遭遇(3)

 TP-02が弧を描きながら赤いランプを明滅させる。

『まずいぞ。特殊部隊が突入しやがった。五分でそっちに着く』

 ぼくは軽く息をつく。

 結局こうなる。ぼくの人助けはいつも戦いだ。

「時間がありません。今から五分だけ稼ぎます。その隙に逃げてください」

 男にそう告げ、踵を返したぼくは金庫室前を立ち去った。

「兄さん。突入ルートのピックアップと、部隊戦力の概算をお願い」

『もうやってるよ。やっこさんの数はざっと三〇名。西側二階と東側一階から一小隊ずつ。正面玄関に残り全部。それから窓には出るな。狙撃手スナイパーがいる』

「プランは?」

『プランXじゃね?』

 つまり出たとこ勝負。隙見てエスケープ。〝X〟に特に意味はない。

 階段を登ったところで、TP-02が慌てて身を翻した。それから口をパックリと開いて、折りたたんだ黒いマントを引っ張り出した。

『気休めくらいにはなるだろ』

 ぼくがマントを羽織っていると発煙弾スモーク・グレネードが投げ込まれ、モクモクと白煙を撒き散らし始めた。義眼を熱赤外線帯域に切り替える。白黒に別れた視界半分では、白い人影が煙の中、無数動き出している。

 ぼくはTP-02を掴み取り、腰のベルトに引っ掛ける。

「流れ弾に当たったらゴメン」

『そんときゃ、また作り直せばいいさ』

 レーザーサイトの赤い光線がぼくへと向けられた時、

「手を上げろ銀行強盗!!」

 しかし特殊部隊の人たちは話し合う気がないらしく、一斉掃射を始めた。さすがは訓練された部隊だけあって、狙いも正確だ。

 壁を蹴り、跳躍しながら銃弾の雨をかい潜る。至近弾になりそうな弾だけには義手をかざして、生身への命中をやり過ごす。

 ワイヤーを飛ばし、一人たぐり寄せると、その身体を盾にした。

 だが特殊部隊員達は射撃を辞めず、味方の男を蜂の巣にした。

 ぼくは奥歯を噛み締めた。懺悔と謝罪を込めて「ごめんなさい」と言った。

 踊り場中央に出て地面を蹴る。天井を舞い、銃口を釘付けにする。さらに天井を蹴って、男の鳩尾に掌底を叩き込む。さっと身体を開いて、次の弾幕を回避。もう一人の腕に足を絡ませ、腕をへし折った。弾に当たらないよう、男の身体を蹴飛ばした。

 ぼくはさらにもう一人、また一人と接近し、銃を破壊していく。

 立ち位置さえ記憶していれば、息遣い、微かな指の動きから飛んでくる銃弾は予測が可能だった。もっとも義眼と義足がなければ容易なことではないが。

 しかし一発の弾丸がぼくの意識外から直進し、あわよくば肩を貫く軌道で飛んできた。

 生身の左肩が僅かに裂け、思わず痛みに顔が歪む。

 対面のビルに潜む狙撃手だった。

 ぼくは滑り込むようにして柱の影へと逃げ込んだ。

「兄さん!? 何分経った!? あの人たちは!?」

 矢継ぎ早に問いかける。

『もうすぐ五分。けど、もう大丈夫だ。強盗さんたちはトンズラしたぜ』

「じゃあ、もう、ぼくも脱出していい!?」

『一名様お帰りでーす。出口はあちらからどうぞ』

 するとTP-02のアームはミリオンバンク正面出入り口を指した。

「正気か?」

『裏口は狭いし、増援が来てる。やりようはいくらでもあんだろ』

 TP-02は事切れた男の腰元を指していた。すかさずぼくは横転しながら次の柱へと移る。その際、閃光発音筒フラッシュバンを手に持ち、ピンを抜くと正面玄関口に投げつける。目を閉じ、耳に指を突っ込んで、大きく口を開け、炸裂を待った。

 まぶたの裏が白く灼けついたあと、ぼくは柱から真正面入り口へと駆け出した。

 まだ立っていた部隊員たちもさすがに朦朧としており、狙われることはなかった。正面から狙撃手が狙いを定めるが、発射炎さえ分かれば義手一本で防ぐことは容易い。

 ミリオンバンクを出たところでぼくは脚光を浴びた。たくさんの銃口と視線が見つめている。ざっと辺りを見渡したところ、ミリオンバンク周りには大勢のギャラリーと警察車両が囲っていた。

「大人しく投降しろ!!」

 と拡声器から怒鳴り声が発された。

 懇切丁寧にぼくは強盗じゃないと説明しても通じないだろう。ぼくは首を回し、逃走ルートを模索するが、平面上は人でぎっしり埋められていて、地上からは抜け出せそうもなかった。

「兄さん。これって王手、詰みってやつだ」

『次からはジェットパックを装備しなきゃな』

「やだよかっこ悪い。ランドセルみたいじゃん」

『そうかぁ? 俺はランドセル、背負ってみたかったけどな』

 ぼくたちは普通の学校ってのを知らない。最近、ようやく高校生になった。初めての学生生活だ。

 警察官の何人かがジリジリ詰め寄ってくる。

「両手を挙げて──」

 ぼくは両手をあげるかわりに、胸元に手を当てる。少し足を引き、紳士に礼を見せる。 

 空いている方の手を空に伸ばして、ワイヤーを射出。ぼくは天空へと舞い上がった。

 ワイヤーにいざなわれる最中、誰彼なしに空とぼくを見上げていた。TP-02に先行誘導してもらう。警官隊がパトカーに乗り込み、後を追い始める。さらに遅れてヘリが追いかけてくるが、ビルの中に飛び込むとぼくを見失っていた。

 機械化サイバネティックスに支えられるぼくにとって高殿たかどのの街ではすべてがスキップフロア。地を這う足でも空飛ぶ鉄のハエですら追いつくことはできない。ぼくは翼なき鳥となって、摩天楼を飛翔する。ぼくは蜃気楼のごとく闇夜に溶け込んでゆく。

 しかしぼくは青い空を知らない。

 黒い夜しか飛ぶことを知らない。

 あるいはぼくにとってこの街を駆け回ることは、一種の遊びだったのかもしれない。

 子供の遊び。アイビーの街そのものがぼくにとっての公園。

 ここは安眠を忘れた街。この街に在らしめるはただ強欲。朽ちない欲望に満ちた街。

 それがぼく達のいる世界。ゆえにこの街のことを地獄だと言う人もいる。

 そんな街でぼくは心臓の高鳴りを耳にする。声を聞く。助けを呼ぶ声を聞く。

 だからぼくはここにいる。

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