春雷(2)

 開幕のベルを最初に聞いたのはサイボーグ殺しと呼ばれた男だった。セナたちが狂いの舞を目撃するほんの数時間前、トモヒロの病室に若頭補佐、城之内じょうのうちミツルが血相を変えて飛び込んできた。

「若っ!!」

 城之内は自慢のオールバックを乱して、唾を飛ばす。

 遅れて、顧問役の王子がでかっ腹を揺らしながら部屋に滑り込んだ。

「んだ、お前ら。騒々しい──」

「親父が──、ウチの事務所に武装集団が──」

 途端にトモヒロの目の色が変わった。すぐさまトモヒロはパジャマを脱ぎ捨て、バイオレットのシャツにタイトなパンツを履いた。そして王子がトモヒロに刀と盾を渡す。

 その隣でずっとトモヒロの護衛を務めていたリリィもまた据えた目つきで、

「戦争ですか?」

 と問いかけた。城之内と王子は厳かに頷いた。

 四人は早歩きで病室をあとにする。途中、ナースステーションからトモヒロの姿を見かけた看護師や医師らが、「どこに行くんですか!?」「まだ安静に──」と彼を止めようとしたが、トモヒロは血走った眼光だけで一蹴した。

「敵は?」

 階段を下りながらトモヒロは問うた。

「〝ブラックハンド〟の残党です。ライフルに手榴弾と最新鋭の武装で固めていました」

 城之内が早口で答えた。

「クソカボチャ野郎が噛んでやがるな」

「おそらく。下に車を回してます。今から十五分で事務所に着きます」

「警備はどうなってる?」

「事務所には自分を含めて八人いました。舎弟頭の吉岡がやられました」

 トモヒロは一度立ち止まり、城之内の胸ぐらを掴むと、本気の殺意を向けた。

「なんですぐに連絡してこなかった?」

「敵は親父を人質に取って、若を出すように要求しています。自分は若を安全な場所に連れ出すためにここに着ました」

「てめえ、俺が素直にはいそうですかって聞くと思うか?」

 城之内は顎を引いて、小さく首を振った。

 トモヒロは彼を突き放して、

「勝手な気ぃ回すんじゃねえ。自分の死に方くらい自分で選ぶ。それが俺らの流儀だろうが」

「申し訳ありません」

 城之内は丁寧に腰を折った。

 再び彼らは駆け足で階段を下りていく。一階ロビーにたどり着いたトモヒロたちは思わず、目を剥いた。外来に来ていた患者や医療従事者が真っ赤に目を滾らせて、殴り合い、掴み合いと暴れまわっていた。

「んだ、これ?」

 トモヒロの真横から摑みかかる鋼鉄の腕。しかしトモヒロは腕を掴みとると、あっという間に投げ伏せた。

 我を失った様子でトモヒロたちに押し寄せる人の群れ。

 トモヒロは歯ぎしりをしながら人混みを押しのける。

「てめえら、絶対殺すなよ!!」

 トモヒロは喝を入れ、人々が死なない程度に加減をしながら、烏合の衆を排除していく。ようやく玄関口が目と鼻の先に見えて来た時、見慣れた面が優雅な歩調で近づいてきた。

 トモヒロはカボチャの面を見てすぐに全身の血がざわめきたった。

「テメェは──」

「そうですっ! 私こそがパパパピロリキン──舌噛んだぁっ!?」

 本当にふざけた野郎だ、とトモヒロは思った。

 トモヒロは囲っていた人々を突き飛ばし、刀に手を掛けつつ突進する。その直線上に向けられる散弾銃。トモヒロは即座に盾を構えて、散り広がった弾丸を弾き返した。距離を詰めて、刀を抜く。薙ぎ払った横一線をカボチャ男は仰け反って回避した。ブリッジからバク転を繰り返し、カボチャ男は有利な間合いから次々に弾丸を解き放つ。

 銃声が青空へと飲まれゆく中、

「聞こえますか!? この喧騒が! 見えますか!? この暴力が!」

 カボチャ男は声高々に発した。

 どこからともなく聞こえてくる怒り、叫び。

 鯨波となってアイビーの空に渦巻いていた。

「テメエと遊んでる暇はねえんだ、クソカボチャ」

 トモヒロは駐車場へと走りこもうとしたが、彼を無視してカボチャ男は病院玄関口へと足を向ける。一瞬、トモヒロの歩が止まった。そして次の刻には、病院内へ向けて散弾が火を吹いた。散弾銃の咆哮はガラスを貫き、人の柔らかい部分を食い荒らした。

 噴水のように血飛沫が舞い上がる。しかし悲鳴ではなく、喜びの哮り。

 異常だった。狂気だった。

 カボチャ男も、その銃で撃たれた人も何もかもが喜劇のようだった。

「……テメエは何してやがる?」

「今宵はパーティですからね。焼肉パーティですよ。参加者にはご馳走を振舞うことこそが主催者の務め。なんと出血大サービス、焼肉食べ放題コースですよ!!」

「おい、大腸菌。こっち向けや」

 トモヒロは城之内やリリィたちに顎をしゃくって「テメエらは親父の方へ行け」と告げた。城之内らが頷き見せて、駆け抜けていく。

 カボチャ男が振り返る。

「ようやくその気になりましたか」

 カボチャ男の背後からはナースが飛びかかるが、それをひょいとかわし、背中に散弾を撃ち込んだ。

「便所掃除は趣味じゃねーんだが、ケツに詰まったクソ野郎をぶち殺さなきゃならねーらしい」

「さて、では前座を始めましょうか」

 トモヒロは飛び込んだ。

 銃を前にして、おののくことない猛獣。

 手負いの獅子は銃弾を一刀両断する。

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