刺客(5)

 兄さんが掴んだ情報を頼りに、パンプキン商会が登記されている雑居ビルへと向かった。ところが、武装した暴力団が待ち構えており、ぼくは銃と爆弾に歓迎される。湧いて出る男たちは皆、「死ね、仮面の男!!」と息を荒げて銃口を向けた。

 いつの間にかぼくは有名人になっていた。ぼくは銃弾をかわしながら男の背後に忍び寄る。膝裏を小突き、襟を引き、地面に落とした。拳銃を向けようとした腕を蹴飛ばす。

「死に腐れ!! 裏切り者!!」

 どうにもぼくは言われのない悪意を買っていたらしい。今まで散々大立ち回りをして来たから当然かとも思われるが、優しく尋問したところ、このビルにいたのはパンプキン商会ではなく〝ブラックハンド〟というアイビーでも有数のマフィアの下部組織だった。偽仮面の男は、幾つもの暴力団組織に声をかけて、戦争の準備を始めていたらしい。

 アイビー裏社会の革命を目論んだのだとか。それで本物の仮面の男に襲撃を受けて裏切られたと勘違いしたらしい。

 それからぼくは兄さんから挙げられる情報を頼りに、暴力団のシマを転々とした。偽仮面の男はほぼすべての暴力団組織に同様のお願いをしていたそうだ。

 ぼくは、とある組長の首根っこを掴みながら問いかけた。

「アイビーには連合会があるはずです。なのに、どうして余所者のパンプキン商会なんかの言葉を信じたのですか?」

 男は嫌味ったらしく口角を吊り上げた。

「そりゃ、当然よ。どの組もこの街の甘い汁を独り占めしたいと思ってる。もうすぐこの街はデカイ戦争があるぜ。〝サイボーグ殺し〟が寝たきりの今、バランスを崩すチャンスだ」

『そういうことか』

 とTP-02が呟いた。

 ぼくは組長の首に注射器シリンジを打ち込み、眠らせ、ビルを後にする。

 仮面とマントを取り、人混みの中に紛れながら兄さんにどういうことかと問いかけた。

『【国境なき自由ボーダレス・リバティ】は戦争をするためにこの街へ入って来た。それで各暴力団をけしかけて、準備を始めるわけだが、武器などの輸入にパンプキン商会が一枚噛んでいたってわけさ。でだ。戦争を始めようにも、この街には連合会がある。その中にトモさんがいるから、今まで各暴力団はパワーバランスを保てて来た。だが、トモさんが動けないとなると、どこも好機だと目の色を変えたわけだ』

「綿密な計画だね」

『だな。分からないのは、なぜ戦争をしようかって理由だ。それに、お前の体験談も交えて整理すれば、ちょっと込み入った話になってくる』

 ぼくにしても同意見だった。ただ戦争をして、その利益だけが欲しいのなら、わざわざぼくに接触する理由はなかったのだし、黒羽アヤネが拉致されたことが腑に落ちない。

 となるとこの二つには何か相関があるとみて考えた方が良さそうだ。

「仮面男はぼくを引き入れたいみたいなこと言ってたけど」

『俺らの旧知だったとして、生き残りの俺らを仲間に加えたいか』

 ぼくはふと思いついた考えを呟いた。

「あいつらも復讐だったりして」

 しばらく兄さんは黙り込んでしまった。

 どうしたのかと問いかければ、

『案外、それが真意かもしれない』

「なんで──」

 そう言った時、ぼくの身体がいつの間にか投げ飛ばされていた。大勢の人を押しのけて、ぼくはビルの壁に激突する。一瞬のことに脳の理解が追いつかない。いや、脳が振動して刹那、ぼくは気を失っていた。

 気づいた時には、人だかりは輪を作ってぼくと鬼の面から距離をとっていた。

「鬼の……面……?」

『起きろセナ!! 敵だ!! 第00部隊ゴースト──』

 TP-02は鬼の面の拳に容易く潰された。

「兄さ──」

 鬼のお面と全身を黒いマントで覆った大男。身の丈二メートルもありそうな男は、アスファルトを沈ませながら重厚な歩調でぼくに近づいてくる。鬼の面は首を掴み取ると、天高くぼくを放り投げた。鬼の面は地面穿ち、隣のビルを蹴り倒し、ワイヤーを出して逃げようとするぼくの身体に体当たりした。ぼくの身体はみしみしと悲鳴をあげた。

