仕事(2)

 ぼくは変装道具をトランクケースに詰め込む。

 ドレッサーの前でメイクを始めながらTP-02に問いかけた。

「で、内容は?」

『アイビー港に今晩、とあるブツが運び込まれる。植木組からの依頼は、ブツの破壊。実はこの情報を先に掴んだ組がある。植木組とも繋がりのある組だ。今晩、立ち入って調査をするらしいが……』

 相変わらず、兄さんに暴けないものはない。

「ブツってやばいの? 麻薬とか?」

 TP-02は首を振るように身体を左右に振った。

『銃だ』

 ぼくがこの世で嫌いなものベストスリー。銃を輸入して、サバゲーで済むわけがない。

『ドンパチになるかもしれないな』

 ぼくは冴えない中年男風に顔が整うと黒単一色のブランケットを首から巻いた。TP-02を掴み、懐のポケットに突っ込む。雑居ビルの地下駐車場に降り、スポーツバイクにまたがった。エンジンサウンドを楽しむようにマフラーを吹かし、バイクのご機嫌を伺う。

 義手の部品をケチって買った新車は実に上機嫌だった。

『じゃあ行こうか』

 ヘルメットの中には無線機とスピーカーがあって、けたたましいエンジン音に包まれていても兄の声がよく聞こえた。一気にレッドゾーンまで上り詰め、ミサイルのように飛び出したバイクはあっという間に道路を撫で切り、ハイウェイに乗り込んだ。

 アイビー中心地区へ向かうパトカーが散見された。いつもより、警戒を密にしていることをぼくは不思議がる。

「今日って何かのイベント?」

『いや。こっちでは情報を掴んでない。ねずみ捕りかなんかだろう──』

 いや待て、とトウヤの声色が緊張感を持った。

『港に行く前にボランティアだ』

 ぼくの視界の中に小さく写る地図の中、マーキングされた赤い点が無数浮かび上がった。

『ティッシュ配りならぬ、小麦粉配りらしい。法外な取引は仮面の男さん的に天誅しなきゃな。いい小遣い稼ぎだ』

 ぼくは力強く頷いて、バイクを傾けた。

 中心区降り口より手前からハイウェイを離脱し、オニユリ区へと向かった。立体駐車場にバイクを止め、公衆便所に入ったぼくは黒いマントを羽織って、TP-02から仮面を受け取る。早速ワイヤーを摩天楼へと飛ばして飛翔した。ぼくは神経を研ぎ澄ます。アイビーの風を全身に浴びながら義眼をズームアップ。赤い点が示す実際の場所へと焦点を合わせた。

 落下から一気にワイヤーで方向転換。押し返そうとする空気を切り裂きながら最初の現場に舞い降りる。路地の影で怪しいアタッシュケースとプリペイドのマネーカードが交換される寸前、

「こんばんは。今宵は月が綺麗ですね」

 とぼくは腰を折る。

 男たちは手にあったはずのケースとカードが無くなったことに遅れて気がついた。

「てめえ!!」

「ご利用ありがとうございます。それでは良い夜を──」

 言葉が終わる前にぼくは上昇する。男は拳銃を取り出し狙いを定めようとするが、すでに闇と同化したあと。それからマークされた地点すべてに急行し、排水路に白い粉をぶちまけた。その後、いつものようにスカイタワーへと登り詰め、アイビーの街を見下ろした。

 今日の風も相変わらず乾いていて、硝煙と犯罪臭に満ちている。

「前座は終わったよ」

『中は?』

「特筆すべきこともないさ。ごくごく普通に出回ってる合成麻薬だろう」

 頂いたマネーカードの番号をトウヤに告げ、募金団体に寄付する。売人の胴元を絞めれば、この街の黒さも少しはマシになるだろうが、ぼくらにとっての重要な資金源を根絶やしにする気もない。正義だけでは飯は食えないのだ。

『じゃあ、港に向かってくれ。コンテナターミナルの場所をマークしておいた』

 にしても今日はパトロールが多かった。道路のいたるところに《特別警戒中》の看板が目に止まり、警察官の姿も多い。何か犯罪でもあったのだろうか──。

 確かに小麦粉売りも頻繁だったが、普段と比べても倍ほどもなかった。ただし、ぼくが売人らの現場に向かった際、妙に警察の姿を近くで見かけたなとは感じていた。中にはぼくを逮捕しようとする警察官だってしばしば。

