刺客(7)

 ぼくは路地裏に駆け込み、息を吸った。

 まだ心臓が暴れていた。死ぬと思った。命を賭けたやり取りだった。そこから生き残った多幸感は、昔、経験した戦場の中で感じたものと酷似していた。全身に分泌されたアドレナリンで痛みはなかったが、切り傷は燃えるように熱かった。とにかく新鮮な酸素が欲しくて、大口を開けて酸素を貪った。壁にもたれかかるぼくは緊張が抜けて腰も抜ける。身体が敗北を味わっていた。襲いかかる疲労と倦怠感に瞼が重くなっていく。

 意識も断続していく中、ぼくは過去を少し思い出す。

 今でもあの光景は鮮明に蘇る。


      ***


 ──阿鼻叫喚。燃え盛る炎の渦。そして銃声。

 その日、バンブル孤児院に訪れたのは救世主でも、ましてヒーロでもなかった。

 軍属崩れのテログループは機械化研究の噂を聞きつけて、施設に襲撃をかけた。

 大人も子供も関係なく撃ち殺されていった。彼らの目的は研究データと子供達だった。

 ぼく達は訓練以外で銃を持つことは禁止されていたし、機械部品を有してからは、特定の人物には銃や拳を向けられないよう、プログラムをインストールされていた。

 だからぼく達はただ身を寄せ合って、部屋の中で身を隠していた。

 安全だと思っていた。密かに逃げるチャンスだと誰もが思ったことだろう。ところが、データを入手したテログループは施設を爆破した。爆音が轟き、施設は揺れ、壁や天井が崩れていった。化学物質や燃料に引火し、施設は炎上した。消火システムですら切断されていて、瞬く間に火の手は広がった。

 子供達に実験を敷いた大人たちも火だるまになった。

 絶叫し焦げていった。気付けば子供達の多くが瓦礫の下敷きになっていた。ぼくの左足も潰れていた。兄さんは目立った外傷はなかったけれど、打ち所が悪く、首から下が機能不全に陥っていた。

 ぼくは全員を救い出したかった。だけどぼくの腕は二本しかなったし、兄さんを担げば両手はふさがった。子供たちは部屋を出ていくぼくに向けて手を伸ばしていた。

 助けてと言っていた。見捨てないでと。友達だよねと。

 ぼくの義手を掴む少年が居た。

 地獄へと引きずり込もうとする重みだった。

 ぼくは掴まれる義手を外した。

 助けを求めていた子の目の前を逸らした。

 ぼくは心の中で、兄さんを救うだけで精一杯だと言い訳をした。

 潰れた左足では立つことままならず、ぼくは背中に兄さんを抱えて這った。

 地獄から這い上がるために──。


      ***


 ぼくは目を開けた。

 べっとりとシャツに染み込んだ汗臭さと冷たさに気持ち悪さを覚える。

 汗を流そうと思ったところでぼくは「あれ」と疑問する。

 ぼくはベッドの上にいた。白い壁に白い天井。清潔で質素な空間。遅れて、病室にいることを不思議がった。鬼男から逃げたぼくは路地裏でしばしの休息を取っていたはずだ。だがいつの間にか病院にいた。

「……またか」

 ぼくは呟いた。

 たまに夢遊病が出る。いや、ぼくの意思とは反して、機械的生体部品モジュール制御プログラムが勝手に動作する。多くがぼくの眠っている時や気を失っている時。特に疲労などが強い時、ぼくの身体を勝手に動かす。ただ放浪するだけならいいが、寝ている時にぼくの身体が何をしたのかぼくは覚えていない。深く眠れば無意識に支配され、浅く眠れば悪夢にうなされる。だからぼくはあまり眠りたくなかった。眠ったとしても、ノンレム睡眠に切り替わる一時間以内には一度覚醒する。

