面会(3)

 ぼくとカボチャ男は扉の両側に立った。彼は手信号ハンドシグナルで、スリーカウントで突入すると示した。ぼくが頷くと三本の指が数え降ろされる。ゼロになった時、カボチャ男は扉正面に向けて散弾を一発放ち、身を翻しながら再び脇へと身を隠す。空いた穴からぼくは閃光発音筒フラッシュバンを投げ入れ、爆発を待った。

 白光が穴から閃き、中にいた組合員たちの呻きが聞こえた。

 カボチャ男は扉を蹴破る。流れるような手さばきで次々に散弾を撃ち放つ。弾が切れると銃自体を投げ飛ばし、男の頭に打つける。マントの下からさらに同じ銃を取り出し、間断なく弾をばら撒いた。あっという間に安全確認クリアリングを終わらせたカボチャ男は「ふむ」と頷いて、生死の有無に問わず、全員に追い討ちを掛ける。

 おびただしい量の血と鉄くささが満ちていた。

 振り返るカボチャ男はお猪口ちょこを飲む仕草を見せ、

「どうです? 仕事後の一杯なんて」

「ぼく、未成年なん──」

 不用意な情報を漏らしてしまったと後悔する。

「人は殺めるのに、酒は飲まない。律儀ですなあ。まあいいでしょう。いずれまた会う日もありましょう」

 そう言ってカボチャ男は机脇にあった金庫を担ぎ上げる。当然、両手が塞がると抑えていたカボチャの破片がハラリと落ち、カボチャ男の素顔が晒された。

「ああ!? 恥ずかしい……」

 紅くつぶらな瞳を携える色白の男は途端にしゃがんで金庫で顔を隠した。

「ダメなんです。私、極度の対人恐怖症で、カボチャがないと人と目を合わせられないんです……」

 さっきは抱擁してくるほどフランキーだったのに、やっぱり間合いの取りにくい人。

 そんな中、TP-02はパタパタと飛び回り、様々な角度からカボチャ男の素顔をパシャりと撮影していた。

「や、やめてください! 肖像権を訴えますよ!?」

 サイレンが近づいて来た時、TP-02が口座送金の完了を報告する。報酬額に間違いはないとのこと。長居する必要もなかったので、ぼくは軽く助走を付けて窓へと飛び込んだ。ワイヤーを飛ばし、上昇するぼくはふと振り返る。カボチャ男はやって来た警察相手に真っ向勝負を挑み、次々に死体を築き上げていた。

 その後、仮面の男を剥ぎ取ったぼくはバイクを流しながら環状線をループしていた。

 なんとなく家に帰る気分じゃなかった。脳裏には先ほど死んでいった人たちの顔が思い起こされる。仮面をかぶった時、ぼくの心は沈黙する。しかし仮面を外せば、混じり合っていない感情達がぼくの脆い心を押しつぶそうとする。

『これでしばらくは食いっぱぐれないな』

 兄はご満悦だった。

『お前もそろそろ、に出した方がいい』

 ぼくは自嘲した。

『自虐か?』

「別に」

 兄は無線越しに盛大なため息を吐いていた。

『こんな時間だが予約入れといてやる。先生はドラキュラ体質だし、むしろこの時間の方が起きてるだろう』

「別に問題ないって」

『そうじゃねーよ。俺やアヤネ以外の話も聞けってことだよ』

 気乗りはしなかったが、即座に電話が鳴って、ルシエラ先生が今日なら空いていると告げた。気鬱を感じつつもぼくは追い越しレーンに入って、ギアを上げた。



 アイビー市の中央区とマツリカ区のちょうど狭間にある雑居ビルの三階と四階が〝ルシエラ医院〟の診療所だ。

 受付の電子パネルに携帯端末をかざすと、診察券がアップロードされる。その際、受付の奥に通りかかった若い女性看護師が身体を屈めると、

「あら、セナくんじゃない。こんな時間にどうしたの? 急患?」

 ショートカットに白金プラチナブロンドのユリアさんは、高校生と言われてもまだまだ通用するほどの童顔。いつも真っ赤な口紅ルージュを厚く塗っていて、大人を装う華やかな印象である。

「いえ、えっとその……」

 そもそもを言えば、ぼくは先生のところへ何をしに来たのだろう。

「あ、わかった。不治の病、恋煩いね」

 ユリア・ウィットネスはウインクをして、指で銃の形を作るとバキュンとぼくの胸を撃ち抜いた。どこぞの世界に恋煩いで通院する奇特な患者がいるというのだ。

「もう少し待ってて。ルシエラ先生、急な電話があって長引いているのよ」

 はあ、と曖昧な返事をしてぼくは待合室の長椅子に腰掛ける。

 普段なら兄さんと夕食を始める時間帯だったが、激しい戦闘をしたのに腹はあまり減っていなかった。

 殺風景な待合室はぼく以外に患者は居なかった。壁は年季が入っていて少し黄ばんでいた。電灯はところどころ、明滅を繰り返し、ぼくが座っている長椅子なんかも皮が剥けて、中のスポンジが飛び出ている。今にも潰れそうな内装を前に多くの一般人は回れ右をする。

 ルシエラ医院は暴力団関係者や不法滞在者たちにとっての隠れ蓑だ。とはいえ、無免許ではないし、外科医としての技術も相当なものである。もっとも、アウロ・ルシエラ先生は医者というよりも生 体 医 工 学バイオメディカル・エンジニアリング神 経 工 学ニューロ・エンジニアリング人工生命体工学サイボーグ・エンジニアリング研究が主文である。

 しばらくして、診察室から白衣を着た女性が姿を表した。ナチュラルウェーブの掛かった腰元まで伸びる青みがかった髪。ぼくよりもずっと背が高く、細枝のように華奢な女性。

 ルシエラ先生は血色の悪そうな顔色の中に薄ら笑いを浮かべ、

「やあ、セナくん。待たせたね」

 少しの風だけで折れてしまいそうな細腕をあげた。

 ぼくは小さく会釈をして返す。先生は受付に向かい「今日はもう休診で」と告げ、のそのそとした歩調で奥手にある階段の方へと進んでいく。

 あとを追いかけるぼくに先生はぼそりと、

「トウヤくんの調子はどうだい?」

「ええ、いつも通りです」

「まあ、聞かずとも彼のバイタルはネットワークを介して朝昼晩見ているのだがね」

 ルシエラ先生はくすくすと笑い声をあげていた。

「定期検診にはまだ日があったろう?」

 ルシエラ先生はぼくが今日ここに来た理由を問いかけていた。

 するとTP-02がするりとポケットから飛び出して、

『こいつ、アンビバレンスなんだよ。先生の口からフロイトでも語ってやってくれ』

 するとルシエラ先生は大口を開け、天井に向けて笑いあげた。

「そうか、そうか。思春期か。あながち恋煩いというのも、当たらずとも遠からずといったところかね?」

 まさか、とぼくは強く否定した。

 四階の廊下を奥に進み、資料室と銘打たれた部屋に招かれる。中は真っ暗だった。灯りの類はアクアリウムの照明だけ。部屋の中央には大きな机があり、山積みにされた紙媒体ペーパーメディアが散見される。

「コーヒーでいいかね?」

 ぼくは頷き返した。

 ルシエラ先生は一度隣室へと姿を消し、湯を沸かし始める。ぼくは壁際に隣接されたデスクトップ端末の前に近づいて、キーボード横にあったルーズリーフを手に取る。

〇五〇マルゴーマル号チルドレンのその後】と書かれた見出しにぼくは目を細めた。

 ぼくはその当事者だ。

 不意に過去がフラッシュバックする。

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