放課後の十人は四肢を失う

第7話

 名前をよばれたのに、気づかなかった。

 それが、なんてことない、ささいなきっかけだった。

 みるみる、わたしは友だちの輪からはずれていった。あいさつをしても、返事はない。みんなが呼ばれた誕生日会に、わたしだけ呼ばれない。風邪で休んでも、だれもプリントを届けにきてくれない。

 彼女は決して、わたしに攻撃をしかけない。

 ただ、無視をし、空気のように扱い、あるいはときどき、まわりの子たちとこちらを見ながらくすくす笑う、たったそれだけのことで、わたしの心はまたたく間にすりへった。

 クラスはわたしの敵と化した。唯一の味方は、となりのクラスの幼なじみだけ。でも、その子だって、いつまでわたしの味方かわからない。もしかしたらもう、とっくに、わたしの敵かもしれない。

 卒業し、中学に進み、それからはもう、学校に行くことをやめた。どうせ、また、あいつがわたしの存在すべてを否定する。

 彼女に、わたしというすべてが壊される前に。

 ――その前に、わたしは。


     *


「一ノ瀬、おまえ告白されたんだって?」

 部屋に入り、東条が発した最初の言葉はそれだった。



 僕――結城征継がこの学校に転校してきてもうすぐ一ヶ月が経とうとしている。一週間ほど前に遭遇した、トイレの花子さんをめぐる奇妙な事件も色褪せ、季節は初夏を迎えていた。

 実質的な顧問兼創設者である保健医の五十嵐遠子先生、のもとに集められた僕たち学園内における超常現象および怪奇現象研究会通称もす研のメンバーは、旧校舎の古めかしい保健室にて放課後を過ごす。

 というのも、この謎の団体の存在意義というのが学園内における心霊現象および怪奇現象の調査であって、つまり依頼者がいなければすることがない。しかしそんなオカルトじみた事件の依頼者などそうそうおらず、したがって僕らはほとんど毎日、部室かわりのこの部屋でおのおの自由に過ごす。

 現にこのとき僕はソファに腰かけて授業の予習をしていたし、向かいに座る女子生徒、一ノ瀬鞠亜さんは自分の家から持ってきたかわいらしいマグカップで、これまた自分の家から持ってきた紅茶を堪能していた。 その一ノ瀬さんにたいして発せられた言葉に、一瞬部室内のうごきが止まる。

「……あんた、どこで聞いたの」

「いやまあ、風の噂ってやつ」

 にやりと笑いながら答える東条漣も、この団体の部員だ。百八十近い長身、えりあしをのばした真っ赤な髪、しかも両耳にやたらめったらピアスを開けているせいで、どうひかえめに見ても不良にしか見えない。ヤンキーではなく元ヤンであって、いまはもう更生している、というのが本人の口癖だ。

「つーか、ほんとうなわけ? 相手二年って聞いたけどそれもほんとう? つきあうの?」

「……あんたには関係ないでしょ」

「なんだよ、みずくさいな……俺とおまえのな」

 云いおわらないうちに東条の脚が一ノ瀬さんによって踏みつけられる。痛みで一瞬黙りこんだ東条と、するどく吐きだされる絶対零度の一ノ瀬さんのお言葉。

「うるさい黙って。あと禿げて」

「ひでえ……あと俺ふさふさだもん……」

「いまはね」

「まりあちゃんがいじめる……」

「まりあちゃんゆうな」

 もす研でおなじみの光景が今日もくりかえされている。すこしは仲良くできないものだろうか、そう思いながら息を吐いたとき、部室のドア付近から物音が聞こえた。

「あ? いまなんか聞こえなかったか」

「は? 気のせいじゃないの?」

 一ノ瀬さんはそうあしらったが、たしかに僕にも聞こえた。ひとの気配と、がたりとうごく物音、つづけてひそやかな声。

 いたずらか、それとも依頼者が入るのをしぶっているのだろうか。見かねた東条が声をかけようと入り口に近づいたとき、ドアがいきおいよく開いた。

「おわっ」

 だれかにつきとばされたように、部屋の中に転がりこんできたひとりの男子生徒。いきおいがよすぎたせいか、止まれずに東条の胸に体当たりするようなかたちになる。

 室内の時間が一瞬止まった。

 部員全員がうごきを止めて乱入者を見つめる。その男子生徒は顔を上げて東条を見やり、首をかたむけて一ノ瀬さんを見つめ、真っ赤になって東条から離れた。

「あっ……すんません」

「いや、いいけどよ……もしかして依頼?」

 東条の問いにぶんぶんと首を縦にふる。そのあいだにもその少年は、なぜか執拗に一ノ瀬さんをちらちらと見つめている。知り合いなのだろうか。東条もそれに気づいたのか、にやりと笑って男子生徒に云った。

