面の男たち』ってタイトルで調査をしているの。ねね、二人は何か知ってる?」

 ぼくは作り笑顔で誤魔化すことしかできなかった。

「じゃあ、適当に店でも入って情報交換でもしましょうか」

 アヤネがそう提案し、ぼく達はファストフード店に入る。それぞれ軽食とドリンクを頼み、早速面の集団について議論が始まった。驚くことに、ベルが披露する情報は実に正確極まりないものだった。

「現在確認されている面は全部で四人」とベルは指を折り始める。「元祖仮面の男でしょ。続いて偽仮面男。カボチャ男に鬼男。私の推理によると、この内、元祖仮面男以外は繋がっているとみてほぼ間違いないわ」

 どうして、とぼくは訊いた。するとベルは携帯端末から写真を見せる。画像は荒いものの、四人の面たちをそれぞれを納めていた。

「これ、どこで撮ったの?」

「色々な場所で」

 ベルは写真を次々にスライドしていく。

「偽仮面やカボチャに鬼男は、一度だけ三人揃っていたのよ」

 該当する人物が三人揃った写真は工期途中のビルから飛び降りるところだった。

 それから、と言ってベルは鬼男とぼくが写っている写真を見せた。ぼくが鬼男に奇襲を受けた場面だ。つまりあの人だかりの中にベルが居たことになる。

「でね、私なりに面集団の接点を調べてみたの」

 次に出されたのは、さらに画素の荒い写真だった。面の内の誰かだと思われる人物のある部分を拡大したもの。そこにはぼんやりとだが社名のロゴマークが写っていた。

「これは私だけが見つけた接点よ。四人とも【Mechanical Mapping】社の筋電部位を使用しているわ」

 そこでぼくはふと気づく。兄さんはベルの端末をハッキングしたな、と。

 今度は手帳をパラパラとめくってベルはこんな事実も披露した。

「噂によると〝サイボーグ殺し〟が入院中で、各暴力団組織はパワーバランス崩壊も狙っているらしいの」

 思わず拍手を与えたいほど正確な情報だった。

「ここから導き出される答えは、近いうちに大きなことが起こるかもしれないってこと」

 ベルは本当にジャーナリストに向いているかもしれなかった。

「でもよ、ベル」とマルルガ。「だとしてだ。こいつらは一体、何が目的なんだ?」

 ベルは眉間を寄せて、思案顔を浮かべた。

「そこが私にも分からない。鬼男はただ快楽殺人を楽しんでいるように見えるけど、鬼男が暴れだしてから、カボチャも偽仮面もぱったり姿を見せなくなった。逆に怪しいのよ。何か裏があるって感じ」

 ベルはドリンクに手を伸ばそうとした。

 だが掴み損ねて、ジュースがテーブルにぶちまけられた。

「きゃ──ごめんなさいっ」

 ベルは慌てて、ハンカチーフを取り出そうとするが、なかなか引っ張り出せずにいた。ようやくバッグから取り出したのだが、ハンカチはベルの手を離れてひらひらと宙を舞う。

 ぼくとアヤネは協力して、紙ナプキンでテーブルを拭き始める。

 ベルは青白い顔をして、両手の指を抑えていた。

「ごめん、ちょっとお手洗いに──」

 そう言って、ベルは立ち上がって店の奥に消えていく。

「──悪りぃ。俺もちょっとトイレ」

 とマルルガもお腹を押さえて脂汗を流していた。

 何か悪いものでも食べたのだろうかと、ぼくはジュースやポテトを覗き込んだ。

 その時、背後から何かが割れる音が聞こえた。振り向くと店員がショーウインドウに手を突っ込んで割っていた。

 突飛な出来事にぼくは思考が停止していた。ある客は備え付けのテーブルをひっくり返し、またある客は店内で飛び跳ねていた。何か良くないことが起こっていることだけは分かった。ぼくは鬼男がまた現れたのかと感覚器官を増幅させ、店の外に目を伸ばすが敵の姿は特に見当たらなかった。しかし奇妙なことに店の外でも大勢の人々が物を壊したり、不随意に痙攣する自らの手足に翻弄されていた。その表情は皆困惑と震慄。

 まるで狂ったように踊っていた。

 ぼくの心も激しい動悸を感じる。

 そんな中、アヤネは青白い顔をしていた。

「……アヤネも調子が悪い?」

「私は完全有機人間パーフェクト・オーガニックよ。今、調子の悪そうな人たちは全員、部品モジュール持つ人たちじゃない」

 アヤネの言う通りだった。ベルの十指、マルルガは人工臓器だ。店員がショウケースを割ったのも、換装した手首だったし、飛び跳ねていた人もくるぶしから下が機械だった。

「始まったようね。一つ、私は君に謝らないといけないことがある」

 アヤネは両手を握りしめながら震えていた。

 ぼくから目を合わせられず、伏せていた。

「何……?」

「仮面の男が私を拉致した時、とあるプログラムを書かせた」

 アヤネの口調は、ゆっくりとはっきりとしたものだった。

「プログラム……?」

「ええそう。と言ってもさほど難しいものではなかったわ。モジュールの制御コードに一文、ID定義を加えるだけだったから。つまりリンク者と被リンク者を紐付けたってことなのよ。私だってそれが何に使われるか、今この時まで予想できなかったけれど、こういうことだった」

 アヤネは唇を真一文字に結び、奥歯を噛み締めた。

 悔しそうに。口惜しそうに。

 ぼくは目を丸くし、首を傾げて疑問を訴えた。

「砕いていうと、マルウェアを含めたモジュール制御ソフトが配布されたということ。要するに、機械の身体は本人の意図しない動きをしている。しかもそれは第三者によって遠隔操作されているとも言い換えられるわ」

 話の半分も理解できなかったが、自分が戦慄していたことだけは確かに感じられた。

 不意にぼくは自分の肩に手を触れる。

「アヤネ、離れた方が──」

 しかしアヤネは冷然として、

「君が何も異常を起こしていないのは、私があらかじめカウンタープログラムを仕込んでいたから」

 そういえば、アヤネはぼくの腕を交換する現場に無理言って協力した。

「でもまあ、配布方法もさほど難しいものではないでしょうね。だって、【マギシステム】はすでにありとあらゆる個人端末やモジュールに知らないうちにインストールされているのだから」

 ようやくぼくにも噛み砕けてきた。

 点と点が本当の繋がりを見せ、線が今まさに図形を形成し始めていた。

 偽仮面の男たちがこれまでに仕込んできた伏線の全容が理解でき始めていた。

「だから君を拉致する必要があった……」

「そういうことね。最悪の推測が当たっているとするのなら、今から街は大混乱に陥るわ」

 アヤネは淡々と述べた。

 まるで他人事のように。

「どうして黙ってた……?」

「だって死ぬと思ってたから。まさか自分が助かるとは思ってみなかったし、死んだ後の世界のことなんて考えても仕方ないでしょう? 君に助けられたことで、私はとんでもない罪を背負わされたの。本当の咎人は自らの罪を告白しないのよ」

 どこからか銃声の遠鳴りが聞こえていた。

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