第6話(終) これが、わたしたちの絆。

「ニューヨーク……?」

 温泉旅行の翌日。

 マジカルマカロン学園。

 特待生クラスの校舎。廊下の端で、安倍川かの子はつぶやいた。

「そうだ」

 片桐凪子は、目を伏せうなずく。

「えーっと……旅行?」

「違う」

「じゃあ、留学、とか……」

 徐々に小さくなるかの子の声。凪子は、口を開く。

「あたし、プロになれるかもしれない」

「プロ?」

「うん。プロのミュージシャン」

 アメリカの事務所へテープを送ったこと。

 直接歌が聴きたいと云われたこと。

 もしかしたら、そのままデビューできるかもしれないこと。

 そして。

「もしそのままデビューできなくても……あたし、せっかくだから、そのままニューヨークに住もうと思う」

「え……?」

「チャンスなんだ。あっちに、昔お世話になって、今プロとして活躍してる先輩がいてさ。その人が、いろいろ面倒みてくれるって……だから」

「……そっか」

 かの子は、ふにゃりと笑った。

「おめでとー、ナギちゃん」

「ああ」

「頑張ってね。応援してるよ」

「……ああ」

「ナギちゃんなら、きっとデビューできるよ。CDとか出るかな? そしたらわたし……」

「なあ」

 凪子は、かの子の言葉をさえぎる。

「かくには、どうすんだ」

「え?」

「ぶたのかくに」

 魔法少女ぶたのかくに。

 ミルキーシフォンと、ショコラミントのコンビ。

「あたし、あっちに行ったら、もう魔法少女なんて出来ないぞ」

「……えっと」

「おまえは、それでいいのかよ」

 どうしてかはわからない。

 それでも、凪子は胸のあたりがざわつくのを感じる。

 ひどく、いらいらする。

「ぶたのかくに、解散するんだぞ」

「……うん、そうだね」

「そうだねじゃねーよ」

 思わず声を荒げて。それでも、かの子はただ困惑したように、凪子を見上げてくるだけだ。

 ――いらいら、する。

「わかってんのか、今の状況を」

 かの子の腕をつかむ。

「ナギちゃん、痛いよ……」

「おまえ、もう魔法少女できないかもしれねーんだぞ」

「え……」

「あたしたちが、なんでコンビ組んでたのか忘れたのか? 落ちこぼれだったからだ。二人でやっと一人分だから、あたしたちはぶたのかくになんてふざけた名前の二人組だったんだ。でも、解散したら、あたしもおまえも、半人前だ。最悪、魔法少女として活動させてもらえないかも」

「それは……」

 顔を上げて、かの子は云う。

「それは……しょうがないよ」

「しょうがない……?」

「だって、ナギちゃんは自分の夢を叶えようとしてるんだもん。だから、しょうがないよ」

「おまえ……何云ってんだよ」

 かの子の言葉が理解できず、凪子は思わずあとずさる。

目の前の少女が、自分とは違う、別の生きもののようにすら見える。

「おまえは、それでいいのかよ。あたしの夢が叶うなら、おまえの夢が叶わなくてもいいのか?」

「いいわけじゃないけど……」

「でも、だって、そう云ってんのと同じことだろ」

「うーん」

 困ったように笑って、ぽりぽりと頭をかくかの子。

「……もう、いい」

 いっそ、怒ってくれたほうがましだった。

 それか、泣いてくれたほうが。

「とにかく、あたしは二週間後、ニューヨークへ行く。ぶたのかくには解散だ。……今まで、世話になったな」

 ふいと顔をそむけ。

 凪子は歩きだす。

 その後ろ姿を見ながら。

 かの子はずっと、困ったように笑っていた。



 その頃。

 AM12:18、網走。

「……誰だ」

 薄暗い監獄の中、重たい鎖にがんじがらめにされた男は、人の気配を感じて口を開く。

「俺に……何の用だ」

 その男。

 かつて海辺で女性たちの水着を切り裂き、この世界で最も堅牢な牢獄へと入れられた。ここには他にも、たくさんの軽犯罪者が収容されている。皆、人としての権利を奪われ、銀の鎖につながれて、来る日も来る日も絶望をかみしめている。

