終章

 気がつけば。

 僕はふたたび、なんてことのない日常に戻っていた。


 いつのまにか救助されたんだろう。あんなに燃えさかっていた旧校舎は、すすけてはいるが崩壊はしていない、だからなにもかも夢見心地で、いっそ全部夢だったんじゃないかと思うほどだ。

 もす研は事実上解散となった。

 あたりまえだ。あんなことがあったから。

 一度、早乙女さんが保健室に来た。遠子先生のことや、タサイのことを説明した。僕が話しているあいだ、なにも云わずに真剣な表情で耳をかたむけていた。そして、話が終わったあと。

 ――そうですか。

 一言。

 それだけ云って、そして帰った。それきり、彼の姿は見ていない。結局、早乙女さんの洋服姿を見たのは一度だけだったなと、そんなどうでもいいことをちらりと思った。

 そのあと一ノ瀬さんの姿も見かけた。

 旧校舎の裏庭から歩いてくるところを見つけたから、声をかけようとしたら、おどろいて逃げてしまった。あのときのことを思いだしたからかもしれない。ともかく、目は無事だったみたいだ。僕はとても安心した。

 東条はあれから一度も、保健室には来ていない。

 薄情なやつだ、とも思うけれど。それでいい気もする。結局柳田さんがどうなったかは知らないけれど、法師を演じた以上、いろいろと思うこともあるんだろう。

 そうして。

 季節は、またたくまにすぎて。

 いつのまにか、冬になっていた。

 僕は、だれも来ない部室に、毎日いた。なにをするわけでもなく。

 僕の居場所だった、ちいさな椅子に座って。それに飽きると、東条が寝そべっていた簡易ベッド、あるいは一ノ瀬さんや早乙女さんが腰かけていたソファに。

 そうして、いまは。

 あの、白衣の保健医が座っていた、回転椅子に座って。

 じっと窓の外を見ていた。

 ――いまから、わたしを祓え。

 あの日のことが、何度も何度も頭の中で再生される。そのたびに、腑に落ちないことがいくつもあって。

 ――霊は異物だ。

 ――生身の人間がとりこむなんて、できやしない。

 だったら、なぜ。

 あのとき、僕は。

「――あ」

 窓の外でなにかがうごく。

 目をこらす、花びらみたいなそれは。

「雪……」

 もうそんな季節なのか。なんだか時間の感覚がうすれていた。僕は苦笑する。

 とくに意味もなく、僕は校舎の外へ出た。

 放課後。

 遠くのほうで、部活をする生徒たちの喧噪が聞こえる。授業が終わったあとの学校は、どこか異世界じみていて、なんだかふしぎな感じがする。僕は目をつぶって、真上を向く、外は思ったより寒くない。

「……ほら」

 雪ですよ、先生。

「きれいですね」

 ぽつりとつぶやく。目を開ける。そのとき、視界を、白いものがうごいた。僕は息を呑んで、思わずうごく。旧校舎の裏へ移動する。

 白。

 白衣。

 まさか、まさか、まさか。

「……せ」

 僕は立ちどまる。

 行き止まり、視界にはなにもない、だれもいない、無意識に肩を落とす。

 やっぱり。

 そんなこと、あるわけない。

 ゆるく息を吐いて、僕は視線を下げる。荒れはてた花壇、に、ぼとぼとと、水っぽい雪が吸いこまれてゆく。そういえば、一ノ瀬さんは、このあたりでなにをしていたんだろう。ぼんやりと考えながら、地面をじっと見つめる、そして、僕はあることに気づく。

 二十センチメートルくらい。

 つるつるとした石が――ふたつ。

「ん……?」

 そういえば、前にもこの石は見かけた気がする。これだけ、ひとの手がくわわったみたいにきれいだったから、妙に気になった。

 でも、あのときは。

 ひとつしかなかったような。

「……ま、いっか」

 僕は視線を花壇から離す。

 なんだか、すこしだけ頭が痛い。脳裡に、なにか浮かんでは消える。金属の音。不快な金属が揺れる音。なにかが落ちてくる音。巨大な影、僕はだれかをつきとばす、記憶があいまい、だけどたしかに聞いたような気がする。

 僕の頭がつぶれる音を。

「――」

 ふるふると首をふる。よくわからないイメージを忘れさろうと目をつぶる。たぶん、つかれているんだ。

 頬にぽとりと雪が落ちる。

 熱で溶けるかと思いきや、そのまま、かたちをとどめたまま。僕は目を開け、それを手でぬぐう。あまりつめたくはない。

 すこしぬかるみはじめた地面を歩きだす。

 保健室の中に戻ろう。いつまでも外にいたってどうしようもない。

 そうして、待とう。そのときが来るのを。

「――遠子先生」

 僕は、ここで。

 この、旧校舎の保健室で。


 あのひとに会えるのを。

 ずっとずっと、待ちつづけよう。


     *


 ――ねえ、知ってる? 旧校舎の噂。

 ――むかし火事があったってとこ?

 ――そ。あそこ、出るんだって。

 ――出る?

 ――ユーレイ。

 ――嘘だあ。

 ――嘘じゃないって。あたし聞いたもん。

 ――眼鏡かけた男の子の幽霊、出るんだって。





おわり

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アフタースクール 藤宮 南月 @fujimiyanatsuki

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