面会(7)

 目が覚めるとぼくはベッドの上にいた。

 まぶたが開いたことと、目がぼくの意思通りに動くことに安堵する。

 隣にはルシエラ先生が背中を向けながらキーボードを叩いていた。少し身を起こすと指の先にクリップとコードが繋がれているのが見えた。それから先生の反対側には壁は寄りかかるアヤネが居た。彼女は椅子に腰掛けて穏やかな寝息を立てている。目元には涙を流した跡。

 ぼくは息を吸って「あの」と声をかけた。振り返るルシエラ先生にぼくは、

「兄さんは大丈夫でしょうか?」

 先生は腕を組むと哀れみ混じりな視線でぼくを見下ろした。

「トウヤくんは何ともないよ。今、夕食を摂っている」

 胸ポケットの辺りを探ると持ち出したはずのTP-02が居なかった。

 先生はラップトップを翻し、映像を見せてくれた。

 ぼくはホッと胸をなで下ろす。

「しかしね、セナくん。私は君の方が心配なのだよ」

「先生の腕を疑うわけじゃありませんが、新しい制御ソフトはエラーがあったようです」

「いや」先生はきっぱりとした口調で否定した。「デバッグしてみたが、特にエラーは見つからなかった」

 ぼくは首を傾げた。

「いや、これも正確性を表す言葉ではない。というか、セナくん。君は私に内緒でもう一つ生体部品バイオ・モジュールを使ってはいないかね?」

 ぼくは口を閉ざした。

 しかしルシエラ先生は咎めるようにして、ぼくに仮面を見せつけた。

「この仮面はもはや多くの人に認知されたことだろう」

 そして仮面を翻す。

 仮面の裏面には針のような電極端子が無数存在する。

「しかしこの裏面を誰も知らない。君とトウヤくんは知っていたかもしれないがね。さしづめ、お兄さんにビルドを頼んだのだろう。中身をスキャンしたが、私の予想通り、この仮面の内部には薄膜記憶媒体フィルム・ストレージが埋め込まれている。さて、私はこの証拠を突きつけた上でもう一度問う。私に内緒でもう一つ部品を使ってはいないか?」

 先生が言ったことは全部真実だ。

 ぼくは人を殺めるために心を消してきた。

「……それが新しいヴァージョンと干渉したと?」

 ルシエラ先生はため息を吐いた。

「詳しいことは調べて見ないと分からないが、可能性は高いだろう。この仮面の制御コードは、運動神経を制御するものではなく、人間の精神を制御するもののようだからねえ」

 それに、と先生は拳の潰れた義手を担ぎ上げて、

「よくもまあ、超 合 金 製タングステンカーバイドをここまでぶっ潰したものだな。近年、コバルト同様、紛争鉱物になっているのは知っているだろう? こんな調子で毎回壊していたら、資金がいくらあっても足りんぞ? しかも私の設定した限度リミットを外してまで」

 呆れたようにルシエラ先生は鼻を鳴らした。アヤネを一瞥し、「やはり恋煩いだったか」と苦笑する。

「そういうわけじゃあ……」

「ま、言い訳は色々あるだろうが、別に私は患者が自分の身体さえ大切にしてくれるのなら、何をしたって口を挟む気は無いし、同業者からの意見を述べるとするのならば、よくやったセナくん。と賞賛したいところだ」

 今日一日は泊まっていけ、と言い残し、ルシエラ先生は微笑を浮かべると病室をあとにした。それから間もなくして、アヤネが目を開ける。ぼくに気づいた彼女は顔を伏せた。五分ほどの沈黙が流れた後、「面の男」とアヤネは切り出した。

「彼も君たち兄弟と同じ孤児院出身の人物よ」

 ぼくは目を細める。

「どうして君がそれを?」

「自分で言っていたわ。『私たちは復讐するために蘇った。かつての仲間たちを地獄から呼び戻して、私たちを作り上げた大人たちを地獄に送るために』と」

 ズキリと古傷が疼く。

 亡くした目と腕と足が疼く。記憶が蘇りそうになる。

「バンブル孤児院は今より約半世紀前に設立された施設。出資者は当時のアイビー市長とその取り巻き企業。主に軍需産業で名を挙げた会社ね。設立当初は孤児たちを集めて、英才教育をしていた。君も知っているでしょうけど、ある時期を境にガラリと方針が変わったの」