 切り裂き魔も例外ではなかった。

 女性の水着を美しく切り裂くために、わざわざ上野の博物館で、国宝名刀三日月宗近まで盗んだのだ。それなのに。

「魔法少女が……憎いか」

 低く響き渡る闇からの声。

 切り裂き魔は必死で目を懲らすが、声の主は見えない。

「やつらを……切り裂きたいか」

「いったい、お前は……」

「答えろ」

 強くなる闇の声。

 切り裂き魔は、唇をかみしめ、答える。

「やつらを切り裂きたい……またあの名刀三日月宗近で……!」

「……そうか」

 一瞬のできごとだった。

 切り裂き魔をつないでいた重苦しい鎖が、すぱりと切れ、その身は自由になった。

「な、何をした!」

「怖がらずともよい」

 きい、と牢獄の扉が開く。

 薄闇へつづく道が、切り裂き魔の目の前に広がる。

「俺と来い。おまえの名は、今からロイヤル・ブレードだ」

 切り裂き魔。

 否、ロイヤル・ブレードは、ゆっくりと立ち上がり、入り口へと進んでゆく。あらがえない。それほどまでに、声の持つ力は強い。

「俺の名は、ミスティック・アイ」

 闇の中の声が、監獄中に響いた。

「かつて、露天風呂で女たちの裸体を覗いていた者だ。さあ、来い、ロイヤル・ブレード。共に、あの憎き魔法少女たちを倒そう」



「聞きましたわ、あの貧乳のこと」

 放課後。

 特待生クラスの校舎中央、ミニチュア英国風庭園をぼんやりと見つめるかの子のとなりに、腰を下ろす少女がいた。ポイズンベリーこと、綾小路直織だ。

「大丈夫なんですの」

「……何が?」

 ふにゃ、と笑ってかの子は首をかしげる。

「ですから……その」

 いつもとは違い、どこか歯切れの悪い口調の直織。

「……あのね、直織ちゃん」

 かの子は、ふいに空を見上げる。

「ナギちゃんが魔法少女になったのは、わたしのせいなの」

「はい……?」

「わたし、ちっちゃいころから魔法少女に憧れてた。一番好きだった魔法少女が、コンビで戦ってたの。だから、いつか誰かと一緒に、ふたりで頑張れたらなあって。それで、あの日――ナギちゃんと初めて会ったあの日。わたし、なんだかドキドキしたんだ。ナギちゃんは強くて、かっこよくて、こんな子と一緒に魔法少女として戦えたら最高に素敵だなって、そう思ったんだ。思わず魔法少女になろうよって誘ったんだけど、最初は断られちゃった」

 ぽつぽつと語るかの子を、直織はじっと見つめる。

「でも、いろいろあって、ナギちゃんはこのマジカルマカロン学園に入学してくれた。それで、わたしと一緒に魔法少女ぶたのかくにとして、戦うことになった。夢みたいって、そう思ったんだ。ずっと憧れてたあの魔法少女に追いつけるって。……でも」

 すっと視線を下げる。その先には、強く固めた己の拳。

「ナギちゃんがなりたいのは、魔法少女じゃなくて、ミュージシャンだった」

 ――.あたし。

――世界一のミュージシャンになるのが、夢だから。

「迷惑だったの、きっと、ずっと」

「……」

「わたしが一方的に、押しつけてたの。だから、もう」

 もう。

 ナギちゃんを、解放しなきゃ。

「あなた……相当のバカですのね」

「え?」

 立ちあがった直織を、かの子は不思議そうな顔で見上げる。

「どういう意味? 直織ちゃん」

「そのままの意味ですわ。あなたは大バカ野郎だと申し上げたのです」

「えっと……」

「あの貧乳は」

 直織は云った。

「あの貧乳は、あなたにとって、その程度の存在ですの」

「……」

「出発は二週間後と聞きましたわ。もしかしたら、二度と会えないかもしれない。それなのにあなたはここで、へらへらと笑っている。だから、スペクタクル大バカ野郎と申し上げましたの」

 うつむくかの子。

 打てども響かぬその様子に眉根を寄せ、直織は歩きだす。

「……勝手になさいな。わたくしはもう知りませんわ」



「……ここは」

 男は目を覚ました。

 自分はさきほどまで、とある施設にいた。女性を見ると結婚詐欺をしかけてしまう習性を、科学的な方法で矯正してゆくための場所だ。

 それなのに、ここはどこだ。

 狭い部屋。小さな寝台の上。家具らしいものは他にない。

「目を、覚ましたか」

「……あなたは」

「俺は――ミスティック・アイ」

 音もなく近寄ってきた男が、口を開く。まだ事態を把握できていない男は、寝台の上でじっと息をひそめる。男――ミスティック・アイは、くく、と笑った。

「案ずるな。俺はおまえの味方だ、プリンス・マリアージュ」

「プリンス……?」

「おまえの名だ。今日からおまえは、プリンス・マリアージュ」

 ミスティック・アイの意図が見えない。プリンス・マリアージュは、警戒を解かない。

「俺は、あの憎き魔法少女を倒すため、最強の軽犯罪者軍団をつくっている」

「……魔法少女」

「そうだ。おまえも、あいつらにつかまったんだろう。……俺もだ。俺は何もしていない。ただ、湯船に隠れて、裸体を覗いていただけなのに……それの何が悪かったというんだ……」

