再会(2)

 一限目が終わり、トイレに駆け込んだぼくは糸状端末を引っ張り出した。

 兄さんはわずかな時間の中でアヤネの情報を集めてくれていた。ぼくはアップロードしてくれたファイルに目を凝らす。とはいえ、デジタル情報で確かめなくとも黒羽アヤネは相当な有名人。ぼくですら〝クロハネソフト〟には覚えがある。その創業者の黒羽シゲタキの一人娘らしい。若干一四歳で有名大学に入学し、世間を騒がせた人物。加えて、昨年公安警察から発表された、アイビー市を監視する【マギシステム】の開発者と言う肩書き付きだ。そんな彼女が今更、最底辺高校に編入するなんて目的は一つしかない。

 仮面の男。それはおそらく殺すため。

『しかしまあ、刺客って線はねえだろう。プロを雇えばいいんだからよ』

 TP-02が胸ポケットからひょっこり現れた。

 確かに兄さんの言う通りかもしれないが、昨日彼女は殺すつもりで銃口を向けた。

「……彼女自身の手で殺さなきゃならない理由があるかもしれない」

『お前、なんかしたのか? 痴漢とか?』

 ぼくは首を振った。そもそも黒羽アヤネと会ったのは昨日が初めてだし、薊セナとして会ったのは今日が初めてだ。しかも名前を知られてしまっている。そしてぼくの通う高校に転入してきた。これはもう、身バレしていると考えた方がいい。

「というか、どうやって転入できたの?」

『今朝方、黒羽ソフトがサンタマリア学院のスポンサーに名乗りを上げた。その手際の良さ、残忍性はあっぱれというしかない。なにせ、黒羽アヤネは理事長だからな』

 唖然とするしかなかった。

『これは俺の根拠もない想像だが、単純にアヤネはお前の命が目的じゃないと俺は踏んでいる。何かを追っている。その過程の中におそらく仮面の男の存在がある』

 ぼくは逡巡する。記憶を探ってみたものの、やはりアヤネと会ったのは昨日が最初だ。向こうはどこかで自分たちを目撃していたかもしれないが、毎回顔を変え、面を付けるぼくの素顔を知るはずもない。

『けど、そのあれだ。悪かったな。俺のミスだよ』

 ぼくはTP-02のカメラに見えるよう首を振った。

「兄さんの所為じゃないさ」

『今度から互いをコードネームで呼び合うか。何が良い? 俺はサンダー大佐で』

 確かに兄さんがぼくの名前を口にしてしまって、ヒントを与えてしまったのはあるだろう。しかし天才ハッカーである薊トウヤが作った暗号化通信を意図も容易く盗聴できたなんて誰が想像できるだろうか。

『とにかく動向には注意しておけ。もう少し情報を探ってみる』

「わかった。こっちでも探りを入れてみるよ」

『あまり深入りするなよ。もしかしたら勘違いって線も無きにしも非ずだ』

 どうだろうか。

 話を切り上げ、教室に戻るとアヤネはまだお昼寝に夢中だった。二限目が始まっても授業を聞く気はまったくなく、時々「仮面の……男……」と寝言を言っていた。他の子達には聞こえないほどの音量だったが、ぼくの機械の耳が一言一句、また息遣いのリズムすら聞き漏らさずに音を入力していた。低血圧かな、とぼくは呑気な疑問を浮かべた。

 三限目は美術の授業は移動教室もあってか、さすがに起きていた。ぼくは画材を取りに行くフリをして、こっそり背後からアヤネの様子を覗き込む。

 スケッチブックを見たぼくは驚きを隠せなかった。

 仮面の男の細部まで完全に模写していた。顔立ちこそはお面で隠されているが、細身で筋肉質な青年、黒髪のストレートヘアはまさに今のぼくとぴったりと一致する。

 さらにアヤネはぼくの生身と機械部分をきっちり把握していた。左膝から下。右腕の肩から指先まで。それから右目の義眼と右耳。加えて近似値の性能スペック情報まで握っていた。

 そしてアヤネは鉛筆でゆっくりと紙の中にある心臓を貫いてゆく。

 ぼくは心臓が刺されたような気がして胸を押さえた。

「その人に何か恨みが……?」

 尋ねずにはいられなかった。

 アヤネは振り向かず、

「君、薊君だっけ? この男のことを知っているの?」

 冷ややかな口調だった。

「ああ、まあ。ネット上で噂になってる黒い妖精ブラック・フェアリィだっけ?」

 アヤネは振り向いて目を据えた。

「偶然にも私が掴んだ情報と、君と一致する部分があるのだけど」

 聞かずとも名前のことだろう。

 アヤネはぼくを吟味するように目を上下させた。

「だからと言って、君がそうだとは思わないわ。私の印象とずいぶん違うもの」

 違ってて悪かったな。

「きっと彼の頭の中は私でいっぱい。今頃、血眼になって調べているでしょうね」

 アヤネは冷笑を浮かべながらそう言った。

「その人に興味があるの?」

「ええ、そうね」

「取材? それか捕まえるとか? あるいは仲間になるとか?」

「殺すわ」

 アヤネは躊躇う様子もなく短く言った。殺すなんて危なっかしい言葉は嫌という程浴びてきた。だけど、実際に殺す意思のあるやつ、やってのける重みのあるセリフは、滅多にお目に抱えるものではない。可愛らしい顔してアヤネは本気だった。

 ぼくの中でアヤネは毒を持った花という印象に変わっていた。

「どうして……? その人に何かされたとか?」

 やんわりと問いかけたが、アヤネはバッサリ刀で切り捨てるように、

「弱肉強食の世界で、優しさは時に人を傷つける。施しは必ずしも救いを与えるわけではないのよ」

「君は傷ついた側?」

 アヤネは眉間にしわを寄せ睨みつけた。それは獲物を食い殺すような目つきだった。

「さっきから何? 私が好きなの? 言っておくけど、そういうの興味ない。友達とかやる気もない。私の興味は仮面の男だけ」

 ぼくが仮面の男です。お友達になりましょう、と言えばどんな反応を返すのだろう。

 ずっと顔をしかめている彼女が「ええもちろん」なんて返答はありえないだろう。

 アヤネが笑ってるところを想像するがうまくいかない。

「私と話したいなら、妖精さんの情報を持ってくること。だからと言って、君と楽しくお喋りするつもりなんて毛ほどもないわ」

 アヤネはそう吐き捨てて教室から立ち去っていく。

 ぼくは大きなため息を吐くのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!