第4話 はじめてのたたかい

「あれ……眞古兎ちゃん。めずらしいね、学校にいるの」

 マジカルマカロン学園。

 特待生クラスの校舎。

 ミルキーシフォンこと、安倍川かの子は普段はあまり姿を見せない魔法少女――サイコバニーこと南眞古兎が、庭を眺めているのに気づいた。

英国風庭園は、今日も色とりどりの花が咲き誇っている。

「……悪いけど、ボクはここでひとりでたそがれてるんだ。間違ってもとなりに座ったりしないでね」

「どっこいしょ」

「ねえ、キミ、ボクの話聞いてた?」

「あのね……眞古兎ちゃん。ちょっと相談があるんだけど、いいかな……」

「いや、ボク、忙しいから……」

「相談があるんだけどいいかな」

 立ちあがろうとした眞古兎のほそい腰に手をまわし、全体重をかけてつなぎとめようとするかの子。眞古兎は物理的な力では勝てないことを悟り、すっと座り直す。

「えーと……まあ、ちょっとだけなら」

「あのね、わたしたち、この前、無事変身できたでしょ」

 かの子、ミルキーシフォン。

 そして、ショコラミント、片桐凪子。

 半人前だったふたりは、学園の意向でコンビを結成した。

 それが――魔法少女、ぶたのかくに。

「それで、わたしたち調子乗ってたんだけど……」

「あ。やっぱ調子乗ってたんだ」

「でも、それから何度か戦闘に出くわして……それで現実を思い知って」

 ほかの魔法少女たちの、そのあざやかな戦いを見て。

「わたしたち……足手まといなんじゃないか、って」

 わたし、ではなく、さりげなく凪子を混ぜたうえで、わたしたち、と表現しているのがかの子らしいと思いつつも、思ったよりヘビーな悩みに、眞古兎は考え込むふりをする。

「あの……それ、なんでボクに?」

「え?」

「キミたち、どっちかというと、ポイズンベリーと仲がいいだろう、どうして彼女に相談しないんだい」

 ちなみにこれは、「いいからボクにかまわないで、あのポイズン野郎に相談しにいけ、ファッキン」という意味だが、案の定かの子には伝わらなかった。

「でも、直織ちゃん、思ったより頼りにならないし……」

「……あ、そう」

「それに、眞古兎ちゃん、特待生クラスの中で一番頭いいでしょ。やっぱり、そういう人のほうが、悩みとかずばっと解決してくれそうだなって」

「え、そ、そうかな」

「そうだよ、わたし勉強とかできないから、IQが高い人ってそれだけですごい! って思うもん」

「へえ……」

 突然ソワソワし始めた眞古兎。思ったよりちょろかった。

「キミは……あれだね、思ったより見る目があるね、IQは低いけど」

「うん。それでね、悩みのつづきなんだけど」

「まあ、話してごらんよ、ボクはIQが高いし、帰国子女だからね」

「どうしたら、みんなの役に立てるかな?」

 かの子はぽつりと云う。

「どうしたら、みんあの邪魔にならずに戦えるかな? どうすれば、一人前の魔法少女になれるかな?」

「キミは……」

 眞古兎は云った。

「キミは、どうして魔法少女になりたいの?」

「え?」

 かの子の視線がぐらつく。

「それは……」

「ボクはね、幼いころ、軽犯罪者に出会った。露出狂だ」

 身じろぎせず、こぶしを固めて目をふせるかの子のとなりで、眞古兎はすらすらと話し始める。

「トラウマになったよ。忘れたいけど、忘れられなかった。ボクは勉強をすることで、あの忌まわしい記憶を忘れられると思った。だから死ぬほど勉強して、留学して、博士号もとった。だけど、やっぱり忘れられなくて……そして、帰国して、このマジカルマカロン学園に入学した。忘れられないなら、戦えばいい。ボクはこの世から、悪をすべて消し去ると誓い、南眞古兎からサイコバニーになった。それが、ボクが戦う理由だ」

