第5話 はじめてのおんせん

「……ニューヨーク」

 片桐凪子は、紙を持つ手に力を込める。そこに書いてある文章を、何度も、何度も読み直す。

 米国、ある音楽事務所。

 そこへ凪子は自分の歌と演奏のテープを送った。

 そして、返ってきた返答の手紙には。

 ――ニューヨークまで来て欲しい。

 ――そして、目の前で歌って欲しいと。



「晴れてよかったね、ナギちゃん!」

 某日。

 先日行ったきもだめしの景品、温泉旅行券。何故か六枚ぶんあったため、ガワラちゃんこと鬼瓦今日子先生引率のもと、特待生たちは温泉宿へと向かっていた。

 車中。

 ミルキーシフォンこと安倍川かの子の明るい声に、凪子はちらりと視線をそらす。

「ああ……まあな」

「あら」

 いつものごとく漆黒の装束に身をつつんだポイズンベリーこと綾小路直織。

「あなた、今日はまあまあまともなお召し物ですのね。いつもあみだくじで決めたようなコーディネートですのに」

「あのね、今日の服はココにゃんが決めてくれたの。ね、ココにゃん」

 かの子に話題をふられ、リトルジャスティスこと百澤仔虎はつんと上を向く。

「べつに……あまりにもダサいから、しょうがなく選んでやっただけにゃん」

「ココにゃんは、前もデパートでわたしたちにおしゃれを教えてくれたんだよー」

「なんですのそれ! なんでわたくしを呼びませんでしたの? こんなにもすたいりっしゅですのに!」

「おまえいつも真っ黒なだけじゃねえか」

「あら……おかしいですわ……今かすかに貧乳の声が……」

 耳に手を当てて、そっとつぶやく直織に、凪子は思わず叫びかけ、しかし、途中でやめ、口をつぐんでしまった。

「……なんですの、今日はおとなしいですわね」

「ナギちゃん、おなかすいたのかなあ」

「あの……」

 幽霊かと思うほど、小さな小さな声。心中桜こと天代八重だ。

「おなかがすいたのでしたら……よかったら皆さんでお召し上がりください……」

「わ、八重先輩! なんですかこれ?」

 秒速で食いついてきたかの子に、八重はタッパーを差し出す。

「キュウリの浅漬けです」

「なんで温泉行くのに、タッパーでキュウリの浅漬け持ってくるにゃん……」

「遭難したときに……餓死しないようにと思いまして……」

「おまえはいったい何を想定してるにゃん! しかも浅漬けじゃ生き残れないにゃん!」

「ごちそうさまでしたー」

 空のタッパーを八重に戻すかの子。すでに中身はなかった。

「……ねえ、うるさいんだけど」

 ヘッドフォンをはずしながら、サイコバニーこと南眞古兎はぽつりとつぶやく。

「もう少し車内の平均IQ上げてくれない? ボク、過呼吸になっちゃうんだけど」

「まったく、あなたと来たらどうしてそうも食にどん欲ですの? 何故わたくしのぶんの浅漬けまで食べてしまいますの?」

「ごめんね、うっかり……」

「あ、ちなみに……タッパーあと三つあるんでよかったら……」

「何がおまえをそうさせたにゃん?」

 誰ひとり眞古兎の言葉を聞かない。はあ、とためいきをひとつこぼし。眞古兎は凪子をちらりと見る。

「……そういえば、キミ、今日静かだね。めずらしく」

 凪子は答えず、じっと窓の外を見る。

 ちなみに、ガワラちゃんは運転しながら、ずっと「女の子と温泉」とつぶやいていた。



「わあ! ひろおい!」

 宿に到着し、荷物を部屋に置き。

 一行はひとまず風呂へと来た。更衣室の大きさに驚き、おのおの支度を始める。

「ナギちゃんナギちゃん」

 かの子は服を脱ぎながら、となりの凪子にささやく。

「この温泉ね、いろいろ効果があるらしいんだけど、なんと貧乳にも効くらしいよ。おっぱい、大きくなるといいね」

「おー、さんきゅうな……」

 いつもなら、激昂するであろう凪子は、しかし、ぼんやりとしたまなざしのまま、あまつさえ礼を云ってきた。違和感を感じたかの子は首をかしげたが、服を脱ぎ終わった凪子は温泉へと行ってしまう。