「名前は?」

「お、俺っすか。たくみ……河西拓未っす」

「河西ね……ふうん。もしかして、二年?」

「え、そうですけど」

「そうか、そうか。まあ座れよ」

 急になれなれしくなった東条は、河西くんの肩を抱くと、部室中央のソファに誘う。とほぼ同時に一ノ瀬さんがうつむいたまま、立ちあがった。

「……あたし、教室に忘れものしたから取ってくる……」

「まあまあ。せっかくの依頼人だぜ。そんなのあとでいいだろ」

 腕をつかむと、東条は一ノ瀬さんを強引に座らせる。

 にやにや笑う東条と。

 うつむいたままかたまった一ノ瀬さんと。

 そんなふたりに挟まれたまま絶賛赤面中の河西くん。

 なんだかよくわからないが、みんなようすがおかしい。もしかすると久々の依頼で緊張してるのかもしれない。ここは部長である僕がなんとかするべきだろう。

「あの、僕は部長の結城征継といいます。ちなみにそこのふたりは部員の東条と一ノ瀬です。ここは心霊現象とか、怪奇現象を調査する組織なんですが、それは」

「あ、わかってます。そういうのの依頼で来たんで」

 ちなみに僕がなぜ確認したかというと、たまに勘違いして全然関係ない事柄を依頼しにくる生徒がいるからだ。ついこのあいだは彼氏が二股をかけていたからなんとかしてほしいという依頼が来た。自分でなんとかしてくれ。

「そういえば、ドアの外にだれかいますよね……お友だちですか」

「あ、いやあいつらは友だちというか……ひやかしに来ただけなんで、気にしないでください……」

 消えいりそうな声とともに、河西くんはなぜかとなりの一ノ瀬さんを覗きみる。ひやかす、の意味がわからなかったが、依頼にはあまり関係なさそうなので話をすすめる。

「それでは依頼を聞いてもいいですか」

 河西くんはうなずくと、ぽつぽつと話しはじめた。

「一週間前なんですけど、俺と、友だちと全部で四人で、夜の学校に忍びこんだんです。ちょっとした肝だめし、って感じで……でも、ひとりがすげえびびりで。そんで、しょうがないから、図書室に行ったんです。七不思議はあるけど、一番こわくなさそうだし、ちょうどいいかなって」

「七不思議?」

「ほら、トイレの花子さんとか、人体模型とか……そのひとつに図書室の怪談があるってきいたんです。図書館にはなにも書かれていない本がある。読むと呪われるっていうやつなんですけど……」

 たしかに七不思議にしてはあまりこわくなさそうだ。

「夜中の一時過ぎくらいだったと思います。だれもいない暗い廊下歩いてたら、なんか、俺たちもこわくなっちゃって。でもいまさら帰れないし、だれもびびってるなんて云えなかったから、ちゃちゃっと図書館行ってはやく戻ろうかって云ってました。なにも書かれてない本をさがそうなんて気もさらさらなかったです。だいいち、一冊一冊さがすなんてむりでしょ」

 膨大な量の書物の中で、一冊だけ眠る、白紙の本。もし本棚に入っているのなら、見つけることは困難だろう。

「それで、図書室に着いて、中に入ったんです」

「中に入った? 鍵はかかっていなかったの?」

「それが……かかってなかったんです」

 いまから思えば変なんですけど。そう云って河西くんは首をひねる。

「でも、俺らなんも考えてなかったから、先生鍵閉めわすれたのかな、ラッキー、くらいに考えて中に入りました。鍵が閉まってるときのことも考えてなかったです。学校に忍びこめればそれでいいかって。……図書室、当然だれもいなくて、幽霊、とかもいなかったし、なんか拍子抜けしちゃって。そしたら、一番びびりのやつが、急に立ちあがって、本棚に近づいたんです。ふつうの小説、とか置いてある棚だったかな。そんで、突然なんか臭う、って。本棚の臭い、かぎはじめました。俺ら、ちょっとひいちゃって。こいつ、びびりすぎておかしくなったのかなって。そしたらそいつ、棚から一冊の本取りだして、開いたんです。そんで、いきなり叫びだして」