 ぼくは腕のない右肩を抑えた。

 アヤネの言う通り、バンブル孤児院はある時期から機械化サイバネティックス技術研究に主眼を置いた。それまで軍人や教育の最前線で鞭を振るってきた人物たちを押しのけて、たくさんの研究者がやってきた。

「〝 戦 術 動 作 機 関 タクティカル・モーション・エンジン〟」

 とアヤネは堅苦しい横文字を並べた。

 ぼくは意味理解するまでに幾ばくかの時間を要することとなった。だが時を置いて、そのソフトウェアがぼくの頭の中に挿入インストールされていることを思い出す。

 一般市場には流れないぼくだけにあつらえられた特別製。

 ぼくの身体を支えるソフトウェア。

「誰かの口から言われる前に自分の口から言っておくわ」

 アヤネはそんな言い訳をして続けた。

「君を制御する機構を作ったのは私」

 何かがぼくの中で割れていく。



 ──バンブル孤児院は〝特殊兵養成研究機関〟との別称を持つようになった頃から機械化技術研究が推し進められた。

 機 械 的 生 体 部 品サイバネティックス・モジュールが一般に普及したのはここ四、五年のこと。それもあって、価格は驚くほど高い。しかし、神や遺伝子が与えし産まれながらにしての不自由は、機械化の浸透により、より人は平等性を平坦にさせることが可能になった。また、後天的な後遺症や病気に対しても義肢や人工臓器により、確実な社会復帰を可能にした。

 人類にとっては夢のような技術だった。しかしながら、その礎となった子供たちは、夢や未来を抱いて協力したわけではなかった。その臨床現場は生易しいものではなかった。

 例えばぼくを例に挙げれば、腕を切り落とされて、機械の腕をひっつけられた。

 まるで玩具の人形のように。着せ替えるように。

 サイバネティックスには工学的な問題はなかった。技術的困難は、主に人間と機械マン-マシンにおける言語差だった。物理的な科学は発達していたものの、人間に対する研究──あるいは、脳や精神に関する研究は昔々から大して変わっていなかった。

 運動とは脳から発せられる電気的信号により筋繊維の収縮である。

 すなわち、人間の身体とは驚くほど単純な体系システムで作られているのである。

 

 加えて、バンブル孤児院は軍部と科学者の意向とが打つかって、その妥協点をすり合わせるには、性急な機械化少年兵の作成が要とされた。

 当時のぼくは八歳にもなって、腕の動かし方を覚えなければならなかった。しかし、自分とは別種の腕を動かせと言われても、を操るのは困難だった。電気信号がどうとか、運動野がどうとか言われても、腕の動かし方なんて思い出せなかった。

 初期実験は電流を流して人工筋肉を刺激することだった。

 脳に直接、電極を数ミリ幅で埋め、指先の感覚を覚えさせられていく作業。どの部位にどれだけの電流を流せば、どういう風に腕が動くのか、最初はそういう実験だった。頭と腕に得体の知れない生物が這いずり回るような感覚。

 そう、あれはムカデだ。

 ムカデが群となり、まず頭の中を駆け巡る。それから首の裏。肩から肘にかけ腕の中。皮膚の奥、血管の下をぞろぞろとムカデがうごめく。

 当然、意図しない動きは腕を奇妙に動かした。放水して暴れまわるホースのように、ベッドの上で腕だけがのたうち回った。そこに右腕はないはずなのに右腕が痒かった。

 痒くて堪らなかった。

 掻いても掻いても痒みは収まらず、募る苛立ちに比例して、硬い骨格に引っかかる爪だけが剥がれ落ちた。腕なんてない方がマシだった。

 実験中の思考というものは、自分の体に引っ付けられたを抑えるつけることに必死だった。まるで腕に頭を侵食されるようだった。

 いや、電極はたまに義手部分に通じる神経領域を超え、生身の部位を操作した。

 高尚な〝ぼく〟を腕は──機械は無視した。誰かに操られる感覚。ぼくはマリオネットのように滑稽な舞を披露した。そこにぼくは在るのに、見えない糸で操られていた。

 0と1が頭の中に流れ込んだ。機械の言葉がぼくの頭を埋め尽くした。

 次第にぼくはぼくをゆっくりと忘れていった。


      ***


 そうして、昨今の機 械 的 生 体 部 品サイバネティックス・モジュールの基礎技術に流用されている。

 アヤネは短く息を吸った。少し震える指先を撫で抑えながら唇を結んだ。

「バンブル孤児院に出資した人たちの中には私の両親も居た。私は幼い頃から情報工学に特別な才能を持っていたようで、たくさんのソフトウェアを作ってきたわ。当然、招聘しょうへい研究員として参加していた」