 この症状の間隔はだんだんと短くなっていた。

 ルシエラ先生曰く、これこそが【〇五〇号チルドレン】の後遺症らしい。適切な医療機関で筋電部位を換装した人たちには起こっていない症状。深層心理でぼく達は機械の身体を拒んでいるがゆえに、制御プログラムと意思が噛み合わず、夢遊病のような症状が出るらしい。先生は、機械の身体を受け入れることが改善に繋がると言った。そうでなければ、徐々にぼくの意識は侵食され、薊セナの意識の方がサブシステムになると。でも逆にそれでも良いかとの思いもあった。ぼくがぼくを感じなくなれば、難しいことを考えなくても良いのだし、苦しんで生きずに済む。だが、まだぼくがぼくでいるのは、本能が必死の抵抗をしていたからだ。ぼくはそんなこと望んでないと思ってても、心の底がぼくでいることを望んでいる。ぼくの中には三人のぼくがいた。

 ぼくを考えるぼくと、純粋なまでのぼくと、それ以外のぼく。

 この三人のぼくは決して混じり合うことはない。三人が意見を揃えることもない。

 時々、どれが本当のぼくか分からなくなる。

 最近になって、より曖昧になってきた。

 ぼくは誰なのだろうか。何者だろうか。

 ぼく自身に問いかけても答えは返ってこない。

 混濁する思考の中、不意に浮かんでくるのはアヤネの顔だった。

 澄ました顔に退屈そうな表情。時折見せる泣き顔や笑顔。そんな彼女を思い浮かべていると、ぼくは安寧を感じられた。

 ようやく心が落ち着いてきて、ぼくは身を起こした。

 すると無線機の中から兄さんの声が聞こえた。

『マジで焦ったぜ。大丈夫なのかよ?』

「まあ……。けど、TP-02壊れちゃったね」

『TP-01でTP-03を作るから大丈夫だ。ところで、鬼男のことだが──』

 ぼくは静かに首を振った。

「思い出せない」

『そうじゃなくてな。ニュース見てこい』

 言われてぼくは身を起こし、部屋を出る。部屋を出たところで、ぼくはここが少し見慣れた病院だということに気づいた。狭い廊下にわずかにしかない病床。ここはいつもお世話になっているルシエラ医院だった。薄暗い廊下とほぼ真っ暗な階段を降り、ロビーに着く。受付だけは明るんでいて、ユリアさんが書類仕事に没頭していた。彼女は気配に気づき、ハッと顔を上げる。ぼくに気づくと微笑を投げた。ぼくは目礼をして、大型ヴィジョンのテレビに手をかけた。

 夜中だというのにどのチャンネルに合わせても、レポーターがキーキー声をあげていた。うるさかったので、音量をミュートしても何が起こっているかはよくわかった。

 鬼の面を被った男は交差点の中央に立ち、やってくる車を拳で破壊していた。逃げ出す人々を投げ、殴り、蹴った。標識を引っこ抜き、歩道橋を両断して、道路をひっくり返したりと無茶苦茶だった。音声はなかったものの、悲鳴が聞こえてくるようだった。

 ぼくはその光景から目を逸らす。ふと、受付にあるデジタル時計のカレンダーに眉根を寄せる。鬼男と戦った日から三日が経っていた。その間ぼくはぐっすりだったのか。それとも身体は勝手に何かをしていたのだろうか。兄さんはたぶん、その間のことを知っているだろうけど、聞くのが恐ろしかった。

 だが兄さんはあけすけにこう言った。

『お前、何度もあいつに戦いを挑んでたぜ。ヒットアンドアウェイっていうのかな。こそこそと隠れて背後からズドン。それでも決定打はなかったけどな』

 そう、と短く返事する。それを聞いて安心したような、余計に焦りを感じさせられたような。深層心理は、戦いを挑んでいるのかもしれない。ぼくは胸や肩などに手を当て、痛みに顔を歪めた。切り傷や刺し傷の他に、おそらく骨にヒビが入っていた。

 少し眠ろうとテレビを消し、ベッドに戻ることにした。

 翌日。朝一でぼくは診察台に乗せられていた。先生や看護師のユリアさんも、共に眠たそうにあくびを漏らしながら、ぼくの腕を取り替え始めた。ルシエラ先生はいつにも増して目元のクマがひどく、栄養ドリンクを飲み干してげっぷする。

