面会(6)

 ぼくはアヤネを助けることだけに意識を向ける。地上を見下ろせば、警察や特殊部隊員たちが大勢囲っている。それをさっきまで見ていたはずだし、今朝もぼくはニュースを見ていたはずだ。なのに今更、まんまと罠に嵌められたことに気付かされた。

 ミリオンバンク正面に着地する。靴底のショックアブソーバが熱し、着地の衝撃と音を飲み込んだ。

 周囲の人々はぼくの登場にあっと驚いていた。そしてこう声を揃えた。

「予告通り、仮面の男が現れた!!」

 熱烈な弾幕で歓迎された。鋭く立体機動を取り、銃弾を避ける。しかしなかなか内部へと入れさせてくれない。銀行の中からも斉射され、仕方なく裏手に周り、二階窓から侵入することにした。扉を出てすぐに、巡回していた部隊員が横から飛びかかる。

 ふと脳裏に先ほど男が言った設問とやらが蘇る。

『目の前に少女を拉致した男たちがいる。君はどうすべきか』

 答え──殺して進む。

 肘で顎を強打した。男の骨がバラバラに砕け散っていく感覚が腕に伝わった。さらにもう一人がナイフを持って突進してくる。鋼鉄の腕でナイフの持ち手を掴み、足を払って地面に落とす際、腰元の拳銃を抜き、二発、胸に与えた。

 武器を持って狙ってくる敵に言葉は通じない。

 戦場ではどちらかが生き残ってどちらかが死ぬしかない。進むには命を止めることが最も合理的だ。そうしてでしか道は開けない。目的を遂げるためにぼくは心を殺した。疑問を消した。矮小な偽善心をかなぐり捨て、ぼくは鬼と化す。昔、銃を手に持って戦場に出向いたあの時のように、ぼくは命を刈り取るマシーンとなる。

 非常階段に到達すると下から二小隊ほどが銃口を上向けながら近づいてくる。

 閃光発音筒フラッシュバンが投げ込まれ、ぼくは目を閉じ、耳を塞ぎ、口を開けようとしたが、発火剤の燃焼音が聞こえなかったことにフェイクだと気づく。

 おびただしい数の弾丸が放たれた。壁に身を隠すが、身体のいくつかに至近弾。もう少し判断が遅ければ穴だらけにされていたことだろう。柔らかい皮膚がいくつか裂けていたが、気にせず、ワイヤーを正面の壁に打ち込む。ワイヤーの巻き取りに身を任せて突っ込んだ。銃弾が胸や頭に突き進んでくる中、十分な加速度を得ると膝を折り、仰け反って、滑り込んで回避する。正面の男をたぐり寄せ、腹に拳を叩き込む。

 つんのめった男をコマのようにクルクルと回す。その間に、腰元の拳銃を抜き三人の命を貫く。迫り来る銃弾を肉の壁で盾とし、手榴弾グレネードのピンを抜いて、レバーを外し、男を突き飛ばす。

 彼らの失敗は狭い階段で接敵してしまったことだ。二列目、三列目は味方が遮蔽しゃへいとなって発砲ができない。爆ぜた血肉を浴びながら、先へ進むためにただ道を整地する。

 向けられる銃口を蹴飛ばしながらナイフを奪った。

 喉笛を裂き、真っ赤に命が散る。

 真横からやって来た肘を腹に叩き込み、腕を捻り折る。回し蹴って頬を砕く。続いてもう一人の胸に刃を二度叩き込む。鮮血を胸から漏らしながら命が綻んでいく。男を押し返し、またナイフを奪い、背後から殴り掛かろうとした男の目に突き立てる。

 絶叫、憤慨、恐れ、反撃。

 密集した階段フロアで言葉や感情が踊っていた。

 この時すでに十分近くが経過していた。お面男は十五分と言ったが、その時間を守るのか情けをかけてくれるのかはわからない。

 正面からやってくる男の顎を掴んで壁に叩きつけた。突き出されるナイフをいなしながら投げ落とし、腕ごと男の胸に刺し返す。首を振りながら頭を狙った弾を避け、裏拳で払い投げた。身体から命を剥がしていく。最後の一人は拳銃で膝を抜き、崩折れたところをハイキック。男は身体ごと氷柱のように天井に突き刺さった。

