刺客(4)

 話題もなくなり、病室を後にしようと扉に手をかけた。

 その時、先ほどの少女が目の前に飛び込んで来た。少女はぼくの脇をすり抜け、窓際に身を寄せた。カーテンを覗き、素早く腰の短機関銃を構える。驚く暇もなく少女は全自動射撃で窓外にぶっ放した。

 マシンガンの悲鳴が狭い病室内で響き合い、大量に吐き出される空薬莢。

「クソリリィ! 何考えてやがる!! 戦場じゃねえぞ!!」

 トモヒロさんが怒鳴り声を上げる。

 銃声が鳴り止んで、リリィは冷酷で冷然とした表情をトモヒロさんに向けた。

「トモっち、弱って感覚鈍ってますよ。が二人、隙間から覗いていたことに気づいてました?」

 トモヒロさんの顔色がみるみる青ざめていた。慌ててベッドから這い上がると、カーテンをめくり上げ、外を覗く。しかし外にはもう誰もいなかった。

「殺意すら感じられなくなったなんて、牙が折れましたね」

 リリィは弾倉を交換しながら呟いていた。

 トモヒロさんは舌打ちしながら、腹を抱えてベッドに戻る。遅れて銃声を聞きつけた外のボディーガードや病院職員がやって来て、事情説明にかなりの時間を費やすこととなった。それが終わるとトモヒロさんは、少女に目を向け、

「そういや、紹介が遅れたな。その脳みそぶっ飛んでるクソガキは──」

「リリィ・エンフィールドですよぉ」

 少女リリィは爛漫な笑顔を見せた。先ほどの張り詰めた表情からはまるで想像もつかない可憐な笑顔だった。

「ボディーガードを頼んだら、ションベン臭いガキが来やがった」

「でもでも、私の腕はモノホンです!」

 リリィは突如、床に手をつき、ブリッジを披露した。

「そいつも完全有機人間パーフェクト・オーガニックだ」

「私についた二つ名は〝ロリ天使〟」

「自称だろうが」すかさずトモヒロさんは指摘した。「聞いたことあんだろ。〝幼き死神デスロリ〟って呼び名を」

 数々の資産家や有力暴力団組長を葬って来たと噂される人物。

 仮面の男同様、本当の姿を誰も見たことがない。

「だがまあ、そいつが実際に手を下したわけじゃねえがな。そいつはお膳立て役だ。そういう仕事を専門にしているが──」

「ふっふっふっ。けど誰も私の実態は知らないのです」

「ただの中学生だよ」

「なぬ!? というか、トモっち! 私の本業をバラすとか、スパイですか!? 敵ですか!?」

「そこで飛んでるフグみてえな玩具を操るのは天才ハッカーだからな。これでお前は弱みを握られたわけだ」

「ぐぬぬ」

「だから正体バラされたくなかったらさっさと帰れ。ガキは寝る時間だ」

 トモヒロさんは殺意混じりな視線を送って、ぼく達を追い返した。

 病院を出て、リリィは突然ぼくにアドレス交換をしてくれと頼んだ。特に断る理由もなく、応じる。それからリリィと別れて駅に向かう途中でこんなメールが送られて来た。

『仮面の男さんへ。今日の夜、パンプキン商会の人間が小麦粉大安売りするそうですよ』

 と。どうやらリリィはぼくの正体を知っていたらしい。それで余計にリリィが何者なのかぼくは分からなくなった。



 その夜、リリィの情報を信じたわけではなかったが、仮面の男として夜のアイビーを見下ろしていた。リリィからだけではなく、トモヒロさんからも仮面の男宛に仕事の依頼が入っていた。

『カボチャ男と鬼の面に関する情報を集めてくれ』と。

「どう思う兄さん?」

 ぼくはTP-02に問いかけた。

『どうもこうもないぜ。〝全知全能の目ゴッド・オブ・アイ〟で見たのは、間違いなくその鬼の面の男とやらだ。前に言ったと思うが〝第00部隊ゴースト〟の残党こそ、そいつだ』