 キミは。

 眞古兎はかの子の目を見る。

「キミは、なんのために、戦うんだい?」

「……それ、は」

「もう行くよ」

 眞古兎はそっと立ちあがる。

「よく考えなよ。答えはもう、キミの中にあるはずだ」

 いつのまにか、眞古兎の姿は消えていた。

 かの子はそこでじっとしていた。今日は食堂で何を食べようかと考えていた。



「ナギちゃんはさ」

 帰り道。

 何故か毎日当然のように一緒に帰っているかの子と凪子だったが、どちらもその違和感には気づいていなかった。

「どうして、魔法少女になろうと思ったの?」

「そもそもの話、あたしは魔法少女になりたいと思ったことは一度もねえからな」

「ナギちゃんは……何を守りたいの?」

「おまえ、どうしちまったんだよ」

 めずらしく主人公っぽいことを云い始めるかの子に、凪子はうろたえ始める。

「なんだ? 腹減ったか? なんか食うか? 商店街でハムカツ食うか?」

「ハムカツは食べるけど……でも、最近なんか、いろいろ考えちゃって」

「おい、やめとけ、おまえは頭を使うようにはできてねえんだ。気が狂うぞ」

「うう……でも……ちゃんと考えなきゃ……! ハムカツ……!」

「やめろ! ほら、ハムカツ買いに行くぞ、な?」

「ハムカツ……」

「よーし、いい子だ、もうすぐハムカツ食えるからな」

「ハムカツ……」

 すっかりかの子の飼育員に成り下がった凪子と、凪子につれられてふらふらと歩くかの子。商店街の入り口にさしかかったそのとき。

「てえへんだ!」

 街の人たちが騒ぐ声。

「なんだ?」

「ハムカツ……」

「オヤジ狩りだ!」

「逃げろ! オヤジ狩りが来たぞ!」

「オヤジガリ……?」

 想定外の言葉に、凪子は片言になる。

 オヤジ狩り。

 主に会社員の男性を、複数の若者が徒党を組んで襲撃し、金品などを強奪すること。

 (Wikipediaより引用)

 たしかに、見ればひとりの男性を、若者たちが囲んで、蹴ったり槍でつついたりしている。凪子は気づく。

「おい。あの槍は……天下三名槍がひとつ……御手杵じゃねえか……!」

「おてぎね……? なにそれ、つくねの一種?」

「すっとこどっこい、御手杵は結城の大名、結城晴朝がつくらせた名槍だぞ……!」

 刀剣マニアの凪子は興奮し始める。ちなみに、オヤジ狩り集団は、せっかくだからちゃんとした武器でオヤジを狩りたいという意向の元、いまは消失し、レプリカしか存在しない御手杵を一からつくりあげた。彼らが手にしている槍は、彼らが自ら作り上げた御手杵である。

「行くぞ、かの子!」

「うん! 倒さないといけないもんね!」

「すいません! その槍の写真撮ってもいいっすか!」

「ナギちゃん違うよ! それ魔法少女違うよ!」

「……あ?」

 さらに凪子は気づく。

「おい、この狩られてるオヤジ、見たことある気が済んだけど」

「え? またまたぁ」

 かの子も人をかきわけ、槍でつつかれているオヤジを見る。

「んん……?」

「あ、思いだした、こいつアレだ。前におまえの変身アイテムをスッて、そのせいで魔法少女に変身しちまったやつ」

 いつぞやのスリ男。

 先日の一件で女子力が増してしまったのか、どこか弱々しかった。そのせいだろう。今は完全に狩られる側だ。

「なあ、もうこれこのままでいいんじゃね」

 小指で鼻をほじる凪子。

「あいつ、スリじゃねーか。オヤジ狩りに合えば、ちったあ反省するだろ」

 うつむいたかの子は何も云わない。あたりに響くのは、人々の阿鼻叫喚と、槍をふりかざす集団の怒号、スリ男のすすり泣き。

 ――キミは、なんのために、戦うんだい?