「兄さん。ルート再考を頼む。警察の目が多い」

『了解。だが、ちょっと不思議だな。〝全知全能の目ゴッド・オブ・アイ!!〟ではパトロール中の車両はその辺に写ってないぞ?』

「交通カメラで確認してくれ」

 少し間が空き、

『……確かに。ウヨウヨいやがる』

 ふとぼくは第六感シックス・センスを感じ取り、義眼を最大倍率に高めた。画像解析が済むと、パトカーの後部座席に見覚えのある横顔が映る。黒羽アヤネ──。

 何故こんなところに? 何か犯罪に巻き込まれたのか──。いや、とぼくは否定する。彼女と一緒にいた警官は先ほどクスリの売人に職質をかけていた。もしかしたら自分たちの動きが読まれているんじゃないか。確証は無かったが、この街の警察の多さが彼女の仕業だとしたら説明つくような気がした。

『ま、立体ルートに行き止まりなんてねーけどな』

 TP-02は合成音声的な抑揚のない声で、

『ルートが変更されました。中央区スカイレールより移動してください。シートベルトを締め、安全なドライブを心ゆくまでお楽しみください』

 と兄さんは告げた。

 頷いたぼくはダイブした。ワイヤーを飛ばしてTP-02の背中を追いかける。空中回廊を自在に飛び回り、運行中列車の窓に飛びついた。すれ違いざまの列車へと飛び移り、シームレスな乗り換えをする。そうして目的地が近づいてくると、ワイヤーで手繰り寄せながら今度は電柱から電柱へ、ビルからビルを飛び移り、平屋の屋根を駆け抜けていく。

 ほのかに聞こえてくる波の音。空気には潮の匂いが多く混じり始める。

「もう間も無く現着」

 埠頭近くに黒塗りの車がたくさん停まっており、倉庫を囲んでいた。

『急いでくれよ。相手さんが突入態勢に入った』

 ぼくはコンテナ上を過ぎ去り、クレーンを中継し、倉庫換気口を蹴飛ばした。受け身からさっと立ち上がり、ぐるりと周囲を見渡した。

 銃を構えていた男たちはぼくの登場にぎょっと目を剥いた。

 しかしすぐに頭を沸騰させ、

「誰だてめえ!」

 と銃口を向けた。

 ぼくは礼儀を忘れず、丁寧にお辞儀をした。

「盗人です。今から銃を盗ませて頂きます」

 言い終わるやいなや、男たちの懐に飛び込んでいく。

 さすがに実銃を向けられることに恐れがないわけではない。ただ、それは慣れてしまったことで、強く恐怖するという機能がぼくには欠損している。銃口の向き、指の動き、瞳孔、瞬き、呼吸、筋肉の収縮。義眼を介し、それらの情報が視界の右半分にアップロードされる。いつどこに、どの方角に向けて銃弾が飛んでくるのか分かる。あとは経験則に従うだけ。引き金が引かれる前に安全装置セーフティを掛ければ弾は飛ばない。そして弾倉を抜き、スプリング、遊底、バレルの順で分解する。これは幼い頃に染み着いた技術の一つだ。

 左右から銃口が向けられる。

 ぼくは男たちの間をすり抜けながら、次々に銃を盗み、分解していった。

「ちょこまかと!」

 パイプを持った男が背後から腕を振り抜く。

 ぼくは義手で受け流し、脇にパイプを挟み込み、素早く足に絡ませ男を転がした。さらに四方から男たちの接近を感知。ワイヤーを天井に飛ばす。コンテナ釣り上げ用のフックにしがみつき、飛び込んできた男達から距離を取った。ふと背後で割れていた木箱をめくり上げると、自動小銃が雪崩れるように姿を現した。ぼくは木箱に向け爆弾をばら撒き、マッチを擦り投げた。

 火薬ガンパウダーに引火し花火が連鎖する。男たちが慌てふためき、悲鳴と怒声がアンサンブルする中、キャットウォークの手すりに着地したぼくはお辞儀をする。

「それではごきげんよう」

 バク転からぼくは侵入した換気口を飛び抜けて去っていく。

「ミッションコンプリート。銃は排除した」

『ご苦労さん。街に戻って小銭稼ぎでもするか?』

 そうしようと言いかけたが、けたたましいスキール音が道路の方から聞こえた。

 ぼくはさっとコンテナの影に身を潜め、道路の方に目を凝らす。次々にやってくるパトカー。大勢の警察官が姿を現し、最後に降り立ったのは腕章をつけたアヤネだった。

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