刺客(3)

 放課後、教室を出かかった時、マルルガがぼくを呼び止める。

「なあセナ。今度の週末空いてるか?」

「特に予定はないけど」

「じゃあ空けとけよ」

 疑問を浮かべるぼくに、マルルガは口を寄せて、昼休みのことを持ち出した。

「なんか気まずかったろ? あの二人」

 あのあと、ぼくとマルルガ、アヤネとベルの四人でご飯を食べた。しかしアヤネとベルはギクシャクした様子だった。おそらく初日の喧嘩がまだ尾を引いていたのだろう。

 そこでマルルガは二人の仲を取り持とうと考えたらしい。

「で、黒羽と仲良さそうなお前も誘ってダブルデートってわけだ」

 だぶるでーとってなんだろう? そう思ったぼくは純粋な疑問を投げかけた。

 マルルガは愕然とした様子で、

「お前、デートも知らんのか?」

 またぼくは首を傾げた。

 呆れ返ったマルルガは長息を吐いた。

「男女が楽しく遊ぶことだ」

 なるほど、とぼくは納得する。

「遊園地とかがいいんだろうけど、いきなりはハードル高いしな。とりあえずショッピングモールとかだな。主役は女子二人だし」

 マルルガは気を回す性格なんだろう。空けておくと言って、ぼくは病院に向かった。お見舞いの品を買おうと、途中店に寄りかけたが、お金がないことにあえなく断念。病院の玄関口でTP-02が合流する。兄さん曰く、入院したのはトモヒロさんだと聞き、余計にぼくはやるせなさを思った。

「トモヒロさんが病院なんて珍しいね」

『トモさんはインフルエンザでも自分で直しちまう人だからな』

「もしかして、あまり良くないの?」

『さっき見てきたが大丈夫だったぜ』

 兄さんが言うには組の抗争に巻き込まれて、大怪我をしたらしい。〝サイボーグ殺し〟と呼ばれるほどの人物に怪我を負わせるなんて異常事態だ。とはいえ、命に別条はないと聞いて、幾分気が楽だった。

 外科病棟の一角には強面の男二人がどっしりと佇んでいた。二人は近づいてくるぼく達に気を揉んだが、ぼくとTP-02だと確認するとすぐに緊張を解した。

「おう、セナにトウヤ。来てくれたんか」

 筋肉質で体格のいいスキンヘッドの男は恐ろしい笑顔を向けた。

 彼は植木組の舎弟頭だ。

「トモヒロさんは……?」

 するともう一方の中肉中背のオールバック男が、

「若はピンピンしてますよ」

 と答えた。この人は若頭補佐である。

「カタギは通すなって話なんですがね。お二人が来たら通すよう言われてますんで」

 と二人は道を開けてくれる。小さく会釈を向けながら中に入ると、トモヒロさんの横に男性と少女の二人が囲っていた。トモヒロさんを含めた三人がぼくとTP-02に目を向ける。いの一番に近づいて来たのは少女だった。

「およ? およよよよ?」

 小柄な少女はぼくの胸元に忍び寄って、すんすんと鼻を鳴らした。

「君からは同じ臭いを感じますねぇ。クンクン」

 とても暴力団に関係するような人物には見えないあどけない女の子だった。おそらくぼくよりも年下。金髪のツインテールに小ぶりな鼻と口。キュロットにスカジャンといったボーイッシュな格好。スズランのようにこじんまりとして可愛らしい印象を漂わせるが、同花のように毒を隠し持つ印象を受けた。なにせ少女からもぼくと同じ臭いを感じたのだ。

 常に緊張し、気を張っている時に出る乾きにくい汗。加えて、硝煙の匂いが混じる。

 少女の腰には短機関銃マシンピストルが二丁備わっていた。

「おい、リリィ。自己紹介なら後にしろ」

 とトモヒロさんが発した。

 もう一人の男性の方は顔見知りだ。王子おうじタケシさんは植木組顧問役。暴力団組織の序列的には下の方ではあるが、トモヒロさんからの信頼は厚い。また王子さんとトモヒロさんは古くからの知り合いらしかった。恰幅が良く優しい性格から暴力団組合員とは思えない人物である。王子さんが椅子を譲ってくれて、ベッドの前に座るよう促した。

