第5章

刺客(1)

 植木トモヒロは血痰を吐き出した。

 外から差し込むネオンライトは、ビルフロアに立つ三人の男たちの影を複数に伸ばしていた。それらの影は二つ折り重なった死体に覆いかぶさっている。ビルはがらんどうとしており、剥き出した鉄骨が工期初期を伺わせる。

 時々、風が吹き抜けた。

「てめえら、どっから来た? あんっ!?」

 トモヒロはカボチャをかぶった男と、鬼の面をかぶった男を睨め付けた。トモヒロは風穴の空いた腹を抱えていたが、虚勢を張れるくらいにはしっかりとした意識を保っていた。

 カボチャ男は手に持っていた散弾銃をマントの下に収めると、腰を落とし、両手を左右にピンと伸ばし、万歳すると、

「そうですっ! 私こそが、パピプペポンプキン──」

 カボチャ男はバツの悪そうな顔をして、「また噛んでしまいました」と呟いた。

 カボチャの方は先ほどから舌がよく回るが、対して鬼の男は無口だった。

「ふざけてんのか、このヤロウ」

 トモヒロは歯ぎしりをして、カボチャ男は首を振った。

「至って真面目です。私は生涯一度たりともふざけたことはありません」

「てめえの存在がすでにふざけてんだよ」

 すると鬼の面の男は腰を下ろして、死体の顎を翻した。瞬時、トモヒロは沸騰した。

 白目を剥いて死んでいた男は植木組の組員だった。

「汚ねえ手で触んじゃねえぞ!!」

「仮面の男を探している。知ってるだろう?」

 鬼の面は立ち上がると、重厚な歩調でトモヒロに歩み寄った。トモヒロの返事は横一線の居合だった。が、刀は握られ容赦なく折られた。首根っこを掴まれ、トモヒロは柱へと投げ飛ばされる。衝突した柱は亀裂を生み、トモヒロは再度吐血した。

 トモヒロは奥歯を噛みしめる。かすり傷の一つも付けられなかったことにはらわたが煮えくり返る思いだった。とはいえ、トモヒロが弱かったというわけではない。これまでにトモヒロは数々の刺客を返り討ちにして来た。代替躯体オルタボーグ有する相手すらも打ち負かして来た。

 盾を背負い、日本刀を携える一風変わった装備から、ついた二つ名は〝サイボーグ殺しの騎士侍〟。裏社会をよく知る人々は、トモヒロの姿を見ただけでほどの有名人である。そんな人間離れしたトモヒロですら、カボチャ男と鬼の面にはまったく歯が立たなかった。トモヒロ自身、頭の片隅では「ここで死ぬかもな」なんて達観していたほど。だが義理人情を重んじる彼が仲間を殺されて、おめおめと尻尾巻いて逃げるなんて思考は毛頭ない。

 また、深重な歩みで鬼の面がトモヒロへと近づいてゆく。その途中、鬼の面はマントの中に手を突っ込み、小瓶を取り出した。白い錠剤が無数詰められており、面を少しずらすと瓶ごと口の中に放り込んだ。鋼鉄の骨格がガラス瓶と錠剤をすり潰す。

「……てめえも躯体ボーグってわけか」

「むしろ今時、完全有機人間パーフェクト・オーガニックなんて珍しいですよ」

 カボチャ男が発した。

「さっきから言っているでしょう? 仮面男の居場所を吐いてくれれば、あなた方を傷つける気はないと」

「……何が狙いだ?」

 カボチャ男はやれやれと肩をすくめた。鬼の面にやれ、と指示を出す。

 頭を狙った初撃は避けられたものの、二撃目の拳はトモヒロの腹に直撃した。トモヒロの身体は二つに折れ、胃液をひっくり返した。みすぼらしくも酸素を取り込もうとする。地面を這いつくばりながら刀に手を掛けるが、今度は鋼鉄のつま先に蹴り飛ばされた。

「生身でそれほどの反射神経とタフネスさはまさに化け物モンスターですなあ」

 カボチャ男は手打ちをした。

 トモヒロは腹の中で何かがあふれだすのを感じた。

 内臓が掻き乱れているのを感じながらも立ち上がった。

「何をあなたがそこまで……? あなたの部下も同様、苦しみながら死に絶えた。しかし口は割らなかった。暴力団でしょう? 社会のゴミクズでしょう?」

「ただの暴力団じゃあねえよ……俺たちは武士だ」

 カボチャ男と鬼の面は首を傾げ合った。

「武士はなあ……義理人情で生きてんだよ。仲間、売るほど落ちぶれちゃあいねえ」

 トモヒロは手のひらを見つめた。

「この手は汚れちまってるが、心まで汚れる気はねえよ」

「ふむ。立派なスピーチですね。となると、話し合いではケリが付きそうもありませんか」

 カボチャ男は顎をしゃくって、鬼の面にトドメを刺すよう指示した。

 トモヒロの眼前にまで鬼の面が接近した時、新たな人物が登場した。

 鬼の面の拳はその男によって、掴まれていた。

 トモヒロは思わず目を剥いた。

「てめえは……仮面の男……?」

 いや、とトモヒロはすぐに否定した。確証はなかったが、仮面の男から感じられる波長が違うと感覚で思った。

「誰だてめえ?」

 しかし仮面の男はトモヒロを無視して、カボチャ男の方へを歩み始める。

「部下の統制が取れていないというのは、情けない。言っておくが、彼を殺すのは合理的ではありませんね。植木トモヒロは、アイビーの暴力団連合に顔の利く男。彼が死んだとなれば、有象無象が反旗を翻して、街は混沌へと陥ることでしょう。彼は抑止力そのもの。今はまだ死なれては困る」

 まあしかし、と振り返る仮面の男。

「いずれは殺しますけどね」

 仮面の下で醜悪な笑みが浮かんでいた。

「今日は一つ、貸しにしておきます」

 すると仮面の男は携帯電話を取り出して119番通報した。

「我々の目的は元祖仮面の男だけではない。本来の目的を忘れるべからず──」

 そう言って、仮面の男と取り巻きはビルを飛び降りていった。

 トモヒロはボロボロの身体を引きずり、ビルを抜け出そうとするが、途中で力尽きた。

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