「あ、待って、ナギちゃん」

 凪子と共に、かの子は更衣室から温泉へと通じる扉をくぐる。

「あ! ナギちゃん、ここ、露天風呂あるよ! 露天風呂!」

「うるさいにゃん」

 いつのまにかうしろにいた仔虎が、かの子に云う。

「露天風呂の前に、ちゃんと身体を洗えにゃん。それがマナーにゃん」

「はーい」

 素直に返事をし、一行は身体を洗い始める。

 となりで頭を洗う凪子に、かの子は小さな声で云った。

「ナギちゃん、あのね、これ、ボディソープ貸してあげる。もしかしてナギちゃんのおっぱい、ボディソープの成分が肌に合わなくてえぐれちゃったのかも……」

 そっと差し出されるかの子のボディソープ。

「おーさんきゅうな……」

 凪子はぽつりとつぶやき、それを使って身体を洗い始める。明らかにいつもと反応が違う。かの子はまたもや違和感を感じるが、考えても答えは出なかった。



「あの……」

 露天風呂には、すでに他の魔法少女たちがいた。

 端で湯船につかる八重は、蚊の鳴くような声で、ささやく。

「あまり……見ないでください……」

「なんなんですの!」

 八重の胸元を見ながら、裸で怒り始める直織。

「そんなに大きくて許されると思ってますの!」

「あの……あの、大きくてごめんなさい……」

「きいいっ! 謝るのはおよしなさいな! もぎますわよ!」

「うるさいにゃん……醜い争いはやめろにゃん」

 ちょうど洗い終わり、湯船へとやってきた仔虎が、気だるげにつぶやく。その声に、八重が微笑んだ。

「そうですよ……こんなことを云い争っても……しかたありません。それに……わたしほど大きくてもあまり意味が……仔虎さんくらいコンパクトな方が、肩も凝らないし……」

「黙れホルスタイン」

 仔虎が野太い声を響かせる。

「みんな楽しそうだね、眞古兎ちゃん」

 湯に浸かったかの子は、となりにいた眞古兎に笑いかける。眞古兎は、めんどくさそうに云った。

「楽しそうっていうか……騒がしいだけだと思うけどね。いつもどおりのことだけどさ」

「そういえば……あのね」

 かの子は、少し離れた場所でぼんやりと露天風呂に浸かる凪子を見つめながら、口を開く。

「ナギちゃん、どうしちゃったか知ってる?」

「片桐凪子?」

「なんか今日、元気ないの。おなかすいてるのかなあ」

「さあ」

 眞古兎は首をかしげる。

「……そっか」



 夕食をとり、一行は二回目の露天風呂。

 さすがに皆疲れたのか、一回目ほどの騒がしさはない。

「きもちーねえ、直織ちゃん」

「そうですわね……」

「あ、ここの温泉、貧乳に効くらしいよ!」

「今何故それを云いましたの? あなた、まさかわたくしをバカにしていますの? わたくし、こう見えてけっこうありますのよ? ちょっとくらい大きいからっていい気にならないでくださいます?」

