再会(3)

 続いての数学の授業中もアヤネはヘッドホンで外界を遮断。糸状端末から調べごとをしていた。そんな彼女を注意しに来た教師を、

「高校数学なんてママゴト以下。神聖な思考の邪魔をしないでくれます? なんなら、先生様にカントール関数の問題でも出しましょうか?」

 と一蹴。

 続いての体育教師も集団行動を乱すアヤネを屈服させようとしたが、男子顔負けの記録を前に言葉を失っていた。すべては黒羽アヤネという少女の天才性を誇示するデモンストレーションに過ぎなかった。

 頭脳明晰、運動神経抜群。加えての容姿端麗で男子の視線はメロメロ。

 賛美な熟語が非常に似合う完璧な存在。

 欠点のなさから、もはや人かどうか疑わしい。

「あんな人間がいるなんて世の中不公平だわな」

 隣にいたミラー・マルルガは冷静に呟いた。入学初日にマルルガの方から声をかけられて、なんとなく親しくなり始めている。赤毛の短髪で肉付きの良い男子だ。外見的には機械化サイバネティックス部分を持たぬが、幼い頃に患った病気が原因で人工臓器に換装しているのだとか。それで激しい運動は禁止されており、いつも見学している。とはいえ、性格的には明るい方で、クラスでの市民権も悪くない。

「不公平こそが最も公平な公平性さ」

 ぼくは川にささ舟を流すような優しさで言い募った。

 多くの不公平を見てきたぼくの持論。

「でもさ、きっと彼女、皆が思っているよりストイックだと思う」

 マルルガは首を傾げた。

「筋肉だけは嘘つけないよ」

 筋肉の質、速筋遅筋の割合。腱などの靭性、剛性は確かに天性の才能というものがあるだろう。だが、筋力維持だけは運動を繰り返さなければどうにもならない。

 兄さんが集めたプロフィールには、黒羽アヤネは一切の機械化部分を有していないことを挙げていた。

 つまり完全有機人間パーフェクト・オーガニック

 今時、生まれたままの完全性を維持できるアイビー市民なんてそれだけで希少価値が高い。言い換えれば、アヤネはぼく達とは異質な存在。

 するとマルルガは男臭い脇の下にぼくを抱え込んで、

「で、お前的にはどっちが好みよ? この学校のツートップは紛れもなく黒羽さんとフェテリシア先生だ。俺的には母性溢れそうなフェテリシア先生だな」

 とはいえ、完璧だと思われたアヤネにもひとつ欠点があった。おそらくだが、その頭脳と引き換えに栄養が胸には行き届いていない。でもそのギャップもいじらしく感じる。

 隣の男子グループも同じように、アヤネの美貌を語り合っており、慎ましやかな胸に対し賛否両論な議論が繰り広げられていた。

「誰がちっぱいですって!?」

 アヤネは地獄耳らしかった。キーキー声で喚き、顔を真っ赤にしてていた。

「無駄な重りがないから早く走れるんだろうね」

 ぼくとマルルガは密かに笑い合った。

 それから昼休み。委員長のベル・ブラウンが腹に据えかねた様子でアヤネの前に立つ。

「黒羽さんはどういうつもりでここにいるのですか?」

 菓子パンを頬張っていたアヤネは見上げた。

「授業中は居眠り。先生には口答え。授業はサボタージュするし、協調性がありません」

 ベルは褐色の肌におさげの黒髪。丸縁メガネに加えて頬に薄いそばかすを見せる、いかにもな委員長だし性格も委員長タイプ。ちなみにだが、ベルは工場のバイト中に指をなくして、十指を筋電部位に変えている。