 また一瞬、意識が飛ぶ。

 次に覚醒した時にはオフィスビルの壁の中にいたことを知る。目の前は摩天楼を貫いたであろう穴が連続していた。ぼくのダイナミックな登場に、社員たちは血相を変え、悲鳴をあげながらフロアを退散する。

 現れた鬼の面は逃げ遅れた男を捕まえると、短刀を背中に突き立てた。

 痛苦の咆哮がフロア中に反響した。鬼の面はさらにナイフをもう一度突き立てた。

 もう一度、今一度。何度も、何度も。その度に男は雄叫びをあげたが、遂には声をあげられなくなり、がくりと項垂れる。

「……何してる?」

 ぼくは静かに問いかけた。耳の中の無線機で兄さんが『大丈夫か?』と問いかけていた。ぼくは大丈夫だと返した。暴れまわる心臓とは翻って、ぼくの頭はひどく冷めていた。

 鬼の面が振り返る。

「ようやく見つけたぞ。薊セナ」

 鬼の面の下からは、肉声をつなぎ合わせたような合成音声が響き渡る。

「……今のはなんだ? なんで殺した?」

 鬼の面は死体を見下ろした。

「痛みだ。俺の痛みを分け与えた」

「痛み……?」

「ああ、そうだ。これが俺の痛みだ。俺はただ痛みを味わい、痛みを与える」

 そう言って、鬼の面はマントの下から小瓶を取り出して、錠剤の詰められた瓶ごとガリガリと鋼鉄の顎ですり潰した。

「何が目的だ? どうしてぼくを狙う?」

 鬼の面は首を倒し、ぼきりと骨を鳴らした。どうやら全身躯体ではなく、脊椎神経はまだ残っているらしい。

 答えない鬼の面にぼくは重ねて質問する。

「お前は誰だ?」

 知った人物だろうと思っていた。だが、彼を思い出すことはできなかった。なにせ鬼男はほぼ全身躯体。顔立ちも分からなければ、声も合成音声だ。いや、その声には聞き覚えがあるような気がしたが、思い出せなかった。

 すると鬼の面は憤慨した様子で柱を粉々に砕いた。

「やっぱり覚えてねえか。あの言葉は嘘だったんだな。裏切り者ガァァ!!」

 鬼の面が真正面から突っ込んできた。壁が穿たれた。土煙の中、鬼の面はぐるりと首を百八十度回す。逃げ延びたぼくを目視すると再度まっすぐ突っ込んできた。

 その都度ぼくはワイヤーで軌道を変えて避ける。弾道計算ソフトでベクトルを演算し、予測しなければとても避けられる速度ではなかった。

「なかなかいい反応じゃねえか!」

 鬼の面はとにかく速かった。人間の反応速度では追いつけない。義手と義足はなんとか追いつけるものの、ほぼ全身躯体相手に生身の部分が足を引っ張っていた。

 パワーも尋常ではない。受け止めた拳はプレス機かと思える重い一撃。ぐにゃりと義手の骨格が歪んでいくのが感ぜられた。かと思えば、ぼくの腕下を通して喉を狙ってくる鋭く変則的な動き。ナイフの切っ先がわずかに喉仏を裂く。まるで重機が蜂のように襲いかかってくる。一旦距離を取って、相手の性能スペック情報を修正。おそらく彼の身体は非対称性アシンメトリーな骨格機構を組み合わせている。

「おうおう、どうした、どうした!? 反撃はしてこねえのか!? なあ、セナ!!」

 激しい拳が襲いかかり、ぼくは右に左にと踊らされる。

 しかし、ただ避けるだけではなくぼくは語り掛け続けた。

「お前たち、面の集団の狙いはなんだ?」

「〝ヘッド〟はお前のことをずいぶん買っているようだが、はっきりわかんだよ。お前はこっち側じゃない」

「ヘッドとは仮面の男のことだな?」

「知りたきゃ、俺を屈服させることだ!」

 ふとぼくは以前、偽仮面男に言われた設問が思い起こされた。

『答えを知る人物が目の前にいる。君はどうすべきか』

 答え──。

 ぼくはワイヤーを飛ばして、鬼の男の眼前に身体を運んだ。

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