「あれ?」

 かの子は、少し離れた場所を指さす。

「今、なんか動かなかった?」

「は?」

 直織は、かの子の指さす方を見る。

「何もありませんわ。あなたの気のせいでしょう。それより、前々から思っていましたけれど、あなた、時々わたくしのこと、上から目線で見てくる感じ、なんなんですの?」

「あ、ほら、やっぱり」

 ちゃぽん。

 水音と共に。何かが動く。

 直織は眉をひそめると、音のする方へ近づく。

「なんですの、これ」

「ストローみたい」

 細い筒が、温泉の湯からにょきっと出ていた。

「えい」

 軽率に、かの子が筒を指で塞ぐ。

 一分後。

「ぬわああああああああああああ」

 湯船の中から、男が出てきた。

 ダイビングをするような、ぴっちりしたウェットスーツを着ている。

「えっと……」

「覗き魔ですわ!」

 きょとんとするかの子の横で、直織は叫ぶ。そして、自身が服を着ていないことに気づき、慌てて湯船に身体を隠した。そして、つったったままのかの子の腕を引く。

「あなた、バカですの! わたくしたち、すっぽんぽんですのよ!」

「すっぽんぽん」

「そうだ……」

 温泉の中に潜んでいた男こと覗き魔が、ニヒルに笑う。

「おまえたちはすっぽんぽんだ……くっくっく……」

「な、なんにゃん、そいつ!」

 他の魔法少女たちも覗き魔に気づく。そして、おのおの身体を手で隠した。

 しかし、すでに遅い。

「俺はもうすでに、おまえたちの肉体を覗いてしまった……くっくっく……」

「なんてことですの……わたくし、お嫁に行けませんわ……」

「どうせお嫁に行けないし大丈夫だよ」

「ぶっ殺されたいんですの、あなた」

「しかも、俺は全員の肉体を採点した……」

 採点。

 その言葉に、反応する魔法少女たち。

「わたくしは! わたくしは何点ですの!」

「点とかどうでもいいけど……でもボクは帰国子女だからね、ボクが何点だったか、聞く義務があるんじゃないかな……」

「ココは! ココはどうにゃん!」

「あの……大きくてごめんなさい……」

「沈めるぞホルスタイン」

 直織と眞古兎と仔虎が同時に吐き捨てる。

「じゃあ……どうせだし、結果発表でもするか」

 覗き魔の提案に、直織は声を上げる。

「や、やっぱり点数ではなくて、ランクで格付けにいたしましょう」

「賛成にゃん。できるだけざっくりと採点してほしいにゃん」

「ボクも同意だな」

「いえ……わたしはどちらでも……」

「そこの、ツンデレっぽい娘」

 覗き魔は直織を指さす。

「バランスはいい。大きすぎず、小さすぎない」

「褒められてるのか、けなされてるのか微妙ですわ」

「ただし、いまいちパンチにかける」

「死ね、覗き魔」

 隠し持っていたアイシャドウで、あっという間にポイズンベリーへと変身する直織。

「待つにゃん。まずは最後まで話を聞くとするにゃん。こいつの誠意を受けとめるにゃん」

「温泉の中から覗いてた時点で誠意とかないんじゃないかな」

 めずらしくかの子がまともなことを云うが、誰も聞いちゃいない。

「そこの小さいの」

「にゃ」

 仔虎は指さされ、固まる。

「いわゆるロリ体型。すばらしい。需要がある」

「ふふん、聞いたかにゃん? さすがココにゃんにゃ!」

「だがしかし、俺はガキに興味はない」

「死ね、覗き魔」

 隠し持っていたマニキュアで、あっという間にリトルジャスティスへと変身する仔虎。

「待ちなよ」

 眞古兎がリトルジャスティスの殺意を制する。

「最後まで聞こう。それが、ギリってものだよ」

「そこのほそいの」

「何?」

 覗き魔は眞古兎に云う。

「ほそすぎ。全然ダメだ。胸もあんまないし」

「殺す」

 眞古兎改めサイコバニーが低い声でつぶやく。

「ねえねえ、覗き魔さん!」

 どす黒い空気がたちこめる露天風呂で、かの子がほわほわと声を上げる。

「わたしは? わたしは何点ですか?」

「えっと……」

 覗き魔はちらりとかの子を見ると、少しだけ視線をそらす。

「あーいいんじゃないかな。女の子はやわらかいほうがいいよね……うん」

「なんか……気を遣われてるにゃん」

「涙が出ますわ……」

「やったー! 褒められたよ、みんな!」

 そうとは知らず、純粋に喜ぶかの子。変身した姿のポイズンベリー、リトルジャスティス、サイコバニーは、そっとかの子の頭をなでる。

「さて、最後に」

 覗き魔はふりかえり、うしろにいた八重を見る。

「ひっ……あ、あの……」

「そこの、ちょっと地味なの」

「は、はい……あの、あの」

 覗き魔は最高の笑顔を浮かべた。

「百点満点」

 親指をぐっと突き出し、覗き魔はうなずく。

「乳よし、尻よし、脚よし。申し分ない。正直、他が霞む」

「そうなんですの……霞むんですの……」

「へえ……知らなかったな……」

「あーあ……ココたちを怒らせちまったにゃん……」

 じりじりと覗き魔にちかよる殺戮の天使たち。

「覚悟、覗き魔!」

 夜の露天風呂に、男の悲鳴が響きわたった。



「そーいえば、ナギちゃん、昨日はどこにいたの? いつのまにかいなくなってたよね?」

 翌日。

 宿で出された朝食を食べながら、かの子はとなりの凪子に云う。

「あー……途中で、風呂出た」

「ええ? 全然気づかなかったよ!」

 凪子は返事をせずに、味のりをむぐむぐと食べる。かの子はむう、とふくれ、凪子の顔を覗き込んだ。

「ねえ、ナギちゃん」

「何」

「わたしに隠してること、ある?」

 凪子の動きが止まる。

「最近、ナギちゃん変だよ」

「そんなことは……」

「それとも、隠しごとじゃなくて、悩みごと? なんでもいいから、わたしに云ってみて? だって、わたしたち、コンビでしょ?」

 コンビ、ぶたのかくに。

 眉根を寄せ、凪子はつぶやく。

「……わかった」

「ほんと?」

「ああ、全部話す。……そのかわり」

 この旅行が終わってからだ。

 凪子の言葉に、かの子はうなずいた。

「わかった。でも、終わったら、ちゃんと話してね?」

 すっきりした顔で、何度目かもわからぬおかわりをしにいくかの子。その背中を見ながら、凪子は小さくつぶやく。

「この、旅行が、終わったら……」


 コンビぶたのかくには、解散だ。

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