学園祭の亡霊は復讐を誓う

第41話

 最初は、こわいひとなのだと思っていた。

 だけど、クラスメイトなんだから、仲よくしなくちゃと。

 思って、声をかけて、そうして。

 全然こわくない、むしろお調子者、でも勉強はできるんだね、変なの、どうしてそんな色にしてるの、もっとみんなに話しかければいいのに、きっと人気者になれるよ。

 いろんなものが、変わってゆく。

 わたしの気持ちが、変わってゆく。

 こわい、が、こわくない、になって。

 こわくない、が、きらいじゃない、になって。

 きらいじゃない、が。

 好きかもしれない、に変わる寸前。

 気づいてしまった。

 追った視線、炎みたいな真っ赤な色、そのすぐ下の、目線は、いつもちょっとだけ遠くを見ている。

 わたしが君を見ているように。

 君も、だれかを、見ているのだと。

 気づいて、だからわたしは。

 すこしだけ、悲劇のヒロインを演じたかったんだ。


     *


 九月。

 夏休みはあっという間に過ぎてしまった。

 もす研でなにかあつまるということも全然なく。僕はずっと自室で受験勉強をしていただけだ。遊んだり、旅行したり、そういうこともなかった。

「よお」

 だから、約一ヶ月ぶりに見た赤毛のクラスメイトの肌が真っ黒になっていて、僕は思わず驚いた。

「なにそれ……」

「なにってなにが」

「肌だよ。なんで焼けてるの」

 目の前の長身の男子生徒――東条漣は変な顔をする。

「夏なんだから焼けて当然だろ」

「そうなのか……」

「つうかおまえ、白すぎ。ぜってー外でてねえだろ」

 なんだかバカにされたような気がする。

「そんなの僕の勝手だろ」

「おはよ、とーじょー、結城くん」

 明るい声、高くひとつに結った髪を揺らし、僕たちふたりの席に近づく女子生徒。ここ、三年五組の委員長、柳田いずみさんだ。

「おはよう、柳田さん」

「結城くん、固すぎ。いずみでいいのに。……夏休み、どうだった?」

「僕はその……まあまあかな。柳田さんは?」

「わたしは……そうだな、劇の練習とか」

 東条をちらと見て、柳田さんはちいさく笑う。劇――それが、夜半姫の演劇ということに思いあたり、僕は言葉につまる。

「あ、えっと……大変そうだね」

 ――夜半姫を演じた生徒は死ぬんだ。

 大変、どころの話ではない。伝説がほんとうなら、柳田さんは死んでしまうのに。しかし、答える声はさわやかで、すこしもそんなもの感じさせない。

「そうでもないよ、わたしは、セリフないから」

「……セリフがない?」

「そう。夜半姫は、生まれつきしゃべれないでしょう。だから、わたしの役は、セリフがないの。ずっととーじょーがしゃべってるだけだよ」

 ね、と声をかけられ、東条は言葉をにごす。ちょうどそのとき、チャイムが鳴った。また、いつもどおりの毎日が始まるのだと。残念なような、ほっとするような。

「……柳田さん、元気そうだね」

 自分の席に戻ってゆく背中とポニーテールを見つめて。なにげない僕の言葉に、東条は変な顔をする。

「そう見えるか」

「まあ……」

 夏休み前の、あの異様なホームルームを思いだす。クラス中が病的な反応、さながら集団ヒステリーだった。そういえば、柳田さんは、あの場でもおちついていた気がする。夜半姫の呪いとやらが――こわくないんだろうか。

「にしても、おどろいた。君、ちゃんと練習でてたんだ。てっきりさぼるのかと思ってた」

「おまえ俺のことなんだと思ってんの……」

 あきれ顔の東条。しかし、そんなことを云われても。赤毛に長髪、ピアスだらけのいでたちの生徒が、演劇の練習にちゃんと参加するなんてだれも思わないじゃないか。

 教室のざわつきがすこしだけ静まる、教師が中へ入ってくる。

 東条はいつものごとく、教科書を出すかわりに、なにもない机に伏せって寝息を立てはじめた。先生は注意すらしない。

 窓の外から、体育の授業の喧噪、九月の太陽は見た目ほどあたたかくはなくて、冬服でちょうどよい。黒板をすべるチョークの音も、教科書をめくる音も、なにもかも。

 いつもと、変わらない。



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