「だとしたら、誰?」

『さあな。ほぼ全身躯体フルボーグだから身元まではわからん』

「じゃあなんで、バンブル孤児院関係者だって?」

筋電部位パーツに印字されていた広告が【Mechanical Mapping】だったからだ』

 人体に新たな地図を書き加えた企業。

 現在、筋電部位は二種類に大きく区分される。MM社製かその他大勢かだ。そしてMM社製は主に戦闘用にチューンナップされたハイスペック兵器である。

 MM社は昨今の機械的生体部品サイバネティックス・モジュールのパイオニアでもある。バンブル孤児院に多くの出資をしたのもこの企業であるし、〝鋼鉄の子供達スチール・チルドレン〟と呼ばれる、初期の機械化特殊兵を創造したのもほぼMM社によるものだ。MM社は兵器開発が主ビジネスではあるが、子会社にいくつもの民間軍事企業プライベート・ミリタリー・カンパニーを有している戦争屋。

『近日MM社系列のPMCの一つが完全独立した。【国境なき自由ボーダレス・リバティ】。そこにビジネスパートナーとして名乗りを上げたのが〝パンプキン商会〟』

 だんだんと点と点が繋がり始めていた。おそらく、偽仮面の男がPMCを立ち上げ、そこにカボチャ男が追随した形なのだろう。

「……僕たち以外にもバンブルの生き残りが居たんだね。というか、兄さんは知ってたんじゃないの?」

 ぼくの知らない世界で兄さんは戦っている。ネットワークに直接意識を没入できる兄さんに暴けないものはない。監視システムなんてなくなって兄さん自体がこの街の目になっている。

 TP-02は答えなかった。それこそ肯定していたようなものだった。

『なあ、セナ。俺たちは何のために暗殺業や慈善事業を始めた?』

「救うため。救われるため」

『綺麗な言葉で誤魔化すなよ』

 確かに兄さんのいう通りだ。お金は言い訳。救いも言い訳。自分たちのためとかも全部言い訳。本音はただ一つ。

 ただ一つの情動に従って殺して来た。

『本質を忘れるな』

 ぼくは兄さんの手足となることを選んできた。兄さんの目指す場所を実現するために。

 でもたまに忘れそうになる。忘れたくなる。それが正しいことではないと理性では分かっていても、感情が許さない。

『俺たちの痛みは俺たちだけにしか分からない。これは呪いだ。俺たちは呪われているし、他者を呪っている』

 ぼくたちは孤児院が襲撃を受けた際、置き去りにした子達にずっと呪われてる。

『なあ、セナ。俺たちは何のためにあそこから脱した? お前は何のためにその傷を背負った?」

 ずきりと、ぞくりと古傷が痛む。右手が、右目が、右耳が、まるで生身の身体のようにどくどくと脈打つ。左足が疼く。今にもぼくの理性を無視して飛び出そうとする。右上半身と顔のほとんどを焼き尽くした火傷の跡が、複合肌ポリマー・スキンの下で燃え盛るように熱を帯びる。

『俺らは罪を背負い続けなきゃならない。この痛みを感じる時、俺たちは戦い続ける。消えることはない。正しいか悪いか。そんな言葉じゃ割り切れない。俺たちは復讐して、あいつらをようやく弔ってやれるんだ』

 その痛みや熱は、ぼくやトウヤという向ける復讐の炎を滾らせる。心に囁いてくる。

『俺たちはいつか施設関係者全員を突き止めて、同じ目に合わせる。二度と俺らみたいな子供を作らせない』

 血を分けた兄弟だから心は通じ合っている。ぼくも兄さんも考えは同じ。

 ぼくは優しい人間じゃない。綺麗じゃない。普通じゃない。

 ぼくが生きているのは、殺すため。

 時に葛藤こそすれど、それ以外に理由はない。罪を罪で罰するため。

 この街に正義はい。正義でこの街の悪は裁けない。

 たとえその先に空虚しかないと知っていたとしても他に道はない。

『行こうか我が弟よ。君が君を呼んでいる』

 ああ、と返事してぼくは仮面をかぶった。ぼくは高校生、薊セナを剥ぎ捨てた。ささやかな人間性ですら捨て置いた。そしてぼくは殺人技術キリングスキルをふんだんに身につけた冷酷な兵器へと変貌する。

 風を抱きしめ、地獄の底へと舞い降りる。

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