面会(4)

 ぼくと兄さんは孤児だった。

 思い出せる一番古い過去は、銃を握ったこと。物心ついた時にはもう銃の分解をさせられていた。毎日十キロにも及ぶマラソンとかけっこの日々。一番でゴールした者だけがその日の夕食にありつけた。

 六歳になった頃から射撃やあらゆる格闘技の訓練が始まった。その頃から勉強も同時並行して行われたが、適性のあるなしに振り分けられ、ぼくは運動する時間を多く割かれた。毎日尻を叩かれながら戦闘術を学んだ。時には銃口を向けられたこともあったし、教育的指導で死ぬ子だっていた。その孤児院は子供達にとってまさしく地獄という以外に他の言葉が見当たらない場所だった。その孤児院が兵士養成のために作られた施設だったと知ったのは、自動小銃を担いで外国の紛争地帯に派兵されてからだった。

 後から知ったことだが、その孤児院はだったそうな。

「現在──」

 とルシエラ先生がカップを机の脇に置きながら口を開いた。

「確認できている【〇五〇計画】の生き残りは君とトウヤくん」

 今より二年前、その孤児院はある武装集団に襲われ、職員もろとも抹消された。

 その時ぼくは右上半身に火傷を負い、兄さんは動かぬ人となった。

「冷たい言い方をすれば、〝少年期における機械化サイバネティックスが心身にもたらす影響〟こそが私が君たちを診る大きな理由だ」

 ルシエラ先生は嘘を言う人ではない。

 ぼくや兄さんの悲劇に同情したから診てくれているのではない。

「もっとも、【〇五〇計画】にしたって、当初の研究にはそういう意向があったろう」

 先生はリクライニングチェアを翻して、座るように指し示した。椅子に腰掛け、ぼくはシャツを脱ぐ。まず初めに左足膝下を取り外す。次に右耳と右の義眼を身体から分離させる。最後に複合肌ポリマー・スキンの皮膚を剥がして肩を開くと右腕を外す。

 先生は義手を手に持ち眺めながら、

「ずいぶんと酷使したものだな。X写真を撮らねば確証はできんが、人工筋肉の断裂と骨格にも亀裂が入っているだろう」

 ヴァージョンアップは済ませていたっけな、と独り言を述べながらルシエラはまた奥へと消えた。ぼくは残された左腕でカップを掴み、コーヒーを喉に流し込んだ。水槽の魚たちをぼんやりと眺めていると、先生はショッピングカートを押しながら帰ってくる。その籠には身体の部品が積まれていた。

「どうやら仕事を忘れていなかったようだ。しっかりとヴァージョンアップ済みだ」

 ルシエラ先生は仄かな微笑を浮かべて義手を差し出した。

 服を着るように腕を嵌める中、先生はラップトップ端末を手に持ち開いた。端末の側面からは一本の太いコードが伸びていて、端子の先にはクリップ型と針が付いている。

 それをぼくの生の指先に挟み込む。

「いくつか仕様変更があったので、制御ソフトを更新しておく。おそらく問題はないが生体と干渉を起こした場合は、すぐに私のところへ来るように」

 ぼくは頷いて返した。

 端末がカリカリカリと音を立てながら、微弱な電気信号がコードを通じて脳に流れ込むのが看取された。

「それで、フロイト心理学だったか」

 呟くように先生は述べた。

「フロイト曰く、精神は大まかに言って三つの層でできているらしい。〝自我〟〝超自我〟〝エス〟と彼は言った。このウチの〝エス〟とはいわゆる性的欲望のことを指す。また、ユングは〝意識〟〝個人的無意識〟〝集合的無意識〟の三つに分けた」

 ルシエラ先生は両手にそれぞれ三本指を立てた。

「しかしながら、現在の機 械 化 技 術サイバネティックス・テクノロジィの発達により、多くの精神分析学者はもう一つの階層が発生したと論じている」

「〝外在的無意識〟」

その通りe x a c t l y

 大きく頷いたルシエラは左手に三本指、右手に一本の指を立てていた。

「これの本分は機械化部分を制御することにある」

 先生はラップトップ端末に映るコマンドラインを指差した。

「神経工学は人の運動信号を解析するに至り、昨今人と機械との融合が成功した。ところが、奇妙なことに筋電部位モジュール制御コードを脳が独自の解釈を持つようなる。それが『外在的無意識』。つまり、元々備わっていた人格の他に機械から流入する意識が発生することをいう。おそらく、君の葛藤や自己矛盾と思える言動とは、自らと新規に発生した外在的無意識の衝突によるものと思われる」

 今日、身体を機械化しているなんてのは滅多ではない。科学技術の発達は先天的であれ、後天的であれ、不自由さはずいぶんと舗装された。

 もっとも、ぼくは腕や目を失ったから機械化されたのではない。部品を装着された。ぼくの部品は軍事用途の工学部品に加え、その制御ソフトは世間では流通していない特殊製だ。

 そして、と先生は続けて、

「残酷なことだが、君はもう以前の自分には戻れない。一度、機械の身体を手にしてしまった君は今から機械とのお付き合いを辞めたところで、潜在に刷り込まれた意識は消え失せない」

 制御ウェアのアップデートが終わり、先生はクリップを外した。ぼくの指先からは少しの鮮血が垂れる。先生は白衣のポケットから絆創膏を取り出して渡してくれた。

「つまりね、セナくん。何が言いたいのかというと、過去に目を向けるよりも、今後のことを考えるべきだと私はアドバイスさせてもらおう」

 最後に先生は聴診器をぼくの胸に当てた。

 先生は不意にニコリとして、

「大丈夫。君の心はちゃんと動いてる」

 その時、胸中で込み上がる熱い何かが感ぜられた。

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