第2章

再会(1)

 ピンクの花びらが絨毯を敷き詰める季節。

 まだ肌に馴染まない制服はどこか居心地の悪さを感じないでもない。

 窓外へと目を伸ばすと、学生達の登校風景が目に止まる。その背景にはふてぶてしく青空を貫いくアイビーシティの象徴、スカイタワーがいやでも目に入る。

 あくびを漏らしながら廊下を歩いていると、ぬっと背後から伸びた手が肩に触れた。昨晩、狙撃手に削られた痛みに思わず悲鳴をあげそうになった。抗議するように殺気立った目で振り返ると、担任のフェテリシアがニコリと笑顔を向けていた。

「おはよう、あざみ君」

 柔らかな微笑みに、すっかりぼくは毒気を抜かれてしまう。

 ぼくと同じくしてリール・フェテリシア先生もピカピカの一年生だ。まだあどけなさの残る顔立ちは菜の花のようにしとやか。金髪がよく映え、修道服を違和感なく着こなしている。

「薊君。お願いがあるの。机と椅子を用務室から取ってきてくれない?」

 チャーミングな先生に頼まれれば、いやとは言えないのが男子高校生の摂理である。

「もちろんですよ」

 ぼくは真面目な好青年を演じ、快く引き受ける。だがこの姿も〝仮面の男〟のように皮を被った一人を演じているだけに過ぎない。

 ぼくに本当の顔はない。

 フェテリシア先生はぼくと別れたあと、すれ違う生徒一人一人に挨拶を交わしていた。しかし全員が挨拶を返すわけではなかった。いやむしろ、皆顔色は暗く落ち込んでいる。

 昨日まで顔色よかった子が蒼白した顔つきで登校するのは珍しいことじゃない。あるいは体の一部が粗悪品の筋電部位モジュールだということもそう珍しいことじゃない。ここに通う生徒は親を持たぬ子供か学費を払えない子だ。今時、無償の公立校なんてアイビー市にはサンタマリア学院高校しかない。

 この街は富こそが強者の証。昼も夜も関係なく奪い合っている。肥えた豚どもを葬ったところですべてが良くなるわけじゃない。また新たな豚を生み出して、誰かが搾り取られるだけである。と、兄トウヤが言っていた。曰く、租 税 回 避タックスヘイブンがどうとか、資 金 洗 浄マネーロンダリングがなんとからしい。世界も人間も複雑。ぼくには難しすぎる。

 用務室に到着したぼくはできるだけ綺麗な机と椅子を探した。

『ところでさ、セナ』

 ブレザーの内ポケットから顔を出したTP-02が兄さんの声を発した。

「何?」

『昨日の戦闘で大分損耗したんじゃねーの?』

「まだ保つよ。筋電部位は高価なんだし、ましてだからそう何度も取り替えられるものじゃないでしょ」

『そろそろ、仕事しなきゃなんねーかもな。家賃の支払い期限も迫ってるし』

 気が重かった。学もなく限られた技術しかないぼくがこなせる仕事なんて限られている。それはぼくや兄さんのポリシーからすれば大きく逸れる仕事だ。夢を抱いても、やりたいことがあっても、時に信念とは相反することをしなければ夢を見ることすら叶わない。

 それが現実というやつ。

『セナ向きのお仕事を訊いといてやるさ。それか、フリーランスってのもありかもな』

「やだよ絶対」

『俺はありだと思うけど』

「殺しはやりたくない」

『結構金になるけどな。そうそう、昨日の強盗な、今朝から路上ライブを始めたみたいだぜ』

 それを聞いてぼくは救われる思いだった。ぼくが仮面の男で誰かを救うのは自分が救われるため。ぼくはぼくのために他人を救う。

 口を閉ざしたTP-02は、そっと胸ポケットに身体を隠すとそれ以上は何も言おうとはしなかった。

 ぼくは机と椅子を持って教室に運び入れる。ほぼ同時に予鈴が鳴った。見渡すと先週まで満席だった教室にはもうポツポツと空席が目立っている。どこか寂しさを覚えないでもない。フェテリシアがやってきて、ホームルームが始まる。特に連絡事項もなく、高校生、薊セナの生活が進むかと思われた時、教室に馴染みのない風が舞い込んできた。

 やってきたのは黒髪でショートカットの女の子。

 ぼくは驚かずにはいられなかた。自分の思慮浅さにほとほと呆れたというか、昨晩の件の事後処理の甘さに不甲斐なさを思った。昨日ミリオンバンクで出会った少女。人質Aさん。ぼくに銃口向け、引き金を引いた女の子。黒羽アヤネは、サンタマリア学院の制服であるキャラメル色のジャンパースカートを着用していた。ほんの一瞬、彼女は目をクラス全員に這わせた。

 不意に目があった。すかさずぼくは視線を逸らす。どうしてここに──。

 アヤネは名を流麗な筆記体で黒板に記入すると、挨拶もなしにすたすたと歩き始めた。

 彼女が横を過ぎ去る際、心臓がばくばくと脈打っていた。

 ぼくは声を潜めて、TP-02に声をかける。

「兄さん……昨日の……」

 TP-02がこっそり顔を覗かせ、アヤネの様子を探った。

『……おいおい、マジかよ。大学生だったんじゃねーの?』

 兄さんは気を使ったらしく、TP-02からの音声ではなく、耳小骨に直接埋め込まれている無線から返答した。

「こっちが聞きたいよ。兄さんの方で調べておいてよ」

『有用な情報が出るとも思えないがな』

 振り返るとアヤネはヘッドホンで耳をすっぽり覆い、雑音をシャットアウトしていた。

 見かねたフェテリシアは取るように注意したが、アヤネは聞く耳持たずで、棒キャンディを口に投げ込むと机に伏せた。

 誰にも聞こえないほどの小声でアヤネはぼそりと、

「仮面の男、みーつけた」

 とニヒルな笑みを浮かべた。

 ぼくの背中に冷たい汗が流れた。

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