 かたく唇をかむミスティック・アイ。

「……とにかく。、俺はあの魔法少女たちにつかまった軽犯罪者を集めている。今いるメンバーは俺、ミスティック・アイと、おまえ、プリンス・マリアージュ。……他に、ロイヤル・ブレードと、イェーガーがいる。あとレット・イット・ゴーとビッグジャスティスを集めれば、計画は完成したも同然だ」

「そんなに……」

「じきに、この街は俺たちが掌握する。そうすればもう、何も怖いものはない」

 軽犯罪者の。

 軽犯罪者による。

 軽犯罪者のための王国をつくろう。

 ミスティック・アイの壮大な夢に心を奪われたプリンス・マリアージュは。

 ゆっくりと、うなずいた。



 数日後。

 特待生クラスの庭園。

 鬼瓦先生の意向により、凪子の送別会が行われていた。テーブルを設営し、立食形式でのささやかなパーティーだ。とはいっても、見送るメンツは、いつもの魔法少女たちだけではあるが。

 凪子は、中央で、仔虎や直織、八重と何か話している。そこからだいぶ離れたところで、かの子はひたすらに食べていた。食事は綾小路財閥が用意させたもので、クオリティは申し分ない。和風、洋風、中華、そしてスイーツ。

 ローストビーフをとてつもない速さで口におさまえてゆくかの子のとなりで、眞古兎がぽつりと云った。

「ねえ、大丈夫なの」

「……」

 かの子は答えない。その代わり、肉をひたすら己の血肉へ変えてゆく。

「さっき聞いたんだけど、ニューヨーク行き、早まったらしいよ」

「……え」

 さすがにこれには、かの子も箸を止めた。

「やっぱり、知らなかったんだ」

「それは……」

「キミたち、なんでそんなギクシャクしてるの」

「……わたしは」

 山盛りの料理が乗った皿に視線を落とし、かの子はつぶやく。

「わたしは、ナギちゃんを応援したいだけなのに、ナギちゃんはどうしてか怒ってるの」

「応援、ねえ……」

 眞古兎はワイングラスを傾け、中の液体をこくりと飲む。ぶどうジュースである。

「よくわかんないけどさあ……キミは、なんていうか……もっと素直になってもいいんじゃないかな」

「……素直?」

「その顔。ショコラミントがミュージシャンになることを、応援してるようには見えないけど」

「そんなことは……」

「とにかく。話をしてきなよ」

「でも」

 眞古兎に押され、かの子はしぶしぶ立ちあがる。

「このまま彼女がニューヨークに行ってしまってもいいのかい」

「それは……よくないけど」

「なら、とにかく話をするんだ」

 かの子は眞古兎の真剣なまなざしにひるみ、小さくうなずく。

 そして、凪子の元へと歩き始めた。



「……ナギちゃん」

 かの子が近づいてきたことに気づき、他の魔法少女たちはそっとその場から離れる。自然、凪子とかの子はふたりっきりになった。

「……よお」

「……うん」

「元気か」

「うん。あの……出発、早まったって」

「ああ。いろいろあってな。明日、日本を発つ」

「明日……」

 想定していたよりもずっと早い。かの子は、胸のもやもやに、顔をしかめる。

「……そういえば、聞いたか、コンビのこと」

「え?」

「おまえ、あたしがいなくなっても、魔法少女やれるよ。しかも、この特待生クラスで」

「えっと……何の話?」

「やっぱまだ聞いてねえのか。……ま、どうせあとでガワラが説明するだろうからいいか。……おまえ、新しい魔法少女とコンビを組むんだ」

「え……?」

 かの子は、目を見開く。

「転校生だけど、かなり有望らしい。そんで、おまえも、今までの活躍が認められて、正式に特待生として扱われることになると。……ま、まだまだひよっこだから、新人の教育もかねて、コンビとしてってことだけみたいだけどさ」