 ぼくはアヤネが言わんとすることを理解し始める。ぼくの全身は急激に解熱していた。

「筋電部位モジュールにおける人 ─ 機械 ─ 互換マン・マシン・インターフェースの開発。それが私の招かれた理由」

 アヤネは淡々とした口調を崩さず、告白していた。

 まるで余命を宣告する医師のような冷たい告知。

「私は身障者を助ける研究だと言われて乗り気だった。でも与えられた仕様書を見て、気づかない馬鹿でもなかったし、どういう風な開発過程を歩んでいたかも理解していた。当時はまだ十歳だったけれどね」

 わずかながらアヤネは苦笑を浮かべた。

「私は疑義から目を逸らした。大勢の人の役に立つと言い聞かせた。実際、ここ最近の筋電部位の普及率と生活満足度は、比例して右肩上がりという事実もある。大勢の人を救ったという自負があった」

「君は……僕の身体を作った──」

 畳み掛けるようにしてアヤネは、

「君は非常に優秀なサンプルだったわ。私が作ったのはソフトウェアだけれど」

 その言葉は乾いていて、機械のように硬い言葉だった。

「君が受けたであろう実験は、私にとって意欲を高める発奮剤だった。新薬を開発する医者は、モルモットにいちいち愛情を抱かないでしょ? それと同じこと」

 アヤネは嘘や優しい飾り付けは言わなかった。

 無機的な言葉を連ねるものの、しかしアヤネの目には涙が浮かび始めていた。

「私は今まで他人を見下してきた。人を人だと思ったことはなかった。天才とか呼ばれて、年上の中で暮らしてきた。ある種私は、君の腕が出来上がった時は、一つの芸術が完成したという興奮すらあった。作品を作り上げたという誉れ高き思いがあった。ものづくりにおける心理的成功対価とも言えるわ」

 ぼくは黒羽アヤネのロボットだった。いや、玩具の人形。

「侮蔑するのなら存分にしてくれて構わない」

 きっとアヤネはぼくに責められることを望んでいた。しかしぼくはアヤネを責める気にはなれなかった。確かに実験中や実験後に参加した戦争も地獄のようだったけれど、こうして不自由なく生きているという事実ですらも否定する気にはなれない。

「私はお人形さんだった。両親の人形だったの。両親は娘として私を見てくれなかったわ。ただ情報工学に類稀なる才能を魅せる〝天才少女〟という枠組み以上のことはしてくれなかった。だから逆にこう思ったの。『研究で成果を得られれば、私を人間として認めてくれる』とね」

 アヤネの言葉は少し震えていた。

「でも私も結局人の子。どんなに無関心を気取って、モラルをかなぐり捨てたと思っていても、人を辞めることはできなかったし、そうであると思いたい」

 私は人間になりたいのよ、と彼女はか細く言った。

「……君は人だと思うよ」

 たぶん彼女自身が思っているよりもずっと優しい人。

「優しいのね……」

 アヤネは震えた声を漏らすと、目元から滴る涙を拭った。

「だからこそ私はモノとして君を扱った自分を許せずにいる」

「ぼくは恨んではないよ」

 あの時ね、とアヤネは拉致されて金庫室に押し込まれたことを持ち上げた。

「死ぬべきなのだと思った。無残に砕け散ることで私の罪が浄化されるのだと思った」

 でも、と言ったアヤネは背中を丸めて、顔を歪めていた。

「怖かった──。死にたくなかった──」

 先まで淡々としていた口調が途端に熱込められたものに翻る。

「まだ生きたいって本能が言ったの。私にそんな資格はないのに。私は愚かで罪深き人間なのに──」

 深く息を吸った彼女は、

「君が来てくれて嬉しかった。安心した。だから感謝を言わなきゃならないのに、人々の死体を見て、言えなかった」

 アヤネは「ごめんなさい」と繰り返した。

 謝罪の言葉に同期してぼくの心臓は拍動を繰り返した。

 内臓が焦げ付くようだった。

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