仕事(4)

 ──二ヶ月前のこと。

 ぼくはトモヒロさん経由で、とある人物から暗殺の依頼を受けた。もっとも、学生としての顔を持つ薊セナではなく、当然仮面の男に対してだ。

 やりとりは古風な手紙で行われた。ある時刻にやってくる宿泊客を決まった時間に殺せとの指示だった。情報はほとんどなく、標的情報は同封の写真のみ。しかも凶器も同封されており、殺し方まで指示する几帳面っぷり。

 注意事項には、ターゲットの情報は極力知らないこと。ターゲットと会話を交わさないこと。それから、ターゲット以外には指一本触れないことの三点。

 もしも時刻に標的が居なかった場合は中止しろとのこと。その場合、成功報酬の半分は支払うとのことだった。ゆえにぼくらにとってはかなりリスクの少ない仕事だった。

 変な依頼だとは思っていた。だけれども、莫大な前金を目にしてぼくも兄さんも断ることは微塵も考えなかった。

 兄さんは依頼主の情報を探ろうとしたが、手紙から一切のDNAは検出されず、またトモヒロさんにしても仮面の男に手紙を渡すよう言われただけだそうだ。郵便業者を介さず、足取りは掴めなかった。配達者は依頼承諾の返事を出したすぐあと、こっそりアイビーの街から姿を消していた。

 そして暗殺の日付、ぼくは指定されたホテルへと向かった。

 ホテルはアイビーシティでも有数の高級ホテルで、多くの財界人や政治家達が好んで泊まるクリーンなホテルだった。加えて、その日の警備はかなり厳重で、ターゲットが自前で用意したと思われるボディーガードがたくさん居た。

 ぼくはホテルボーイに変装し、ターゲットの元へ向かう。部屋の前でボディーガードに身体検査をされたが、凶器は義手の予備スペースに隠して居たし、軍事技術ミリテクから応用された複 合 肌ポリマー・スキンは一目見ただけではそれが機 械 腕サイバネティックス・アームとは見分けがつかない。

 ベルを鳴らして、しばらく待つが誰も出てこなかった。ターゲットはこの時間中、シャワーを浴びていた。とはいえ、これも依頼主が予告した通りの出来事だった。

 ぼくは素早くシャワー室へと入り、女性の胸にナイフを突き立てた。

 そして何食わぬ顔でホテルを後にした──。


      ***


 車は静かにハイウェイを巡行していた。夜も深まり、今日も変わらずサイレンと銃声がどこからともなく響いていた。

 今にして思えば、黒羽アヤネはあの時殺害した女性に面影があった。

「なぜ殺したの?」

 アヤネは冷ややかな視線を送った。

 ぼくは答えられなかった。しかしTP-02がぼくの代わりに言い訳を発する。

『黒羽アヤカは外部にインサイダー情報を流していた』

 どうやらアヤネはぼくに兄がいることも掌握済みらしい。何度か会話を交わしたことから予想はつくかもしれないが、その時TP-02が発した声色は、ぼくの声と同一のものだった。ゆえにアヤネがぼくの言葉なのか兄さんの言葉なのか聞き分けが付くはずもないのだが。

「……金」

 ぼくは正直に思い浮かんだ理由を挙げた。

「じゃあ君はお金のためならなんだってできるの?」

 ああ、とぼくは返した。

 むろんぼくは金のためになんでもやってきた。金が必要だった。兄さんの治療費や生活費のためにお金が必要だった。もう一つ言い訳させてもらえれば、ぼくの筋電部位のメンテナンス費も多額のコストが掛かる。学生の身分で行えるバイトをコツコツやったところで払える額じゃない。だからぼくは殺しをやってきた。

 ぼくが生きるため。

 ぼくが救われるために。

「じゃあ私はこう依頼をするわ。いくらでも払うから、お兄さんを殺して」

 ぼくは後部座席に振り返り、アヤネを睨めつけた。

 するとアヤネは鼻を鳴らして、顔を歪めた。

「できない? そりゃそうよね、君にとってこの世で最も大切な人なのだから」

 そしてアヤネは静かに銃口をぼくのこめかみに押し当てた。

「私は、この世で最も大切だった人を奪われた恨みから君に復讐するわ。恨まないでね」

 ぼくの心臓が強く脈動していた。殺される。そう感じた理性は、助かる方法や対処策を練りに練っていたが、心の部分はどこか諦めを持っていた。そうされることが正しいことだと。殺人者の末路はこれ以外にないのだと。

「それで君が救われるのならば、ぼくは受け入れよう」

 アヤネは青筋を浮かべて、ぼくの首根っこを掴んだ。渾身の力を込めて、助手席の扉にぼくを打ち付ける。

「ふざけないで!! 私がその程度のチープな人間に見えるの!?」

 まるで獣のように怒りを剥き出した彼女は今にも引き金を引きそうだった。

!!」

 ぼくは目を点としていた。

 自動運転するハンドルがひとりでに傾いていた。ぼく達が暴れた際に触れたスイッチがワイパーを出していた。ギコギコと、この張り詰めた空気に似合わぬ音を奏でていた。

 ぼくはアヤネの言葉を理解するまでひどく時間を要した。息苦しむように彼女はブラウスのボタンを剥ぎ取ると、首から胸元にかけての痣の痕跡を見せつけた。それからポケットに手を突っ込んで乱暴に取り出された便箋びんせんに、ぼくは凍りついた。