 おめでとな。

 凪子は、いつになくおだやかな顔で笑う。

「……あり、がとう」

「よかったな。これで、あたしがいなくなっても平気だろ」

「うん……」

「あ、明日出発だけど、べつに空港とかは来なくていいからな。ま、来るつもりもないだろうけどよ……って、おい」

「え?」

 ぽとり。

 芝生に、一滴。

 かの子の目尻から――落ちる水滴。

「あ、あれ」

「おい……おまえ、なんで泣いて」

「ちが」

 かの子は袖で、顔をこする。しかし、何度ふいても、透明の液体は、ぼろぼろこぼれ落ちる。

「違うの、これは」

「おい、こすんなって」

「違うの……っ!」

 両手を覆い、かの子はその場に座りこむ。まわりの喧噪が、瞬く間に引いてゆく。

 庭園の中央で。

 凪子は、かの子を見下ろす。

「やっぱあたし……ニューヨーク行くの、やめても」

「だめ」

 顔を上げず、かの子はふりしぼるように云う。

「絶対だめ。それだけは」

「でも……」

「ナギちゃんがいなくたって、平気だもん」

「いや、だって……」

「ナギちゃんなんか、いなくても」

 他の魔法少女たちの、心配する視線を受けて。

 しかし凪子は、かの子から目をそらさない。

「ナギちゃんなんかいなくても……わたしはやってけるもん」

「……なんか、ってなんだよ。そんな云い方」

「ナギちゃんみたいな貧乳いなくたっていいもん!」

「なっ……」

 突然の暴言に、思わず凪子は赤くなる。

「胸のことは今かんけーねーだろ!」

「ガサツだし! 貧乳だし! がに股だし! あと貧乳だし!」

「おまえほんといいかげんにしろよ! そっちこそ肉汁たっぷり出そうな身体しやがって!」

「でもおっぱいはナギちゃんよりあるもん!」

「おまえええええええええええええええええ」

 肩で息をしながら、凪子は叫ぶ。

「もうおまえのことなんて知らねーから!」

「こっちだって知らないもん!」

「おまえは一生ここでおちこぼれでいろ! あたしはアメリカで成功して、CDとか出して、印税がっぽりの大金持ちになるんだからな!」

「勝手にすればいーじゃん! 貧乳!」

「ああ、勝手にするよ、デブ!」

 凪子は怒鳴ると、そのまま、屋内へと消えてゆく。

「ナギちゃんの……バカ……貧乳……」

 座りこみ、脚を抱えたまま。

 かの子は小さく、つぶやいた。



 翌日。午前。

 凪子は学園に挨拶をすると、そのまま荷物と共に、空港へ向かった。タクシーの中から、外の景色をぼんやりと眺めながら、いくつもの声が耳元で反響する。

 ――ナギちゃんなんかいなくても……わたしはやってけるもん。

 結局、あのあと、かの子とは一度も会話をしていない。それどころか、目すら合わせていなかった。

「……あんなこと、云わなくたって」

 心配していた自分がバカみたいだった。

 しかし、これで心置きなくニューヨークへ行けるというものだ。

 安堵の溜め息をついたそのとき。

〈街を突如襲った軽犯罪者軍団は……〉

「……ちょっと、それ」

 ラジオの音声。凪子は思わず、タクシーの運転手に声をかける。

「音、大きくしてもらえますか」

「え? ああ、いいけど……」

 音量が上がる。

〈警察は魔法少女たちと協力し、軽犯罪者軍団と戦っていますが、街はほぼ壊滅状態となっており……〉

「な……」

 壊滅状態。

 あの魔法少女たちが集まってもかなわないほどの敵が。

「……」

 今なら、まだ戻れる。今なら。

 でも。

 ――ナギちゃんなんかいなくても……わたしはやってけるもん。