 喉がひきちぎれそうな。耳がつんざきそうな。

 そんな叫び声を耳元で幻聴して、僕は思わず身をこわばらせる。

「びっくりしました。そんで、いつまでも叫んでるから、これじゃだれかひとが来ちゃうかもしれねえって、あわててそいつの口元おさえて。本はそのときに、床に落ちました。だれも拾わなかったです。気味、わるかったから」

 そのときのことがよみがえったのか、河西くんはすこし苦々しげに笑う。

「結局なにがなんだかわからないまま、そいつを引っぱって、それぞれ家に帰りました。そいつの家に一番近いの俺で、だから送ってったんですけど、家に着くころにはおちついたようでした。ただ、なんにもしゃべんねえし、目がこう、ぎょろぎょろしてて、キョドウフシン、で。おびえてたって感じかな。次の日、叫びだしたやつは休んでたけど、まあ残りのメンツは、あいつなんだったんだろうなって感じで、むりやり笑い話にしようとしてました。たいしたことじゃない、きっとびびりすぎて、過敏になってたんだなって。でもその次の日も、そいつ、休みで」

 息をつくと、河西くんはつづける。

「これはおかしいなって思って、俺、みんなに黙ってそいつの家に行きました。たとえ気のせいだとしても、あの肝だめしのせいであいつがおかしくなったら、俺らにも責任はあるし……あいつ、自分の部屋にいました。でもまだおびえてるような、なにかから逃げてるような感じで。俺、問いつめたんです。あのとき、なにがあったんだって。おまえは、なにを見たんだって。そしたら」

 ――俺はもう死ぬんだ。

 ――あの本を読んでしまったから。

 かすれた声で。ぎょろつく視線とともに。

「それっきり、あいつ黙りました。俺、信じられなくて。いままでも何回か、話聞いてたんです。他のクラスの連中が、何度か夜中に学校忍びこんで、図書室にも行ったって。でもなにか起こったなんて聞いたことないし、だから、なにも起こるわけないって。そう思ってた。だから……」

 河西くんは膝上のこぶしに力を込める。一ノ瀬さんはあいかわらず無言でかたまっていたが、東条はいつになく真剣な顔で話を聞いていた。僕はこくんとうなずくと、河西くんに云う。

「じゃあ、その友だちがそうなった原因を知りたい、と」

「はい。ほんとうに、なにか幽霊的なもんがいて、そういうののせいであいつがああなったのか。それともただの気のせいだったのか。そんで、できたら……あいつをもとに戻してほしいです」

「……わかりました。調査をおこなうので、友だちの名前と、クラス、ここに書いてもらってもいいですか。あと、できたら電話番号とかも」

 前回の事件を思いだしながら、僕はつけくわえる。いつなんどき、急な事態に陥るかはわからない。まあ、僕は携帯電話を持っていないから、連絡をするのは僕ではないが。

「じゃあ、とりあえず今日はこれで。調査をおこなったら、また後日連絡します」

「……よろしくおねがいします」

 河西くんは立ちあがると、部屋から出ていこうとする。しかし、ふいに脚を止めると、顔をそむけたまま、やけにふるえる声で云った。

「……あの、俺、あきらめませんから」

 それから、走りさるように部室を出てゆく河西くんの後ろ姿と、なにかをはやしたてるような数人の声、すべてが遠ざかったあと、東条が真っ赤になっている一ノ瀬さんに満面の笑みを向ける。

「まりあちゃん? なにか俺に云うことあるんじゃね?」

「しね」

「ううん、それじゃない。そういうんじゃない」

「ないわよ。なにもない」

「いいじゃねえか。つきあっちゃえば」

「え、だれとだれが?」

「征継、おまえは黙ってろ、ややこしくなる」

 あわれみを含んだような目で見られた。

「つうか、あいつも趣味わりいなー。よりによって、こんな無愛想暴力冷血メスゴリ……」

 一ノ瀬さんの右フックが空気を裂くように、東条の顔面めがけて美しく弧を描く。しかし刹那、部室のドアがひらき、一ノ瀬さんのこぶしは東条の鼻先でぴたりと止まった。

「あの……」

 扉を開けたとおぼしき、ひとりの女子生徒。

「ここ、も、もす研? の、部室で合ってますか……?」

「やや! これは! 依頼者か!」

 助かったとでもいいたげに、晴れやかな笑顔を浮かべながら、東条はその女の子を中へ招きいれる。距離を置いて、うしろから女子生徒がもうひとり。どうやらこのふたりが、本日二件目の依頼者のようだ。おそらくこんなことはこの団体が発足してから初めてのことにちがいない。いつできたのかなんて知らないが。