 その便箋には当然覚えがあった。

 女性を──黒羽アヤカ殺害を依頼した人物に返信したぼくの便箋だった。

「まさか君が──」

 アヤネは深く息を吐くと、冷静に翻って、

「ええ、そうよ。母を殺すように依頼したのは私自身」

 なぜ、と問いかけることしかできない。

 アヤネは嘲笑した。実に乾いた笑い声をしばらくあげた。

 それから痣の跡を指差し、

「これは感情論。私は酷い虐待を受けていたわ。だけれども、それだけじゃない。私の父と母はあまりにも多くの人たちを搾取していたから。前述、君のお兄さんが言ったように、インサイダー情報を流して、株価の不正取引を行っていたわ。警察にも金を渡して、捜査の手が及ばないようにしていた。他にも租税回避のため、グレーな方法でアイビー市外へと内部留保を運用していた。しかも、武 器 商アームズ・ディーラ御用達。他にはテログループや戦争企業の資金調達元でもある銀行だったわ」

 アヤネはぼくから手を離し、ゆっくりとブラウスのボタンを掛け始めた。

「許せなかったの。私の倫理観が両親を許せなかった。別に私は虐待されていたから殺したいと思ったのではないわ。世界のために、大勢の人々のために両親は殺すべきだとロジックが判断したの」

 しかしアヤネの目には涙が浮かんでいた。

「父が母を殺したように仕向けたわ。あの包丁には父の指紋がたっぷりとついていたのだし、あの日ホテルには父しか入らなかったから」

 でも、とアヤネは言葉を続ける。

「死んだ母を見て私は悲しんだわ。心の底から悲しみが溢れたわ。それと同時に母を殺害した仮面の男と、依頼した私自身に熾烈な憎しみが生まれた」

 そしてアヤネは自分に銃口を向けた。

「ねえ、仮面の男さん。私は赦しを得るために死ぬべきだと思う?」

 その目はひどく達観していた。哀れんでいた。自分に失望し、非情で、冷酷で、残忍で容赦のない目つきだった。

 逡巡したぼくは変装していた中年男性のマスクを剥いだ。仮面の男から高校生、薊セナとしての顔を見せた。

 アヤネは驚きと困惑混じりにぼくを見据えた。

「何してるの……?」

「たぶん気づいてたと思うけど、仮面の男はどうやら君のクラスメイトらしい」

 ぼくは苦笑を浮かべた。

「バカじゃないの」

 確かに馬鹿かもしれない。

 馬鹿だからアヤネの引き金を止める方法がこんなことしか思いつかなかった。

「これでぼく達は互いの秘密を知った」

「だから何?」

「どうして君は仮面の男を突き止めようとしたのかが気になった」

 アヤネは少し首を傾げていた。

「きっとさ、君は一人じゃその罪の重さに耐えられなかったんだと思う」

 今更止まってしまった心臓を動かすことはできない。死んでしまった人を蘇らせる技術はない。だから謝っても死んだ人は蘇らない。だから赦されないこと。

「だからぼくを必死に探して、真実を打ち明けようと思った。それってひどく身勝手でずるいこと」

 アヤネの目に怒りと殺意がこみ上げていた。

 図星を突かれたから。本音の部分を責められたから。だから人は怒るし感情的になる。脆い心を言葉で逆撫でされると人は憤怒する。本当の自分を傷つけられるから。実質的な痛みを受けても人格は傷つかないことを知っているから、人は他者の身体を傷つけられる。

「むしろぼくが聞きたいよ。君はぼくにどうして欲しいんだ? ぼくに何を求めてる? ぼくに赦されても君は自分を赦さないだろう。母親に赦されても君は自分を赦せない」

 ぼくには声が聞こえる。言葉にならない声が聞こえる。

 助けを呼ぶ声に引かれてぼくは誰かを救う。今、アヤネは必死に助けを求めていた。でもそれはぼくにはどうしようもできないことだった。兄さんが言ったように、アヤネは救えない側の人間だった。やっぱり人間は複雑で難しいのだとぼくは思った。

 ぼくはアヤネから拳銃を優しく奪う。

 弾丸が入っていることを確認して、安全装置を下ろすと、薬室に銃弾を装填してアヤネの胸に向けた。

「頼まれれば撃つよ。死にたいなら殺してやる。だけどぼくは守銭奴だからこの依頼には多額の報酬をもらう」

「私は──」

 答えを聞く前にぼくは引き金を引いた。

 火薬の炸裂が車内に反響して、鼓膜を叩くほどの轟音が響き渡る。

 アヤネは固く目を閉じていた。弾丸は彼女の横を大きく逸れ、窓ガラスを突き抜けていた。防犯装置が作動し、車はブザーの悲鳴をあげながらハイウェイを進んでいた。

 それからアヤネは怯えた目をした。

 唇を歪ませ、今にも泣き出しそうだった。

「言っておくけど、黒羽さん。ぼくが誰かを殺すときは、死が誰かに救いを与える時だけだよ」

 今ここでアヤネが死んでも誰も得しない。ぼくだって胸糞の悪いことだし、アヤネ自身、救われない。アヤネが死んで得する人がいない以上、ぼくは殺さない。

 ぼくは扉を開け、ワイヤーを飛ばす。

 仮面を再び装着して、ぼくはアイビー市の空へと消えていく。

 黒羽アヤネは顔を覆い、泣いていた。

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