「……あたしなんか、いなくても」

 つぶやき、ぐっと拳を固める。

 自分に云い聞かせるように。

「あたしなんかいなくても、あいつらはきっと大丈夫だよな……」

 凪子の乗るタクシーは、空港を目指し、走りつづける。



「くっ……何ですの、こいつらは!」

 突如街を襲った、謎の軍団。

 国宝三日月宗近を携え、次々と人々の衣服を切り裂いてゆく男、ロイヤル・ブレード。

 中年の男を見つけては、名槍御手杵で刺してゆく三人の男たち、通称イェーガー。

 白馬で街を駆け抜け、美声によって女たちを気絶させてゆく男、プリンス・マリアージュ。

 その真っ白い裸体を見せつけ、人々をショックで動けなくしてゆく、レット・イット・ゴー。

 財力を駆使して、数々の武器を集める男、ビッグジャスティス。

 そして。

 彼らを束ねるのは。

「俺の名は、ミスティック・アイ」

 魔法少女たちの目の前に立ちはだかるのは、ダイビング用のウェットスーツに身を包んだ男。

「久しぶりだな、魔法少女たちよ」

「ぬしは……あのときの覗き魔!」

 心中桜は叫ぶ。

「くく。俺たちはもう、あのころとは違う……身も心も強くなり、そして、仲間を得た」

 うしろに並ぶ、他の軽犯罪者を示して。

ミスティック・アイは笑う。

「俺たちの名は――ダメンジャーズ」

 魔法少女たちに向かって、一斉に攻撃をしかける男たち。

「日本よ。これが、軽犯罪者だ」



「危ない! ミルキーシフォン先輩!」

 背後を遅うロイヤル・ブレードの刃を防いだのは、かの子の新しい相棒。

 名を――魔法少女セピアモンブラン。

 何を隠そう、この魔法少女、かつてはスリの常習犯だった。しかしかの子の変身アイテムを盗んだことがきっかけで、潜在的な女子力が高まり、いろいろあって今、マジカルマカロン学園に籍を置いている。誰もが認める期待のルーキーだ。見た目はどう見ても、まあまあなおじさんだが。

「ありがとう、セピアモンブラン」

「いいんです、先輩。それより、どうしますか、これから」

 軽犯罪者軍団――否、ダメンジャーズは、予想を遥かに上回る強敵だった。ミルキーシフォン、セピアモンブラン、ポイズンベリー、サイコバニー、リトルジャスティス、心中桜。また、特待生ではないが、変身することが出来る学園の魔法少女すべてを導入しても、彼らの暴挙を未だ止めることができない。

 街は、廃墟と化していた。

 あたりに広がるのは――純度の高い、絶望。

「ショコラミント先輩がいれば……」

 ぽつりとつぶやくセピアモンブランに、ミルキーシフォンはむっとする。

「あんな貧乳いなくても……大丈夫だよ」

「でも……このままじゃ」

 ぐっと唇を噛み、ミルキーシフォンはまわりを見回す。

 あらかたの人々は、橋の方へと避難した。しかし、今度はそちらを敵に攻撃され、この街は孤島と化している。政府は自衛隊の投入も考えているようだが、税金の無駄遣いだと叩く声も少なくない。いずれにせよ、すぐの支援は期待できないだろう。当分は、街にいるわずかな警察と、魔法少女たちでなんとかするしかない。

 耳を打つのは、阿鼻叫喚。

 すすり泣く声。悲鳴。助けを求める叫び。

 ――守らなくちゃ。

「とにかく、みんなを守らなくちゃ」

「でも、先輩」

「守らなくっちゃ。だってわたしたち、魔法少女だもん」

 ミルキーシフォンは、跳躍し、その体重を生かして、イェーガーのひとりを吹っ飛ばす。しかし、何度攻撃を加えようと、敵はまた戻ってくる。度重なる反撃で、魔法少女たちの疲労は限界だ。

