春雷(3)

 ぼくが人混みの中へと飛び込んだのはほぼ無意識のことだった。

 解決法や完璧な対処法があったわけじゃない。それでもなんとかしなければならないと身体が勝手に動いていた。多分それは、ぼくの意思じゃなかった。本能でもない。機械を制御する部分がぼくの心を動かしていた。心臓は今までにないくらい暴れまわっている。

 人々もまた無自覚に狂騒している。

 何がどうなっているのかなんて、ぼくにはほとんど理解できていない。それでも、何かをどうにかしなきゃならない。

 アヤネに飛びかかる老人の足を震動刀ハーモニック・ブレードで優しく削ぎ落とす。

 ぼくを絞め殺そうとするベルの十指を優しく切り落とす。

 その時アヤネが鋭く声をあげた。

注射器シリンジ!」

 ぼくは腰のポーチごとアヤネに投げつける。アヤネは注射器をいくつか手に持つと、人々の胸や首に撃ち込んでいた。

 青ざめていたベルの腕を取り、

「マルルガを頼んだ」

 とぼくは告げ、店の外へ飛び出した。

 ショッピングモールは暴徒で溢れかえっていた。

 どこもかしこも無自覚な暴力で溢れ返っていた。

 叫び、狂い、感情という感情が激しくぶつかり合っている。そんな中、増幅した機械的感覚受容器メカ・レセプターが赤子の泣き声を察知する。声のする方へと急行したぼくは殴りかかる母親の両腕を滑らかに剥離して、赤子をその手に抱かせた。

 そののち、吹き抜けた二階から大勢の人々が降りかかってくる。ぼくはあやとりをするかのようにピアノ線を周囲に張り巡らせ、頭上で人々を収穫した。しかし四方八方から大挙として人混みが押し寄せる。無作為に殴り合っていたはずの人々は、ぼくだけに狙いを定めていた。四面楚歌。流石のぼくでも数百名に囲まれればなす術はなかった。せめて一人でも多く、沈黙させようと一人の男に詰め寄った時、ピタリと時が止まった。

 本当に時が止まってしまったかのように、人々は雁首揃えて静止していた。

 まるで映画の中の役者たちが、ストップボタンを押されて、停止していた。

 それまでの喧騒が嘘のように鳴り止んで、ただただ静寂。

「つまり──」

 不意に背後から声が聞こえた。振り返るが動態は捉えられなかった。

「黒羽アヤネが開発した──」

 さらに背後から声が聞こえた。またぼくは振り返るが姿は見当たらない。

「マギシステムとは──」

 ぼくは弄ばれるようにくるくると首を回していた。

associationism社会思想 , innocent罪なき , garbageゴミ , Management管理 . アナグラムで入れ替えれば、【MAGIシステム】」

 人々の中から白い仮面が揺らめく。

 偽仮面の男を見つけたぼくは、すかさずその喉元に刃を向けようと飛び込んだ。しかしその直後、止まっていた時がどっと流れ出し、ぼくは人々に身体中を掴まれた。

 だが時は再びピタリと止められた。

 人々の隙間から偽の仮面男が周囲を歩き始めるのが見えた。

「アイビー市における【上位一%の富豪家たちワン・ミリオネアーズ】は未来における、革命を危惧した。自分たちが蓄えてきた資産を誰かに掠め取られることを恐れた。そこで彼らは完全な管理社会を実現しようとした」

 仮面の男はさらりと語っていた。

機械化生体部品サイバネティックス・モジュールにより、巨万の富を得た富豪家達は、黒羽アヤネの天才性を乱用した。その結果が今まさに君が目にしている事象である」

 仮面の男は音もなくぼくの背後に忍び寄った。

 そして耳元でこうささやく。

「計画は順調に進んでいたはずだった。あらゆるコンピュータや個人端末、そして生体部品にシステムはインストールされていた。しかし黒羽アヤネは、こうなる未来を望まなかった。ゆえに母を殺し、父を投獄せねばならなかった。なにせ、彼女の両親こそがMAGIシステムを推進した黒幕だったからだ」

 だからアヤネはぼくに母親の暗殺依頼をした。

「当然、ミリオネアーズは黒羽アヤネへのMAGIシステム開発続行を強要した。幼気いたいけな少女に自らを守る術はない。そこで我々は彼女にこう提案した。『我々がシステムを手に取る代わりに、黒羽アヤネの命を保証しよう』と。そして我々は今日まで彼女の命を守ってきた」

 振り返った時、仮面の男はワイヤーを使ってふわりと上昇する。

 その際、マントの下から狭間見えた身体が全身躯体フルボーグだったことに、ぼくは疑問する。

「矛盾してる。アヤネを殺そうとしていただろう?」

「違う。彼女自身が自らの罪の重さに耐えきれず、自死を望んだことを私が手伝ってあげただけに他ならない。しかし悲運と言うべきか運が良かったと言うべきか、彼女は君に救い出されてしまった。大勢の命と引き換えにね。言い換えれば君は悪魔の子を助けてしまったのさ。チープな偽善心でね」

 この時、ぼくの中では到底考えもつかないだろう、小さな疑問が密かに芽生えていた。

 その小さな火種はゆっくりと、しかし徐々に大きく燃え始めていた。

 心が否定しても論理的な脳は強くね除けた。

「じゃあ、あんたらの目的はなんだ? システムを手に入れて、人々を操ってどうする気なんだ?」

「人は言うだろう? 努力こそが勝利だと。勝利を得るには努力が必要だと。しかし、生まれながらにして、すでに平等ではない。金持ちの家は高度な教育を受けることができ、また金があるからこそリスクを冒せる。しかし金なき子どもたちはスタートラインから違っている。私はね、そのスタートラインを是正して、世の中をデフォルトしようと考える」

「意味がわからない」

「君は私の台本の手の内ということだ。君が取るべき行動はただ一つしかない。なぜなら私は今宵、MAGIシステムを使ってアイビー市の全員を葬ると宣言する」

「なぜ自分でしない?」

「私はね、試したいのだよ。正義が勝つのか悪が勝つのか。そして、私の命と引き換えに、君はこの残酷な選択肢を選べるのだろうかと疑問する。君が本当に大切に思うものは一体なんだろう? 金か? 命か? それとも友人か? あるいは黒羽アヤネなのか、はたまた薊トウヤなのか」

「何言って……?」

 その時ぼくは生の身体が冷たくなっていくことを感じていた。

 先ほど抱いた疑問と仮説が徐々に肥大していた。

「私を止める方法は黒羽アヤネが知っている。君は彼女からシステムを止める方法を聞いたのち、選択するしかない。黒羽アヤネの命を救って大勢を葬った時のように、今度もまた一つの命と大勢の命を天秤に掛けなければならない。だが、今回は黒羽アヤネの時とは桁が違う。果たして君は命の重さを図ることができるのだろうか」

 仮面の男は、その仮面の下から覗かせる義眼をまっすぐとぼくに向ける。

「君に正義はあるか、悪が勝つのか。今宵、スカイタワーで待っている」

 と言い残して仮面の男は姿を消す。

 動き出す人々はまるで夢でも見ていたかのように首を回していた。

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