第3話 はじめてのへんしん

「ちょっと痩せたはいいが……全然変身できねえな」

 マジカルマカロン学園。

 特待生クラスの校舎。

 ポイズンベリーこと綾小路直織の指導のもと、落ちこぼれ新人魔法少女、安倍川かの子と片桐凪子は、日夜女子力とはなんたるかを学んでいた。

 しかし。

「まあたしかに……あなた方、落ちこぼれですものね」

「……」

 ツインテールをふわりと揺らし、直織はためらいもなく云う。否定できずに唇をかむ凪子のとなりで、かの子はにっこり笑った。

「まあ、なんとかなるよ!」

「ならねえよ、おまえはいいかげんそのお花畑の頭を治せ」

「え? お花? どこ?」

「そうですわ……いいことを考えましたわ」

 両手をぽん、と叩き。直織は笑みを浮かべる。

「ほかの特待生たちにも、協力していただきましょう」

「協力う?」

「はい。あなた方がいつまで経ってもぽんこつですから、ほかの特待生たちにも、講師をお願いするのです」

「とんこつ? ラーメン?」

「そういや……ほかの特待生って全然見ねえな」

「はい。わたくし以外は二、三年生ですから、ほとんどみなさん実習として街を救っていますわ」

「ぷ。あんたは暇人ってか」

 直織は凪子の頬を、ちぎる勢いでひっぱりながら、構想を練り始める。

「そうですわね……わたくしは料理と裁縫あたりを教えてさしあげますわ」

「いひゃい」

「サイコバニーはIQだけが取り柄ですから、一般教養を受けもっていただいて……華道の家元である心中桜には、生け花を教えていただきましょう。リトルジャスティスは、魔法少女らしい仕草の授業がぴったりですわね」

「わーやったね。サイコバニーや心中桜やリトルジャスティスは、みんなすごく有名な魔法少女だよ。サイン欲しい」

「サイコバニーってあれだろ、あのなんか嫌みったらしいやつ。こないだ商店街で会ったじゃねーか」

「あれ? そうだっけ?」

 かの子には先日の記憶が欠けているようだった。

「ともかく。いいですわね? これから、あなた方には、女子力がなんたるかを、死ぬ気で会得していただきますわ!」



「というわけで、一人目の講師。綾小路直織ですわ」

 フリルがたくさんついた真っ白いエプロンをまとう直織が、そこにはいた。綾小路財閥メイドの瀬庭須によって、教室の中にはいつのまにか、簡易キッチンが設営されている。

「今から、肉じゃがをつくっていただきます」

「肉じゃがあ? なんでだよ」

「オフクロノアジだからですわ」

「あたし、ほとんど中華しかつくれねーぞ」

「わたしも、お菓子しかつくれないよお」

「いいですこと?」

 直織は右手にもったおたまを、思いきりふたりにつきつける。

「魔法少女たるもの、どんな種類の料理でもつくれなくてはなりませんわ。すべての女性の規範となるのです」

「そっか……そうだよね」

 目の前に置かれたじゃがいもをむんずとつかみ、かの子は思いきりうなずく。

「がんばろう、ナギちゃん! 最高の肉じゃがをつくろうね!」

 そして。

 直織の目前には、出来上がったあつあつの肉じゃががふたつ。

「まずは片桐・ヒンニュウ・凪子さん」

「おい勝手にミドルネームつけんじゃねえよ、てめえの肉まんひきちぎってやろうか」

「見た目は……わりとまともですわね」

 凪子がつくった肉じゃがをしげしげと眺めながら、直織は感想を口にする。

「いただきます。……むむ……」

「……どうだ?」

 そわそわしながら訊く凪子。直織はばっさりと云った。

「普通ですわ」

「普通」

「大味というか……まずくはないのですけれど、なんか足りないというか……あと、野菜の切り方がちょっと雑ですわね。お人柄が出ますわ」

「……」

「次。マシュマロ」

「はーい!」

「おいもう、人名ですらねえよそれ! てめえも返事すんな!」

「……で、これのどこが肉じゃがですの?」

 かの子のつくった肉じゃがは。

 かつて見たことのないほどに――忌まわしい姿をしていた。

 じゃがいもからは、なぜか芽が生え、そこから皿の半分を覆うほど巨大な、一輪のラフレシアが花を咲かせていた。全体的に水分が多く、スープ状で、しかもその液体は紫色、おまけにこぽこぽと泡を立てていた。

