遭遇(2)

 眼球の振動速度を高め、銃弾ベクトルを計測。右の義手を差し出して、甲と手のひらで同時に上下へと跳弾させた。しかしながら、男の方は全自動フルオート射撃。少女にたったの一発も当たらぬよう、ぼくは右手、左足を銃弾の先へと伸ばし、蹴飛ばし、弾き返した。

 ぼくは少女に少し振り返る。ぽかんと口を開けていたが怪我はないようだったので、つかの間、胸をなでおろした。照準はひどく精度を欠いたもので予測し辛かったが、なんとかなったらしい。

 男の強張ったいかり肩は、陸に上がった魚のように痙攣していた。組み込みウェアが不出来なのか、非純正に書き込んで干渉していたのだろう。

 身体の部品パーツを筋電部位モジュールに換装しているのなんて、このご時世では普遍的なこと。

 この街じゃ大した肩書でもない。

 唖然としていた男はハッとして弾倉を交換しようとする。その隙にぼくはワイヤーを射出して、男の小銃を奪った。背後で少女が再び拳銃を構えているのがチラリと見えたので、そのまま少女の方へと銃を投げつける。

 少女は身を伏せつつも、まだぼくを撃つつもりらしかった。

 そこへTP-02がするすると部屋に入って来て、ぼくの真横を過ぎ去ると、少女の拳銃を奪い取る。少女が取り返そうと手を伸ばすが、TP-02はひらりとかわし、弄んでいた。

「兄さん。そのまま引きつけておいて」

 TP-02から『了解』との返事が聞こえた。

 男の方はというと、電撃警棒スタンロッドを構えて突進して来ていた。ぼくは、さっと揺蕩ようとうして男の腕を掴み、義手のフルパワーで関節を折る。そのままロッドの先を首筋に当てがった。

 稲光のような青白い光が迸り、脈打った男はぷすぷすと焦げ付きながら崩折れていく。

『セナっ!!』

 兄の声がして振り返ると同時、殺意を浮かべた少女が眼前に迫っていた。

 ぼくはくるりと身を翻し少女の背後を取った。腰のポーチから小さな注射器シリンジを引き抜き、少女の首に麻酔を流し込む。兄トウヤが開発した無痛針と調合した麻酔は、痛みもなくあっという間に少女を眠らせた。がっくりと項垂れる少女を支え、静かに床に寝かせた。

 ぼくは息をついた。

『おいおい、なんでこんなことになってんだぁ?』

 TP-02はくるくると回りながらはてなマークを頭上に作り上げた。

「さあ。ストックホルム症候群的なアレじゃない?」

 言ったものの、強盗と少女の双方に連携があったとは思えないし、むしろ強盗は自己防衛の意識の方が強かった。それに少女は、ぼくを殺すことを第一目的としているような気迫すらあった。

 ふとぼくは少女の足元に落ちていたカードらしきものを拾い上げる。学生証のようだ。写真に映る少女は不貞腐れたようにむすっと膨れていた。名前は『黒羽くろはねアヤネ』。驚かされたのは、ぼくと同い年である一六歳ながらも有名な国立大生だったこと。

 ぼくは学生証をTP-02のカメラに向けた。

『黒羽っていやあ、あの有名な〝クロハネソフト〟だぜ。その息女さんってところだな』

 つまりお嬢様。ぼく達兄弟とは縁もゆかりもない金持ち。

「でも、なんでその子がこんな物騒なものを?」

 ぼくはTP-02が持っていた拳銃を指差した。

『さあ、護身用だったんじゃね? それか、最初からお前がここに来ることを踏んで、罠貼ってたのかもな』

 確かに彼女はぼくのことを知っている節だった。

 いや〝仮面の男〟を知っていた。

「ねえ、兄さん。黒 い 妖 精ブラック・フェアリィって知ってる?」

『ああ、それな。最近ネットじゃあお前のこと話題になってる。ほら、たまに黒マント着用するだろ? あれ見た誰かがそう言ったのが広まったらしい。とはいえ、まだ都市伝説の域を出ないように、俺が工作してるけどな』

 ふーん、と気の無い返事を返す。

 兄さんのことだ。その辺のことはうまくやってくれているだろう。

『とはいえ残りはあと一人だ。さっさと終わらせて、飯にしよう』

「だな」

 TP-02が誘導し、ぼくは沈黙させた男二人を回収してから金庫室へと向かった。

 分厚い金属扉の前に居た男は苛立ちを表すように頭を掻きむしっている。

「ちくしょう! なんでだよ! なんで開かねえ!?」

 二人の男を下ろしたあと、コンピュータ端末を持った男に音もなく近づいて、

「良い子は寝る時間ですよ」

 と囁いた。

 ハッとした男たちが振り返りつつ裏拳を繰り出すが、仰け反って回避する。即座に拳銃を構え持つが、ぼくは男の手を包み込み、安全装置セーフティにかけられた親指を押さえ込んだ。

「て、てめえ──何もんだ!」

 男もまた、網膜を筋電部位モジュールに移植していた。蒼い目。最新式の単眼眼鏡Glassだ。他にはこれと言って、機 械 化サイバネティックスされた部品は見当たらなかった。しかしいくら目が良くても昨今の電子錠を破る機能はない。それにこの街で現金は死滅した。したがってアナログな銀行強盗なんてのは絶滅危惧種だ。

「今時、銀行強盗なんて流行りませんよ」

「これはロックなんだよ!! 俺たちの名を得るために強盗すんだ!」

 するとTP-02の口からホログラムが吐き出された。

 映し出された画像と目の前の男の顔が一致する。二〇代後半。彼はフリーターで日銭を稼いでいるらしい。違法制御ソフトを配布した罪で何度か補導された経歴あり。目立った特殊性を上げるのなら、バンドマンだろうか。背後でぐっすり眠っている二人を含めて、路上ライブをしていた様子がいくつかソーシャルネットにアップロードされていた。

「だからロックですか」

 とぼくが納得すると男は顔を真っ赤にして、拳を振り上げる。

 だが生身の腕程度では蚊をはたき落とすようなものだ。

「てめえに何がわかる!? 金がなきゃ、夢を見ることすらできねえんだよ!!」

 この街にやってきた子羊たちは、皆夢を見にやって来る。しかしいつの間にか子羊達は毛を刈り取る狼へと変わっていく。

 それがこの街の当たり前。男のような犯罪者はごまんといる。

「もうすぐ警察が突入してきます。早く逃げてください」

「はあ!? 何言って──」

「警察は僕が引き付けます」

「バカか、てめえは!? 信用できるわけ──」

「報酬はそのロックで構いません」

 正直、ぼくにはロックのなんたるかなんて、これっぽっちも分からなかったが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

Androidでは正しく
設定できないことがあります。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

新規ユーザー登録無料