「わたしはもう一度橋を見にいくね。セピアモンブランは、ここをお願い」

「そんな、無茶です。わたしも……」

「わたしはひとりで大丈夫!」

 相棒の制止をふりきって、ミルキーシフォンは進む。魔法少女たちの連携はとっくに崩れ、士気も下がっている。ここで誰かが頑張らなくては、このまま街は壊れてしまう。

 自分の、大好きな街が。

「危ない……!」

 敵のひとり、ロイヤル・ブレードによって切り裂かれた電柱が、目の前を倒れてゆく。その下には、幼い子どもがひとり。

 ミルキーシフォンは咄嗟に駆けだした。

 子どもを背にして。

 電柱を、素手で受けとめる。

「んんっ……!」

 重みで、ミルキーシフォンの靴がわずかに地面にめり込む。女子力で変身し、戦闘能力が上がっているとはいえ、所詮は生身だ。いつまで保つかわからない。

「早く……早く、逃げて!」

 しかし、子どもは恐怖と混乱で、一歩も動けない。

 助けを求めようにも、あたりには誰もいない。

「早く……!」

 このままでは、自分もろとも、子どもが危ない。

 そのとき。

「まったく……」

 ふいに、電柱が軽くなった。

 聞き慣れた声が、耳元で響く。

「おまえはほんと、あたしがいねーとダメだな」

「……な」

 かの子はぽろぽろと涙を流す。

「ナギ、ちゃん」

「ほら、踏ん張れ! まずは電柱をそっちへずらすぞ」

 凪子――否、ショコラミントの指示通り、ふたりは電柱を斜めに押し、安全な場所へ落とす。子どもは、ちょうど走り寄ってきた母親らしき人物のもとへ駆け出す。

 ミルキーシフォンは、改めて、ショコラミントに向き直った。

「……あの、ナギちゃん、ニューヨークは」

「話はあとだ。まずはあいつらをなんとかすんぞ」

「でも」

「あいつら、さっき電波塔の方へ集まっていった。何かする気だ。こっちも、戦力をそっちへ集めるぞ」

 ミルキーシフォンを遮り、ショコラミントはスカートをはためかせた。



「あれがビッグジャスティスの資金により開発された、究極の武器――」

 ミスティック・アイ率いるダメンジャーズは、電波塔の真下にいた。塔のてっぺんには、見なれない不可思議な装置がくくりつけられている。

「いったい、あれは……」

 プリンス・マリアージュの疑問に、ミスティック・アイはくく、と笑う。

「本体はあらかじめあそこに取り付けておいた。あとはこのリモートコントローラのスイッチを押すだけで、作動する」

「作動すると、どうなるんだ」

 ロイヤル・ブレードに、そっとつぶやく。

「聞いて驚くなよ。なんと……」

 ダメンジャーズのメンバーが、一斉に息を呑む。

「なんと、町中の人間が、すっぽんぽんになる」

「すっぽんぽん」

「すごい」

「全員?」

「そう。全員」

「めっちゃ見たい」

「え、女の子も?」

「うん、女の子も」

「すごい」

 口々につぶやき始めるダメンジャーズ。

 煩悩が、彼らの心をひとつにし、強くさせる。



「おい、おまえら! 電波塔へ行くぞ!」

「なっ……あなた、なんでここにいますの!」

 ポイズンベリーに、ショコラミントは叫ぶ。

「んなこたどうでもいいんだよ! いいから、来い!」

「でも、こっちだって、やつらの手下でいっぱいにゃん!」

「それは他の魔法少女にまかせろ!」

「……あの」

 ショコラミントの前に現れたのは、彼女の後継者である魔法少女――セピアモンブラン。

「ショコラミント先輩ですよね」

「……あんた、あのときの」

 スリ男。

 しかし、その姿はまさに魔法少女。

「はい。でも、今はもう、スリはしていません」

「そうか。……もしかして、ミルキーシフォンの新しい相棒って」

 すべてを理解したショコラミント。セピアモンブランはこくんとうなずくと、くるりとふりかえり、特待生の魔法少女たちに叫ぶ。

「皆さん、ここはわたしにまかせてください! 早く、電波塔へ!」

「そのようなことをしたら、敵の思うツボでありんす」

「大丈夫です! わたしたちがそうはさせません!」

 セピアモンブランの背後に並ぶ、一般クラスの魔法少女たち。

「さあ、先輩方、早く」

 後押しされ、特待生たちは互いにうなずく。

 そして、一行は目指す。

 敵の待つ――電波塔へ。



「お待ちなさい!」

 ダメンジャーズを発見し、ポイズンベリーが声高に叫ぶ。

「くくっ……来たか、魔法少女たち」

「なんだ……? あのリモコンは」

 ショコラミントがつぶやく。ミスティック・アイは、待っていましたとばかりに説明し始めた。

「これか? これはな……町中の人間をすっぽんぽんにする装置のリモートコントローラだ」

「なんですって……」

「そんなこと、絶対にさせないにゃん」

「くく……」