「どうもこうもないわ。私の目的はただ一つ。このクラスの中にいる犯罪者を消すこと」

 ぎょっと目を剥くベルは叫びをあげた。

「いい加減にしてください! 虚言でクラスの雰囲気を悪くしないでください!」

「虚言?」

 アヤネは鼻を鳴らす。たっぷりと軽蔑込めた表情が浮かび上がっていた。

「犯罪とまではいかないまでも、ここにいる全員が、には言えない話の一つや二つ抱えているんじゃないの?」

 アヤネの言葉にクラス中は固唾を飲んだ。アヤネは糸状端末をベルに見せつけた。ちらりと見えたのは、制服姿のベルが年配の男性とデートしているところの画像だった。

 ベルは目を大きく見開き、固まっていた。

「別にあなたたちを軽蔑しているわけじゃない。私の邪魔をしないでと言っているだけなの。分かる? それくらい理解できるわよね?」

 追い打ちをかけるアヤネ。しかしベルは反論ではなく、頬を打ち抜いた。

 乾いた音が教室に響き渡る。気持ちいい音を奏でた平手打ちだった。

「あなたなんかに分かるはずもありません! ここにいる皆、毎日を必死に生きているのよ!!」

 ベルは喘ぐように吐き捨て教室を出て行った。

 怪訝な視線を浴びるアヤネもさすがに耐えられなくなったのか、パンを腕いっぱいに抱えて教室を後にする。すかさずぼくはアヤネの後を追いかけた。

 アヤネの袖口を掴むと、

「ちょっといい?」

 と投げかける。

 アヤネは訝しげな目でぼくを睨みつけた。

「何?」

「一つ、君の間違いを訂正させてもらいたい」

「だから何?」

「あれは援交じゃないよ」

「……は?」

「ベルと彼は本気だ」

 むろん、ベル自身が言ったことではないし、この事実はぼく以外、ベル達本人しか知らないことだろう。なぜぼくが知っているのかというと、以前ぼくが仮面の男としてボランティアをしている時に、二人を助けたことが起因する。

 不良に絡まれ、カツアゲされそうだったベルにボーイフレンドは身を投げ出して戦いを挑んだ。ボロボロになってもベルだけは守ろうとした。そこに愛がないはずもない。

「そ」

 アヤネは短くそういうとぼくの手を払って立ち去った。

 ぼくはアヤネの背中に向けてため息を吐く。きっとアヤネはここがどういう場所なのか知らない。いや、アヤネにとって、ここは仮面の男を追い詰めるためだけの場所なんだろう。ぼくにとっての聖域を汚されるのは堪ったものじゃあない。

 ぼくは空き教室に入り、TP-02をポケットから取り出した。強張った筋肉をほぐするかのようにTP-02はアームを伸ばした。

 すると兄さんは『ナンパか?』と声をかけた。

「学校をなんだと思ってるのさ」

『若者の最新情報が集う場所』

 相変わらず兄さんは乾いている。

 するとTP-02はアームで旧校舎屋上を指した。アヤネの姿が目に止まる。彼女はパンを食べ終えるとヘッドホンで外界を遮断し、膝を抱いて体を丸めていた。哀れみを感じなくもない。たった十四歳で大学に進んだ背 景バックグラウンドをぼくに置き換えて想像してみれば、孤独だったのではないかと思うことができた。

 得てして人は本心と違う言動をしがちだ。弱い人ほど自分を飾ろうとしていく。弱いことを知っているから。自分が強くないことを知っているから強くあろうとする。飛び抜けた才能は時に軋轢を生む。黒羽アヤネの人格は才能に恵まれ過ぎたからこそ、ああも歪んでしまったのではないかと思えてならない。

「……なあ兄さん。あの子も、黒羽アヤネも救ってあげられないかな」

 ぼくは素直にそう呟いた。

『お前の悪い癖だぜ。この世には救える奴と救えない奴がいる。お前も知ってんだろ?』

 もちろん分かっているつもりだ。ぼく手はすでに汚れきっている。もう汚れた手を生み出さないために、汚れを引き受けることにしたのだ。だからぼくはできるだけ他人を救いたい。だけど、アヤネを救えないなんて思いたくもない。

『救えるのは事実と物理的状況のみ。精神的事象と複雑性は解きようがない』

「あの子さ、たぶん戦ってる。それが仮面の男を殺したい理由なんじゃないかな」

 ただの勘ではある。だが昨日のアヤネからはあくせくする焦りの臭いを感じた。

 絶望からの逃げ道を探しているような。

 ──あの時のぼくたちのような。

 そんな情動をアヤネは抱えていた。

「言ってたんだ彼女。友達はいらない。幸せは分配できないって」

 それはきっと強がり。傷つかないように防波堤を積み上げたセリフ。

 しかし兄さんは何も言い返そうとはしなかった。

 それからぼく達は何も言わずに昼休みを終える。午後の授業もあっという間に過ぎ去った。クラスメイトたちは、バイトや家の手伝いに忙しくそそくさと帰っていく。ぼくも夜のお仕事があるのでさっさと帰ろうとしたが、ポツンとひとりで席に座るアヤネの姿が気になった。彼女はまだ調べごとをしていた。

 でも、かける言葉が見つからず、結局ぼくは無言で立ち去った。

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