第3章

仕事(1)

 サンタマリア学院を後にして、ぼくはモノレールに乗り込んだ。夕方過ぎの列車には学生の姿以外はなく、窓から差し込む夕日は思わず微睡みを誘った。

 列車は【サクラ区前駅】に到着した。サクラ区は日系人が多く集う区画だ。超高層ビル並び立つアイビー中心地区から外れた南西の郊外。日本家屋や寝殿造りがあるわけでもなく、ベッドタウン型に傾倒した衛星都市である。

 ぼくは居酒屋集う商店街の裏路地を抜けていく。ひっそりと佇む雑居ビル。コンクリート打ちっ放しの内観は冷たい雰囲気を放っている。その最上階がぼくと兄さんの根城だ。

 エレベータを降りると、乗り込もうとしていた長身の男に出くわした。

 植木うえきトモヒロはどこぞの映画俳優だと言われても違和感のない長身白皙はくせきのイケメン。真っ赤なトゲトゲヘッドにサングラス。バイオレットのシャツを大胆に広げるハイセンス。イケメンという抽象的な言葉はトモヒロさんの為にあるような言葉だ。

 そして、トモヒロさんは『植木組』を束ねる若頭である。

「おう、ガッコ終わったか」

「はい」

「そういや、トウヤから仕事くれって頼まれたが、すまねえな。今、セナ向けの適当な仕事がねえんだわ」

 ぽりぽり後頭部を掻くトモヒロさん。

「いえ、大丈夫です」

 トモヒロさんも植木組も暴力団組織ではあるが、その信念は実に清潔だ。このサクラ区の安全、そしてアイビー市に蔓延る黒い商人たちを粛清している。そういうのは警察の仕事ではあるが、この街の警察組織は腐敗している。過去、自警団的に立ち上がった『植木組』だが、構成員の増加と組織運営のため、資金が必要で、かなりグレーな仕事も手がけている。とはいえ、トモヒロさんは知らない。植木組が雇っているプロこそが〝仮面の男〟すなわちぼくたちなのである。たまに暗殺の仕事も兄さんを介して依頼されるが、ぼくは殺しをやらない──スタンス。でも現実はそういうわけにもなかなかいかない。

「じゃな、ちゃんと宿題やれよ」

 トモヒロさんは軽く右手を上げエレベータに入って行った。

 ぼくは廊下の奥へと進み、さらに非常階段を一つ上がって、ビル五階の自宅へと到着する。網膜認証と指紋認証を施し、電子錠を開け、玄関に入った。

「ただいま、兄さん」

 すると懐から飛び出したTP-02がくるくると回りながら喜びを露わにした。

『セナ。待ちくたびれたぜ。三時のおやつにしよう』

 なんかあったかな、とぼくは冷蔵庫を覗き込む。

 プリンとヨーグルトを手にとって、棚からミキサーを下ろして放り込んだ。

「ねえ、兄さん。今日は何か変わったことでもあった?」

『特にはねえよ』

 ぼくはヨーグルトプリンスムージーをコップに移し替えて、盆に載せる。衣装に工具と仮面の男グッズが散乱するリビングを通り過ぎ、ロフトへ通じる階段裏にある扉の前に立つ。電子錠にさらなる認証を済ませ、兄さんの部屋に入った。今一度ぼくは「ただいま」という。

 無数の管に繋がる兄トウヤはまるで死んだように眠っていた。

 すると背後からTP-02が、

『あまり見んなよ。恥ずかしい』

 人工筋肉でできたベッドは床ずれ防止に静かに脈打っていた。たくさんのモニタリング機械に目を伸ばし、兄さんの健康状態に問題がないことを知るとぼくはホッと胸をなでおろす。

「昼は何食べた?」

『いつもと変わんねーよ。総合栄養液』

「自分で食べる?」

『言われなくても』

 TP-02がアームからスムージー入りのコップを手に取り、兄さんの口元へと近づいた。ベッドが浮上し、起き上がった兄さんの口にゆっくりとプリンヨーグルトを流し込み始めていた。その間ぼくは尿瓶タンクを取り外し、トイレへと向かう。ついでにぼくも用を足して、風呂場で軽く濯いでから兄さんの元へ帰る。

 小さな丸椅子を引っ張り出し、腰掛けると、

「さっきトモヒロさんに会ったよ。ここに来たんじゃないの?」

『まあな。トモさん、俺の顔見てケラケラ笑いやがった』

「なんで?」

『鼻毛が伸びてるぞってな』

 トモヒロさんは時々、兄さんの世話をしにきてくれている。あの人は暴力団の若頭であるが、ぼく達兄弟のことを気にかけてくれている。そういう意味でもぼくはトモヒロさんを嫌いになれない。

 ぼくはTP-02を優しく手に取ると、

「……真面目な話、ぼくは信念を曲げてもいいと思ってる」

『なんの話だよ』

「本格的に暗殺業を請け負ってもいいと思う。その方がまとまった金になるから」

『行っとくがな、セナ。俺はこのヒキニート生活が大好きだ。女とセックスできねえのがしゃくだが、俺は勝ち組だぜ』

 ぼくの狙いは、寝たきりの兄さんに全身躯体フルボーグを用意しようという魂胆だった。

「兄さんと学校に行けるなら、他人を殺しても厭わない」

『穏やかじゃねーな』

 躯体は高くつく。それも脳以外の全身ともなれば、ビル一棟が余裕で建ってしまうほどの額だ。ぼくは夜のお仕事の報酬を密かに貯金をしているが、目標の額の一割にも届いていなかった。高校生が終わる三年間で兄さんに身体を用意するなんてのは、ほぼほぼ不可能な話だった。

『あのな、セナ。俺も真面目に返すが、俺は一人でも生きて行ける。別にお前に世話されなくても、自分のことは自分で全部できる』

 人工筋肉ベッドや【TPシリーズ】を作ったのは兄さんだ。兄さんがまだ五体満足に暮らしていた時、様々な発明をした。

 ぼくと兄さんは一卵性双生児。顔も背格好もほとんど同じ。まるで合わせ鏡。ぼくからすればドッペルゲンガーを見ているような気分だ。だから、遺伝情報にほんの少しの入れ違いがあったら、もしかしたら今の立場はまるっきり逆だったかもしれないとぼくは思う。

 とはいえ、顔立ち以外に兄さんとぼくの性格は真逆だ。

 兄さんの方が明るく活発。

 陰と陽。月と太陽。

 時々ぼくは兄さんの性格を羨ましく思うことがある。ぼくが落ち込んで暗い時はいつも励ましてくれた。だから兄さんと居られるこの時間がぼくにとって何よりもの大切な時間。

「ぼくには兄さん以外何も要らない」

 TP-02はアームを広げて、まるでため息を吐くような仕草を見せた。

『じゃあ、やるか? 今日の仕事。穏やかじゃねーぜ?』

 ぼくは頷いた。

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