 トモヒロさんは少しだけ眉尻を歪ませながらも、身体を起こし、顎をしゃくった。

 王子さんと少女の二人が部屋を後にする。

 ぼくは「大丈夫ですか?」と問いかける。

「情けねえ。サイボーグ殺しと言われた俺が、このざま。示しがつかねえよまったく」

 トモヒロさんは怒りに満ち溢れた形相を浮かべていた。

 すかさずぼくは、

「躯体に?」

「てめえらには関係ねえ話だが、一応注意しとけな」

 トモヒロさんはぼくが〝仮面の男〟として植木組の雇われ暗殺者であることは知らない。表向き、近所付き合いをする高校生と怖そうなお兄さんってな関係である。

「カボチャを被った男と鬼の面を被った男。この二人はやばい」

 トモヒロさんの口から〝やばい〟なんて言葉が出ること自体ヤバい。

 相当に気が立っている証拠だ。

 カボチャの男とは一度会っていた。売れそうにない一発芸人との印象ではあったが、暗殺技術だけはプロ。そしてなにより言動とは裏腹に、心の奥底は凍土のように凍てついた心だという評価だった。そしてトモヒロさんがもう一人あげた鬼の面。このことからすると、昨日アヤネを拉致した偽仮面男と繋がりがあると考えて間違いないだろう。

 それからもう一つ。この三者はぼくの旧知である可能性が非常に高いということだ。少し前に兄は〝第00部隊ゴースト〟がアイビー市入りしたと言っていた。とはいえ、ほとんど素顔を晒していたカボチャ男は面識がなかったし、歳の頃も僕たちよりずっと上だった。ゆえにまだ確証を得られずにいた。しかし、トモヒロさんを病院送りに追い込んだ事実を加味すれば、鬼の面の方は少なくとも〝鋼鉄の子供達スチール・チルドレン〟である可能性は十分にあった。

『トモさん。そのカボチャ男はおそらく〝パンプキン商会〟ですよ』

 兄さんの言葉にトモヒロさんは目を細めた。

「だろうな。最近、アイビー市に海外マフィアが入り込んだ。それがパンプキン商会。奴らは大量の銃を発注していた」

 ぼくが仮面の男として依頼された港での一件のことだろう。

「おそらく、奴らはデカイ戦争をしでかそうとしている。悪いことは言わねえ。お前らしばらくアイビーから離れとけ」

『無理ですよ』

 と兄さんは苦笑した。

 兄さんを運び出すことは技術的に不可能ではない。ただしその引っ越しにもかなりのお金がかかる。もっとも、金銭的事情よりも兄さんがこの街から離れてしまうと、お目付役がいなくなる。警察の代わりに不正な株取引など、電子の世界で行われる事象を兄さんは〝全知全能の目〟と称して暴いてきたのだ。いわば、この街がギリギリの瀬戸際で存続していられるのは、兄トウヤの存在あってこそなのである。

 アイビーを捨てて余所の土地で暮らすことももちろん考えた。

 だけど、トモヒロさんと出会ったこの街には少なからず愛着がある。トモヒロさんは飢え死にしそうだったぼくを拾ってくれた。いわば命の恩人。しかも市民権や戸籍まで用意してくれて、ぼく達を学校に通わせてくれた。だからぼくや兄さんはトモヒロさんに頭が上がらない。いつかは恩返しをしたいと思っている。

「死んでも知らねーぞ」

 トモヒロさんは呆れたようにため息を吐き漏らした。

『もう、二回ほど死んでますからね。俺ら』

 ぼくも兄さんも揃って苦笑した。

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