第4章

面会(1)

 アヤネの真実を聞かされた晩から一夜が明けた。

 大見得切ってカッコつけたのだが、正直あのあとアヤネがどうなったのか非常に気がかりだった。まさか死んではないだろうなと、そわそわしながら登校する。それゆえ昨晩はあまり眠れず、次々に生あくびが漏れていた。

 ぼくはいつも真っ先に登校し鍵を開けるのだが、今朝は先着がいた。アヤネだ。彼女の姿を見たぼくは安堵のため息を漏らす。

「おはよう、黒羽さん」

 頬杖を付いていたアヤネはぼくを一瞥し、ぼそりと「おはよう」と返してくれた。

 席に向かおうとするぼくの背中にアヤネは続いて、

「依頼があるのだけれど」

 ぼくは振り返る。

「ボディーガードをしてくれない?」

 ぼくは首を傾げた。

「君は困っている人を助けるんでしょう? 私は今非常に困っているわ。もちろんタダとは言わない。その、今お金はないのだけれど、君たちにとっても有用な技術を提供できると思うし、それにその……」

 今日のアヤネはえらく言い訳がましい。

「もしかしてだけれど、君のその筋電部位モジュール、メンテナンスくらいならできると思う」

 しばし逡巡するぼく。

「……もしかしてさ、黒羽さんはそれを言いたいがために昨日、会ったんじゃ?」

 すると急激に顔を真っ赤にするアヤネ。

「ば、馬鹿言わないで! 人見知りで、いつも本音が言えないからって、わざわざ君に銃口を向ける女なんてフィクションでもいるわけがないじゃない!」

 ずいぶん素直な子だと思うぼくであった。

 すると胸ポケットからするりと飛び出したTP-02が、

『てゆか、正確な言葉に言いかえるのならば、【マギシステム】とその開発者の保護ってところだろう』

 どういうことかと問いかけると、

『つーか、マギシステムに関しては穏やかじゃねーんだよ。なにせ、アイビー市の完全監視システムだからな。当然、色んな組織が狙ってる。つーか、結果的に仮面の男が手をかけたが、タイミングが早かっただけで、黒羽夫妻の暗殺依頼はごまんとあったのさ』

 ふーん、とぼくは気の無い相槌を打つ。

『で、当然その開発者である、アヤネを狙う組織は多いってわけ。もう少し詳しい話をしてやると、マギは監視だけじゃない。強化学習を兼ね備えたマルチエージェントってのが正体さ』

 ぼくにはさっぱりな話だった。

『分かりやすく言うと、毎日筋トレに励む掃除屋ってわけ。要するに独学で暗殺術を身につけるすごい奴ってことだ』

「なるほど」

『資産家が狙うのはデータマイニング機能。株取引の全自動化だろうな。軍隊だって、戦術の最適化を任せたいとすら思っている。もちろん、裏社会の人間だってこいつで金儲けを目論んでいる。しかしクロハネソフトはこれの機能に制限をかけたものしか、警察に提供しなかった。ま、おそらくそれを指示したのは君だろうけど』

 アヤネは小さく首肯した。

『それもあって、クロハネソフトは今、ごたついている。今月に入って、もう五人ほどが帰らぬ人だ』

「じゃあ、なんで今まで黒羽さん本人を狙わなかった?」

『大人のしがらみって奴だ。アヤネちゃんは様々な業界にソフトウェアを開発した。ゆえにその甘い汁を吸っている組織がアヤネちゃんが殺されると不都合だからな。その子は、色んな黒い情報を持っているわけさ。そして、アヤネは自分が死んだ時、その情報をばら撒くように仕向けてある』

「じゃあどうして今更守って欲しいと?」

 ぼくはアヤネに目を向けた。

『それら組織を相手にしても怖くない連中がアイビーに踏み入った』

「国外のスパイ?」

『まあ、それもあるだろうけど、他国もしがらみの内だからな。上手いこと出し抜く以上のことはせんよ』

「じゃあ?」

『先週頃、〝第00部隊ゴースト・チルドレン〟の残党が確認された』

 ぼくはピクリと眉尻をあげた。

『雇われだろうが、ウチらの古巣が下請けってのは、ほんと穏やかじゃねーぜ』

 それを聞いて余計に協力しなければならないと思い始めた。ぼくの結論は早かった。

「兄さん。この話を受けよう」

『おいおい、マジかぁ!? だってお前、00部隊は俺らの──』

「昔の話だ」

 TP-02は手を広げ、大きなため息をつく仕草を見せた。

『どうなっても知らねーぜ。俺は反対したからな』

「でも協力してくれるだろう?」

 TP-02は腕を組んで不満そうにそっぽ向いていたが、ぼくはTP-02を掴み、アヤネの手も取って、両者に握手させた。

 アヤネは照れ臭そうに頬を染めて「その……よろしく」と呟く。

 兄さんの方も『まあ、しゃーなしだ』とデレていた。

 それからポツポツとクラスメイトがやってきて、ぼく達は何事もなかったかのようにそれぞれの席に戻る。授業が始まるとアヤネは早速昼寝ならぬ朝寝を始めていた。昨日のこともあって、ぼくも眠たかった。しかしぼくはあまり頭のいい方ではない。高校生をやるのならば、ちゃんと授業を受けないと置いていかれる。正直、人を殺めるより高校生をやる方が難しい。

 昼休みになって、アヤネは大量の菓子パンを手に抱えて、屋上へと向かっていく。マルルガと数人の男子生徒に食堂に行こうと誘われたのだが、お弁当があるからと断りを入れて、ぼくはアヤネのあとを追った。屋上に出るとアヤネはベンチを独り占めして、実に幸せそうな表情でパンを頬張っていた。

 ぼくの登場に、アヤネは目を丸くしたが、パンの山を抱え寄せると席を空けてくれる。

「何か話でも?」

 とアヤネの方から切り出した。

「特にはないけれど」

「じゃあ、聞いていい?」

「何なりと」

「命を奪うってどんな気持ち?」

 物騒な物言いに一瞬ぼくの思考は停止した。

「……食事時にするような話じゃないと思うけど」

「そりゃそうよね。食べることはつまり生きるための行為なのだから。食べることと真逆よね」

「喧嘩売ってる?」

「純粋な好奇心から聞きたかっただけ」

「特に何も感じないよ」

 昔は罪悪感や悲しみ、怒りなど雑多な感情を感じたことだろう。しかし人は慣れていく。死体を積み上げていけば、心は逆に何も感じなくなる。いや、ある意味それが命を奪うという行為の代償なのかもしれない。

「どうして君はそういう生き方しかできないの?」

「ぼくにはそれしかないからだよ」

「馬鹿って嫌い」

 確かにぼくは勉強が苦手だ。たぶん言っても無駄なことなんだろうけど、アヤネは腹が減って眠れない夜を味わったことはないだろう。やっとありついた食事が受け付けなくて吐いてしまうあの悔しさなんて知らないだろう。吐瀉したものをもう一度食べようか迷う貧困の気持ちなんて分かるはずもない。

 きっとアヤネは清潔な環境で生まれた。不自由なく育った。虐待なんてぼくからすれば可愛いおままごとだ。きっとアヤネは、ぼくや兄さんとは対極な世界に生まれた。恵まれて、何もかも持っていて、苦労もしたことがない。

 そういうの反吐がでる。不幸にしたくなる。

 だって彼女は正義のために母を殺して、ぼくはぼくの為に彼女の母を殺したのだから。

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