 一ノ瀬さんは舌打ちでもしそうな表情を一瞬で笑顔に変えると、依頼人ふたりに部員の紹介をする。それが終わったところで、僕は口をひらいた。

「お名前は?」

「えと……わたし、一年の椎名繭子です。こちらは、おなじクラスの前山ありささん」

 言葉を発したのは、最初に部屋へ入ってきた少女――椎名さんだった。制服もとくに着崩しているわけでもなく、かといって優等生に見えるわけでもない。どこか印象の希薄な女の子だ。一方、あとから入ってきた少女、前山さんは目鼻立ちのはっきりした美人。このふたりが一緒にいるというのも、なんだかしっくりこない気がした。

「椎名さん、それで、僕たちに調査してほしいことっていうのは」

 僕の問いに、椎名さんは一瞬ためらったのち。

「……怪人アンサー、というのを、ご存じですか」

 怪人アンサー。

 僕は聞いたことがなかった。一ノ瀬さんも首をかしげている。それを見かねたように、東条が云った。

「携帯電話で呼びだすことができる怪人、だったか。十人が円になってとなりのひとに携帯で電話をかけると、ひとつだけ怪人アンサーにつながり、質問すればなんでも教えてくれる。そのかわり、アンサーの質問に答えられないと体の一部を持っていかれるとか。……合ってるか?」

「は、はい」

「……だけど、この話は」

 なにか云いかけた東条だったが、椎名さんの不安そうな顔を見ると、口をつぐみ、先へとうながした。

「それで、わたしたち、一週間前、その怪人アンサーを呼びだす儀式をやったんです。放課後の教室で、携帯つかって。それで……」

 椎名さんは声をふるわせ、となりの前山さんをちらちらと見る。さきほどからしゃべっているのは椎名さんばかりで、前山さんは無言のままだ。口元をかたく結び、うっすら化粧がほどこされた瞳で自分の膝あたりを見つめている。

 一ノ瀬さんにそっと背中をさすられて、椎名さんはおずおずと口をひらく。

「……それで、最初はなんともなくて、結局都市伝説なのかな、なんて、笑ってたんですけど。いきなり、電話がつながったんです。ほかの携帯は、通話状態なのに」

「つながったのは、ひとつだけ?」

「あたしの携帯です。……つながったのは」

 前山さんが突然声を発する。よく通る声だった。

「あたし、びっくりして。携帯落としたんです。そしたら……低い声で」

 ――いま、行くね。

「そう聞こえました。あたし以外も、みんな聞こえたって。そう云ってました。……まゆゆも、聞いたよね?」

 椎名繭子、だから、まゆゆ、なのだろうか。問われた椎名さんはこくんとうなずく。

「わたしも聞きました」

「うっかりちがう場所に電話をかけたっていうことは」

 僕の問いに、前山さんは声を荒げる。

「それはありません! あたし、ちゃんと、まゆゆの携帯にかけたし」

「えっと、前山さんが椎名さんに電話をかけたら、怪人アンサーにつながった、っていうことですか?」

「そうです。……あたしたちとなりに座ってたから。みんなで円になって、時計回りに電話をかけようって。それで、あたしがまゆゆに電話したら……」

 例の声が聞こえたというわけか。

「その座席順というのは、どうやって決めたの?」

 一ノ瀬さんの質問に、椎名さんが答える。

「とくに決めたりはしてなかったです。なんとなく、最初にいた位置で。あと、となりの子の携帯番号知ってるか、とかで入れかえたり。ね、前山さん」

「そう。そうです」

 首を何度も縦にふる。

「なんにもおかしなことなんてなかった。なのに、あいつの声が聞こえたんです。だから、あたし……」

 糸が切れたように、前山さんは両手で顔を覆う。その背中をなでながら、椎名さんはつぶやいた。

「前山さん、すごくおびえていて。前山さんだけじゃなくて、ほかの子も……だからあたしたち、ここに来たんです。調べてほしくて。それで、怪人アンサーなんていないって、そう云ってほしくて……」

 お願いします、と。椎名さんは頭を下げる。その声は、前山さん以上にふるえていた。

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