 何故か余裕を持ったミスティック・アイ。

「なんだか嫌な予感がする……こいつら、何か企んでるぜ」

「そうだ。おまえは勘が良いな、ショコラミント」

 ダメンジャーズは、魔法少女たちの真正面に立つと、全員が両手を前につきだし、構え始める。

「なんじゃ、こやつら……」

「くく、俺たちが三日三晩練習して会得した技を食らえ」

 ミスティック・アイも両手を構えると。

 男たちは一斉に叫んだ。

「フォーエヴァー・ワンハンドレッド・エイト!」

 一斉に、強いエネルギーが放射される。

「んあっ……!」

 まともに受けてしまい、魔法少女たちは皆、あとずさる。

「これは、俺たちの持つ煩悩……すなわち、女の子のすっぽんぽんが見たい気持ちをエネルギーとして放射する技だ。これをまともに浴び続ければ、強いダメージを食らう」

 その間にも、攻撃はつづく。

 ミルキーシフォンは、ぽつりとつぶやいた。

「みんな、手をつないで」

「え?」

「いいから、みんな手をつないで!」

 ミルキーシフォンは、となりにいる、ショコラミントとポイズンベリーの手を握る。

 ふたりも、云われるままに、他の魔法少女と。

 この街最強の、六人の魔法少女が。

 全員、手をつなぎ。

「祈って」

「は? あなたバカなんですの?」

「祈るの! そして、守りたいって強く思うの!」

 ポイズンベリーに、ミルキーシフォンはぴしゃりと云う。

「敵の攻撃は、精神的なものなんでしょ? だったら、こっちも何かの思いをひとつにすれば……あっちよりもずっとずっと強く願えば、この攻撃は防げるはず」

「そんなバカな……」

「……一理あると思う」

 うなずいたのは、サイコバニー。

「やる価値はあるよ。このままじゃ、体力を奪われるだけだ」

「……しかたないにゃん」

 リトルジャスティスや心中桜もしぶしぶ応じる。

 そして全員は、精神を統一させる。

「ふん……愚かな娘たちよ」

 ミスティック・アイは、一部始終を見ながら、ほくそ笑んだ。

「すっぽんぽんを見たい気持ちより、強い感情などあるはずがない」

「みんな、気持ちを落ち着けて」

 ミルキーシフォンはそっとつぶやく。六人は、ゆっくりと目を閉じる。

「わたし、憧れの魔法少女になれて、嬉しかった」

 痛む肉体を、精神から切り離す。

「つらいことや、大変なこと、いろいろあったけど、みんなと出会えてよかった」

 走馬燈。

 さまざまな思い出が、頭の中を飛びかってゆく。

「……それに、大切な相棒にも出会えて、とっても幸せだった」

 となりの、ショコラミントとつないだ手に、力を込める。

「わたしは、この街が大好き。この街に住む人が大好き。わたしが戦うのは、みんなを守るため。大切なみんなを守るため」

 ――だから。

「みんなで一緒に、この街を守ろう!」

 六人を包み始める、真っ白い光。

「なんだ……?」

 ダメンジャーズの放つどす黒い光が、徐々に霞んでゆく。

「俺たちの攻撃が……」

「ポイズンベリー! すっぽんぽんを願う輩は、みんなまとめてポイズンですわ!」

「サイコバニー! IQが低いやつらは、全員ムショ送りにしてあげるよ!」

「リトルジャスティス! おまえらみんな、ファックだにゃん!」

「心中桜! ぬしらのような姑息な者らは、わっちがお仕置きでありんす!」

 目を開きながら、魔法少女たちは口を開く。

 そして。

「ショコラミント!」

「ミルキーシフォン!」

「「ふたり合わせて、ぶたのかくに!」」

 ショコラミントとミルキーシフォンは声を合わせる。

 最後に、全員で、思いきり叫んだ。

「いっけえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ」

 大切なものを守りたい気持ちが。

純白の光となって。

 目の前の敵に、放たれた。



「……終わりましたのね」

 気絶したダメンジャーズたちを見下ろし、ポイズンベリーはつぶやく。

 ちなみに、強いエネルギー同士がぶつかりあった結果、魔法少女たちの衣装は裂け、皆胸元や太ももが露わになっていた。ほぼすっぽんぽんである。

「終わった、みたいにゃん」

「そのようでありんす」

 遠くからサイレンの音。じきに、警察が来る。

 ダメンジャーズはもはや、戦闘能力を失った。脅威は去ったのだ。

「これはもう、いらないっと」

 サイコバニーは足下に落ちていたミスティック・アイのリモコンを、かかとでふみつけ、破壊する。

 誰もが安堵の息をつく。

 そんななか。

「……あの、ナギちゃん」

「かの子」

「ごめんね」

「ごめんな」

「え?」

 ほとんど同時に謝った、ショコラミントとミルキーシフォン。

