仕事(3)

「兄さん。あいつだ。アヤネだ」

 TP-02もカメラを覗かせ、兄さんは唸りあげた。

『飛んだストーカー女だな。てか、なんでここがわかった?』

 ふとミリオンバンクの事を思い出すぼくは、

「もしかしたら盗聴かも」

『俺らの回線、乱数かけてるんだぜ……?』

 しかしだ。街の監視システムを作った本人なら屁でもないことだと考えられなくもない。

「で、どうする? このまま空からエスケープ?」

『ちょっとだけ様子を見てからプランXだな』

 ぼくは頷いて、再びアヤネの様子を探る。

 アヤネは拡声器を口に当て、

「すぐに周囲を封鎖。海上及び、上空にも目を向けて」

 と指示を飛ばしていた。

 警官たちは即座に散っていく。

「というかさ、兄さん。なんでアヤネは警察官に指示を?」

 しばらく沈黙していたTP-02だったが、

『クロハネソフトからオニユリ区署長である刑事の個人口座に入金があった』

 買収か。

 本当にこの街は金でなんでも解決する。辟易とする思いだった。

『でも疑問なのはさ、黒羽一家は現在、クロハネソフトから退陣してるはずなんだぜ』

「どういう事?」

『つまりクロハネソフトを立ち上げた黒羽アヤネの両親も、黒羽アヤネ自身も、今はクロハネソフトとは関係しないんだ』

「でも黒羽アヤネの指示で金が流れて、今ここなんだろう?」

『分からん。俺は事実を見つけることはできるが、事実の裏に隠された感情や動機なんかは知りようがないからな』

 そうこう言っていると警察官たちは倉庫付近に残っていた何人かを取り囲み、職質していた。すると、拡声器からアヤネの声が港に轟いた。

「あー、あー。黒 い 妖 精ブラック・フェアリィに告ぐ」

 名指しされ、ぼくは思わずびくりとした。

「君は完全に包囲されています。おとなしく投降してください」

「……だそうだ」

『こうなりゃ、〝プランメタモルフォーゼ〟だな』

 思わずため息が漏れる。まったく、この兄はぼくの四苦八苦する姿を見て映画でも見ている気分じゃなかろうか。しかし案外、アヤネの動機を知るには良いプランかもしれなかった。

 ぼくは辺りに目を伸ばし、孤立していた警察官の背後に音もなく忍び寄る。周りから死角である事を確認すると、ポーチから注射器シリンジを取り出して、首筋に麻酔を流し込んだ。

 それから男を引きずって、身ぐるみを剥がす。制服を盗み、仮面を剥いだ。

 そして、何食わぬ顔でアヤネの元へ向かい、

「報告! 黒い妖精の姿は見当たりませんでした」

 と、ポケットの中でTP-02が発する変声された言葉に合わせて口パクをする。

 アヤネはジロリとぼくを吟味した。

「そ。まあこれだけの数を見れば尻尾を巻いて逃げるでしょうね」

 アヤネはパトカーの後部座席に乗り込み、窓を開けると、

「さっさと出して。もうここには用はないわ」

 と顎をしゃくった。

 ぼくは運転席へと乗り込み、

「どちらまで?」

 とまるでタクシー運転手のように問いかける。

「適当に。どうせ今日はもう帰ったでしょうから」

 ここにいますけど。苦笑しかけた頬を締め直す。

 ぼくは自動運転オートドライブにアイビー中心区を流すように入力した。パトカーはスムーズな加速から道路へと入って行く。港から遠ざかり始めるとアヤネはふとこんな事を問いかけた。

「ところで、ボブ。奥さんの様子はどうなの?」

 ──まずい。ぼくは今変装しているボブが誰なのかまったく知らない。懇願するように胸ポケットのTP-02をトントンと叩き、急いで情報をかき集めるように示した。

「もうすぐ予定日なんでしょう?」

「ええ、まあ。しかし子供のためにも金がないとねえ」

 兄さんは上手く会話を合わせてくれていた。ぼくはただ黙って、バックミラーからアヤネの様子をつぶさに観察する。

「あら、間違えたわ。予定日なのはジョンの方だったわ。というかボブは独り身でしょう?」

 ぼくは制帽を目深にかぶり、押し黙る。

 アヤネはくすくすと笑っていた。

「さて、仮面の男さん。警察署の方へ向かってくれないかしら」

「どこから?」

 ぼくは質問した。

 するとアヤネは腕章を剥ぎ取り、

「私は警察に協力したわけでも、買収したわけでもないわ。そもそも私はもうクロハネソフトには関係しないのだし、このパトカーは自前で用意したの。もちろん、港に居た警察官と私は何にも関係しない。まあパトカーを偽装する罪があるでしょうけど、それこそ小額なお金で解決するわ」

 思わず感嘆の声をあげたくなった。この時、ぼくの中でのアヤネの印象は、毒を持った花から花を食う毒蛇へと印象は変わりつつあった。

「警察官が私に指示を仰ぐなんて事自体がフィクションなの。つまり、声をかけてきた時点で、自供が成立したということになるのよ」

「どうしてそこまで?」

 しかしアヤネは昨日のように銃口を向けるわけではなかった。

「あなたがやっていることって何? こないだの、銀行強盗を逃したでしょう? あれってなに? 私はそれを知りたいわ」

「人助けだよ」

「それで君が救われるから?」

 ぼくはミラー越しにアヤネの目を覗き込む。鏡を介してアヤネの鋭い視線がぼくの目を貫いていた。

「巷じゃ、あなたは義賊なんて言われているけど、実際はひどく両手の汚れた犯罪者じゃない。今更、更生して罪滅ぼしのつもり?」

 ぼくは答えられなかった。

「ねえ、その手で一体、何人殺したの? それとももう覚えて居られないくらい大勢を殺してしまったの?」

 いや。ぼくは殺した人々の顔と名前とその背景を全部覚えている。鮮明に覚えている。誰もが黒いビジネスや、ぼくと同じように殺しを行ってきた人物たちだ。加えて、ぼくは殺した時に彼らが見せた苦痛な表情までもすべて覚えて居た。だがあることに気づく。ゾッとした。その瞬間、全身から急激に熱冷めていくのを感じた。

 まさか──と思ったぼくは不意にこう呟いた。

「黒羽アヤカ……」

「私の母よ」

 アヤネは冷たい目をしていた。

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