「……ナギちゃん」

「あ?」

「スリは、犯罪だよね」

「まあ」

「オヤジ狩りも、犯罪だよね」

「ああ」

 かの子の発言の意図が見えない。凪子は思わず眉根を寄せる。

「なんだよ、さっきから。おまえほんとにどうしちまったんだよ」

「スリをしたからって……オヤジ狩りにあってもいいのかな」

「……それは」

「スリをしたのは悪いことだけど。でも、それは、あの人が日本三名槍のつくねに刺されていい理由にはならないよね」

「つくねじゃねえ、御手杵な」

「つくねになら……わたしだって刺されたいよ!」

「待て、何の話だ!」

「とにかく!」

 かの子は、凪子の肩をがっとつかむ。

「わたしたちは魔法少女だよ。魔法少女だったら……悪いやつをこらしめなきゃ。たとえ助ける相手も、悪いやつだとしても」

 ここ最近で一番主人公っぽいセリフを真正面から吐かれた凪子は、思わず感動してしまう。涙をこらえて、かの子の手をとった。

「ああ」

 ふたりは、手をつないだまま。

 空いた手で、大切な大切なリップを取り出す。

「行こう、ショコラミント」

「ああ、ミルキーシフォン」

 その瞬間。

 ふたりの、なんか、こう、そういったアレが発動して、まわりをまばゆい光が包み始めた。

 光が消え。

 そこにいたのはもう、制服姿の少女ふたりではない。

「観念しなさい!」

 かの子こと、ミルキーシフォンが思いきりオヤジ狩りのひとりを突き飛ばす。あまりの衝撃に、若者は弧を描いてふっとんだ。残りの男たちが、威嚇をし始める。

「なんだ、てめえは!」

「わたしたちは……魔法少女ぶたのかくに!」

「ほら、よそ見してんなよ!」

 ショコラミントは男たちの背後へまわり、あざやかに跳び蹴りをする。かと思えば、ミルキーシフォンが助走をつけてダイブし、オヤジ狩りたちを物理的に潰す。

 あっというまに、その場はミルキーシフォンとショコラミントのふたりが掌握した。

「あら……なんですの」

 見知った声。

 ふたりは同時に空を仰ぐ。

 そこから降りてきたのは、ポイズンベリーとサイコバニー。

「わたくしの獲物が獲られてしまいましたわ」

「は……おせえよ。あたしたちが……ぶたのかくにが、やっつけちまったぜ」

 ショコラミントはそう云うと、地面に倒れたオヤジ狩りと、中心でぶるぶるふるえているスリ男の前に行く。

「おい」

「ひっ……」

「まずはおまえ。オヤジ狩り」

「潰さないで……潰さないで……」

 オヤジ狩りの若者は、スリ男と同じくらいぶるぶるしていた。ミルキーシフォンは知らずのうちにトラウマを植えつけていた。

「潰さねえからよく聞け。いいか。オヤジ狩りは悪いことだ」

「オヤジガリハワルイコト」

「仮におまえがオヤジだとする」

「オレハ……オヤジ……」

「もし、突然殴られたり、蹴られたりしたらいやだろ?」

「オヤジ……オレハ……オヤジ……」

「そうだ。おまえがオヤジだったら、そういうことされたら悲しいだろ」

「オヤジ……クウ……オヤジクッテ、オヤジニナル……」

「いや、オヤジになる必要はないんだ、もしもの話なんだから」

 しかし、若者の目は、もはや現実を映していなかった。ショコラミントはあきらめて、何も見なかったことにした。

 視線をずらす。

「次、おまえ。スリ男」

「ひゃわ……っ」

「え、なに、今の声、どっから出した」

「ふわわぁ……」

 スリ男は最近いろいろありすぎたせいで、何故か田村ゆかりの声をマスターしていた。

「まあ、いい。とにかく……今回はおまえは被害者だった。でも、このあいだは加害者でもあったんだ。つまり……あー……なんつーか……その……災難だったな」

 フェードアウトしてゆくショコラミントの声。

 スリ男は目をキラキラさせながら、こくんこくんとうなずく。その姿は、まあまあな歳の男にもかかわらず、ありえないほどかわいらしかった。

「……おら、これでいいんだろ、かの子」

 変身をとき、凪子は制服姿に戻る。同じく変身をといたかの子はぽかんとする。

「ふえ? 何が?」

「だから……ほら、おまえさっきいろいろ云ってただろうが。なんか主人公っぽいことをさ」

「ああ……うん」

「あたしは、むずかしいことはわかんねえ。でもさ、よくわかんねえけど……今回はこれで、いいんだろ?」

「あ、ハムカツ食べなきゃだった」

「なんで今それ思いだす?」

 それを見ていたポイズンベリーが、心底つまらなさそうな声を出す。

「まったく……とんだ茶番ですわね。さすが牛肉のしぐれ煮ですわ」

「おまえその間違い方わざとだろ」

「戻りましょう、サイコバニー。ここにいたら、あの方々のアホがうつりますわ」

「そうだね。ここ、ボク以外アホしかいないし」

「今さりげなくわたくしをアホサイドに落としました?」

「ねえ……眞古兎ちゃん」

 きびすを返した眞古兎ことサイコバニーを、呼び止めたのはかの子。

「何?」

「あのね、わたしいろいろ考えたんだ。どうして、魔法少女になりたいか。何を守りたいか」

「ふうん……それで?」

「それでね」

 かの子はくっと上を向き。

 サイコバニーに、告げる。

「わたし、全部守りたい」

「……全部?」

「わたし、眞古兎ちゃんみたいに、IQ高くないから。直織ちゃんみたいに綺麗でもないし、ココにゃんみたいにかわいくもない、八重先輩みたいにおしとやかでもない。ナギちゃんは……えーと……とにかく」

「おい」

「それでも、わたし、みんなのこと大切だって気持ちは誰にも負けない。特待生のみんなや、学園のみんなや、街のみんなが大切。みんな大切だから、みんな守りたい。……それは、まちがってるかな」

「聞きました? わたくし、綺麗ですって。庶民のくせになかなかわかってますわね。それに比べてあの胸の貧しいヤンキーは……」

「あ?」

「あらやだ、目が合いましたわ、怖い」

 一番いいところで、背後のポイズンベリーと凪子が醜い争いを始める。

 サイコバニーはかの子をじっと見ると、ふいと顔をそらした。

「世の中、そんなに甘くはないと思うけど」

「……あ、眞古兎ちゃん」

「ま、キミたちらしくて、いいんじゃない」

 かの子はふにゃ、と笑う。

「やったねナギちゃん! わたしたちらしいって!」

「だいたいな、てめえはなんだ、毎回毎回あたしにつっかかって。さびしんぼか、ああん?」

「ああん、ですって。そんなセリフ許されるのは跡部様だけでしてよ」

「あ、ナギちゃん! ハムカツ! ハムカツ買わなきゃ!」

「ほら、あなたの飼育してるハムカツが何か云ってましてよ」

 街の真ん中でぎゃあぎゃあ騒ぎ始める三人を遠目に、サイコバニーは宙へ舞い、手頃な屋根に降り立つ。

「まったく……どいつもこいつも、IQが低くて、やんなっちゃうな」

 そうつぶやく眞古兎の口元は。

 どことなくほころんでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!