 目を見開き、そして、思わず笑った。

「……なあ、あたし、やっぱ日本に戻るわ」

「それ……」

「でも、ミュージシャンの夢も捨てない」

「じゃあ……」

「もちろん、魔法少女としての夢もだ」

「……え」

 ショコラミントは変身を解く。片桐凪子。来る前に着替えた、マジカルマカロン学園の制服姿だ。

「歌は、どこでも歌える。あたしは魔法少女として戦いながら、ミュージシャンを目指す。どっちかなんて決めることないんだ。あたしはどっちもやる」

「ナギちゃん……」

「……じゃねえと、どっかの誰かさんも泣いちまうしな」

「そ、それは……! な、ナギちゃんのおっぱいがえぐれていることが悲しかっただけで……」

「なんだとコラァ!」

 怒鳴る凪子。不安がぬぐえぬ顔で、かの子は問う。

「ほんとにいいの?」

「ああ」

「わたしが、無理強いしてない?」

「ああ。……しつけえな」

「わたしたち、また一緒に戦えるの?」

「そう云ってんだろ、バッカだなあ」

 凪子は、かの子の頭をぽひゅんと叩いた。その瞬間、緊張の糸が切れ、ミルキーシフォンの変身が解ける。

「……よかった」

「おうよ」

 かの子は凪子の首に手をまわし、そっと抱きしめる。いつもであればふりはらう凪子は、しかしそのままでいた。

「だってあたしたちは最強の魔法少女コンビ――ぶたのかくにだろ?」

 うなずくかの子。

 それは、今までで一番輝く笑顔だった。



「まったく……本当に人騒がせな人たちですこと」

 騒動が収まり。

 魔法少女たちは、蘭蘭亭――凪子の実家である、中華料理屋にて、食事をしていた。いろいろと迷惑をかけたということで、凪子が招待したのである。

「だから、わざわざこうやって店を貸し切りにしてんだろ!」

「でも、ここのお料理を食べたらお胸が貧しくなるかもしれませんわね」

「なんだと、このポイズンSM野郎!」

「ふたりともうるさいんだけど」

 眞古兎が迷惑そうな顔で、エビチリをつまむ。

「味はまあまあにゃん。……その麻婆豆腐、こっちへよこすにゃん」

 言葉とは裏腹に、けっこうな量の料理を食べる仔虎。その横で、八重がゆっくりとジャスミン茶を飲む。

「美味しいですね……今度はちゃんとお客さんとして来たいです……」

 ちなみに、特別に呼ばれた鬼瓦今日子先生は、特待生たちの食事風景をビデオカメラで撮影しながら、にこにこしている。そのとなりで、同じく特別に呼ばれたセピアモンブランも料理を堪能している。かの子と凪子がコンビ復活となったため、彼女はひとりで活動することとなった。すでに多くの活躍を見せており、かなりの期待を背負っている。

「みんな!」

 厨房から、チャイナドレスを着たかの子がやってきた。ダイナマイトボディがはちきれそうだ。

「できたよ、今日のメインディッシュ!」

 持ってきた大皿には、蘭蘭亭名物。

 この街で一番美味しいと評判の――豚の角煮。

「さあ、熱いうちにみんなで食べよ!」

 皿に取り分けながら、かの子は微笑む。

 そのとき。

「事件発生。現場へ出動せよ」

 全員の携帯から、一斉に電子音声が響いた。

「事件ですわ。犯人はこのポイズンベリーがつかまえますわよ!」

「抜け駆けなんて卑怯だ」

「ココにゃんが一番にゃん!」

「あ、あの、わたしも……」

「あ、ちょっとみんなあ! 豚の角煮が!」

「それはあとでいいだろ、早く行くぞ!」

 すっかり立派な魔法少女になった凪子は、かの子の腕をつかむ。

「うう、豚の角煮、また食べられないなんて」

「いいだろ、べつに」

 走りながら、凪子はぼそりと云う。

「これからずっと一緒なんだ。いつだって、食えるだろ」

 かの子は口元を緩ませると、うなずいた。

「うん、これからもよろしくね、ナギちゃん! あと、昨日よりおっぱい、えぐれてない?」

「最後のは余計だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 魔法少女たちの戦いは。

まだまだ始まったばかりだ。


fin

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

魔法少女ぶたのかくに 藤宮 南月 @fujimiyanatsuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

ふじみやなつきと読みます。同人サークル「v!v!t(びびっと)」に所属。小説、詩、シナリオを書きます。 サークル公式サイト:http://vivit-official.com/ 開発中のノベルゲー…もっと見る

近況ノート
ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!