 ルシエラ先生は「ふむ」と息をつくと、

「君の半分以上は生身だということを忘れるなよ。それ以上、機械に侵食されたくなければ、もっと自分を大切にすることだ」

 首肯したぼくに先生はそれ以上何も言ってこなかった。

 隣ではユリアさんがあくびをかみ殺し、

「セナくん、最近よく来るね」

 今日も真っ赤な口紅ルージュを輝かせながらユリアさんはニコリとした。

 ぼくは苦笑いと曖昧な返事で誤魔化した。

「でさ、どうなの? 恋煩いの方は治った?」

 そもそも患っていないのだが。

「そういうユリアさんはどうなんですか?」

「ん~ぼちぼち? 夜勤あるし、来る患者さんは強面の人だし、ねえ?」

 ねえ、と言われてもよく分からない。

「でもさ、セナくん。私は恋することってとても素敵なことだと思うの。だってロボットは恋なんてしないでしょう? 恋じゃなくたって、お友達とご飯食べたり、何気ない会話をするのって、人間だけの特別な行為だと思うの」

 どうやらぼくは先生だけでなく、ユリアさんにも心配されているらしい。

 するとルシエラ先生は鼻を鳴らした。

「セナくんは普通の生活や、ありふれた幸せを受け取る権利はないと考えているからね」

 先生はぼくの出自やバックボーンを知っている。その上でぼくのケアを行ってくれている。もちろん研究目的が主ではあったろうが、突然の通院にも対応してくれている。医者とはそういうものなのかもしれないが、責任感だけで仕事に奉仕し続けるのは苦痛だろうとぼくは思う。

「ユリアくん。犯罪の主体性とは心と身体のどちらの方にあると思う?」

 ルシエラ先生は椅子に腰掛けると足を組んだ。

 ユリアさんは顎に指を当てながら首を傾いでいた。

「罪を憎んで人を憎まずってやつですか?」

「例えば、ロボットを遠隔操作して犯罪を犯した場合、罰せられるのは操作者。つまりこの場合、心の方になる。ロボットには一切の責任は問われないし、何らかの不具合が生じて事故を起こした場合には、開発者や企業が罰せられることになる。また犯罪とは被告の責任能力の有無により、是非が問われる。要するに罪は人が犯すものであるということ。そして人間は人間しか裁けないという前提の上に成り立っているのだよ」

「つまり憎むべきは人間?」

「しかしそうとも言えない場合もある。責任能力のない赤子が罪を犯した場合、その親が管理責任を問われることなる。しかしながら、その赤子が悪魔だった場合はどうなるのだろう?」

「ちゃんと教育できなかった両親にも責任があるんじゃないですか?」

「では逆に、人を殺めることこそが生きる術だと教えられてきた子供だとすれば?」

「やっぱり親に責任があるでしょう?」

「つまりそういうことさ」

 ユリアさんは大きく首を傾げていた。

「人間だけでなく動物が生きるには自覚のあるなしに関わらず、何らかの命を奪わなければ生きていけない。拡大解釈すれば我々は息をするだけで、細菌やウイルスを殺している。しかしそこに罪はないし、肉や野菜の命を奪っている。しかしそこにも罪はない」

「先生は人の命を奪うこと自体に罪はないと?」

「そうは言っていない。人間が定義したモラルや価値観に当てはまらない人間は人間社会では生きていけぬということ。マイノリティだった個々が集団を形成し始めた時、社会は脱皮期を迎える。そうやって人間の歴史は破壊と再生を繰り返してきた」

「難しい話はよくわかりません」

 ぼくもまた同様にあまり理解できなかった。

「人はね、想像力を実現する力には優れているが、いつの時代も自分たちが産み出したテクノロジィに振り回されてきた生き物なのさ。彼らはその犠牲者。誰も尻拭いをしようとしないから、私やユリアくんがこんな時間に残業しているわけなのだよ」

 先生はぼくの頭を鷲掴むと、

「君は世界を知らないだけで馬鹿じゃない。これから大人になっていけばいい。大人になる気があるのならな」

 と言って立ち去った。

 案外ドライに見えて、実は優しい人だとぼくは感じた。

「なんか、今日の先生哲学者……」

「いや、いつもですよ」

 ぼくとユリアさんはくすりと笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

Androidでは正しく
設定できないことがあります。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

新規ユーザー登録無料