 突撃してきた二小隊は分秒ののちに沈黙。

 ぼくはライフル銃を拾い上げ、息つく暇もなく階段を駆け下りた。一階ロビーには大量の部隊が集っている。少しでも顔を出せば、群れた鳥のように銃弾が襲いかかってきた。

 ぼくは壁の陰に身を寄せ、アプリケーションを立ち上げる。腕と義眼とリンクした弾道計算ソフトが初弾のベクトルから即座に癖を把握する。全自動フルオート射撃に任せ、命中する弾だけを叩き落とした。弾倉を撃ち尽くした頃には壁を蹴り、天井を弾け、地下へ通じる階段へと飛び込んだ。

 金庫前に居た二人の内、一人をワイヤーで絡め取り喉を締め上げる。もう一方が銃を構えたところでワイヤーを引き、衝突させた。すかさず詰め寄り、拳を叩き込む。

 そうして金庫付近に敵はいなくなったが、足音が近づいてきていた。

 ぼくは右腕を構え、制限リミッターを外した。渾身の正拳突きを鉄扉に叩き込んだ。一度ないし二度、三度。まるで大砲のような轟音が響き渡り、鉄はへしゃげていく。

 義手の拳が砕けたと時、ちょうど壁をぶち抜けた。

 穴の中へと身を押し込むと、怯えた目をしていたアヤネの姿を目撃する。

 彼女の元へ駆け寄って身体に傷がないかを確かめた。

「どうして──?」

 アヤネは問いかけたが、ぼくは無視してベストをじていた南京錠に鍵を差し込んだ。

 爆弾付きのベストを引き剥がし、素早く扉の向こうへ投げた。

 アヤネの身体に覆い被さった。

 間断なくして爆弾が弾けだす。

 少々の揺れと熱線が舞い込み、あとに残ったのは焦げ付いた匂い。外を覗き込むと、炭化した肉片が折り重なっていた。

 もう追っ手はいなかった。いや、ロビーに上がるとまだ大量の特殊部隊や警察が銃を構えていたが、ただただ戦慄していた。まるで化け物を目撃してしまったかのように、仮面の男に慄いていた。一応ぼくは、アヤネを盾にして拳銃を向けていたが、その芝居もどうやら必要なさそうだった。後ずさりながら階段を登って行き、ミリオンバンクの屋上に出るぼくはアヤネを抱えて、ワイヤーを飛ばした。

 手の中でアヤネは震えていた。それは拉致されて人質になったことが半分くらいだろう。もう半分はぼくが殺した人の山を見てのことだった。

「なぜ……?」

 アヤネは今一度質問した。

「前も言った。アヤネが死んでも誰も得しない」

 もちろんそれは彼女が数多くのソフトウェアを生み出したからということもある。

 黒羽アヤネを失くすのは、人類の未来にとって不利益に繋がる。

「でもこれじゃあ、私はあの人たちよりも重たい命を持っていることになる──」

 突然アヤネは口を押さえて、嗚咽した。急上昇に身体が慣れなかったのか、精神的なものかは定かではない。ゲエゲエ言った彼女は口元と手を拭うと、おもむろにぼくの顔に手をかけた。ぼくの仮面を胸に抱いたアヤネはこう聞いた。

「どうして泣いているの?」

 自覚はなかったが、ぼくは泣いていた。

 仮面を外したその瞬間からどっと感情が溢れ出す。

 吐き気に耐えられなくなったぼくは視界のひずみを感じ、ワイヤーの打ち付け場所を誤った。墜落するように身が落ちていく。なんとかリカバリして、アヤネだけは傷つけないようにと、身体を丸めて右肩からビルの屋上に不時着した。

 しばらくぼくは立ち上がれなかった。

 全身に気だるさが襲いかかり、自分の胃液に溺れた。

 義眼がエラーを起こして眼窩がんかの中で這いずり回っていた。

「……後悔してるの? 私を助けたこと」

 言葉が出てこない。否定しようにも首を振ることもできなかった。ぼくの意思に反して、身体のあらゆる機能が障害を起こしていた。生身の方の腕すらも脈打ち始め、震えていた。

 なんとかぼくは携帯端末を取り出し、ルシエラ先生の番号に掛ける。

 頭の中が白く弾けていた。シャボン玉が弾けるように次々に何かが割れていた。

 次第にぼくの意識は薄らいでいく。

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