「うーん、ちょっと失敗しちゃったみたい」

「失敗ってレベルじゃねえよ! むしろどうやってこれつくったんだよ!」

「いただきますわ」

「お、おい食うのかよ、勇者か……」

「……う」

「おい、綾小路?」

 直織は、救急車で運ばれた。裁縫の授業は延期となった。



「直織ちゃん、大丈夫かなあ。最近寒暖の差が激しいし、体調崩しちゃったのかなあ」

「……」

 訂正するのもめんどうだったので、凪子は無言で、次の講師へと視線を向ける。

「やあ」

 限りなく白に近い、淡い水色の髪。色違い、青い制服に身を包んだ、ボーイッシュな少女。

「わああ! サイコバニーだ! 顔ちっちゃい! サインください!」

「悪いけど、IQが低い人間には、サインは書かないことにしてるんだ」

「すごーい! かっこいい!」

 何故かまなこを輝かせるかの子。サイコバニーは仕切り直す。

「ボクはサイコバニーこと、南 眞古兎。二年生。南財閥の娘だよ」

「また財閥の娘かよ……」

「オックスフォードブリッジ工科大学に飛び級して、主席で卒業したんだけど、帰国してこのマジカルマカロン学園に入ったんだ。この世に存在するあらゆる言語を習得したよ。今日はポイズンベリーに云われて、君たちに一般教養を教えることになった。まあたまたま今日は時間があったからね。暇つぶしがてらつきあってあげるよ」

「いちいち癪に障るやつだな……」

「まずはこのテストを受けてみて。国語数学理科社会英語、高校一年生に相当する問題だよ」

 そして。

 一時間後。

「信じられない……」

 蒼白な顔で、眞古兎はふたりの答案を持つ手に力を込めた。

「信じられないよ……世の中に、こんなにもIQの低い人間がいるなんて……」

 学校の成績が芳しくない凪子は、そろりと視線をずらす。一方、同じくらい成績のよくないかの子は、しかし自覚がなかった。

「今日はなんか、思ったよりできた気がするよー」

「思ったよりできた……? これで……?」

 力を入れすぎたせいで、眞古兎の手の中の答案用紙がぐしゃりと歪む。

「すまないけど……ボクはもう帰るよ……耐えられない……これ以上こんなにIQの低い人間と同じ部屋にはいられない……」

 心に深い傷を負った眞古兎は、よろよろと教室を後にした。



「眞古兎ちゃんも体調崩すなんて……季節外れのノロウィルスでも流行ってるのかな?」

「ああ……そうだな……」

 すでに疲れを感じていた凪子は適当に返事をする。

 そのとき。

 教室のドアが、そろりと開いた。

「あの……」

 隙間から覗く、色白の少女。

 瓶底のような眼鏡に、二本のお下げ髪。

「こちらで……華道の授業をするようにと云われたのですが……」

「ああ」

 凪子は直織の言葉を思いだす。

「華道の家元っていう……たしか、心中桜? か?」

「はい……」

 少女は教室へ入ってくる。制服の色は緑。三年生だ。

「わたし、天代八重といいます。天代財閥の娘で、心中桜として魔法少女をさせていただいています……」

「財閥の娘どんだけいるんだよ!」

「まあ、財閥といっても……ほんと、うちの家は一番地味で……わたしだって、ほんとうは魔法少女なんてさせていただけるような人間では……影が薄いですし……厚底眼鏡ですし……取り柄なんて、スタイルがいいことくらいしか……」

「んん?」

「……あら? あなたは……」

 八重は分厚い眼鏡をくいっとかけ直し、かの子の顔をじっと見る。

「えっと……安倍川さん、でしたか」

「はい! 安倍川かの子です! ……なんで知ってるんですか?」

「以前……お会いしたような……」

「ああ……なんかそんな気がしたような……しないような……」

 かの子は悪びれもなく、笑顔で返す。ちなみに、以前会った際は、八重はカレーうどんでぐちょぐちょになった凪子の制服を、純白の布きれに変えていた。

「それで、あなたは……?」

「……片桐凪子。一年だ」

「片桐さん。……よろしくお願いしますね」

 八重はぺこりと頭を下げる。

「こちらこそ……よろしく……お願い……します」

 今まで無礼な魔法少女にしか遭遇していなかった凪子は、思わず背筋を伸ばす。八重はおずおずと云った。

「では……授業を始めましょうか。生け花というとすこし敷居が高くなってしまいますから……こちらで用意したお花をお好きなように飾りつけてみてください……」

「は、はい……」

 凪子は八重の丁寧さに影響される。一方、かの子は、いつもどおり、ふわふわとした笑みを浮かべた。

「わー生け花だって! なんだかよくわかんないけど楽しそう! 頑張ろうね!」

 そして。

「片桐さんの作品は……その……なんていうか……」

 凪子の活けた花々を見て、八重は言葉を濁す。

「その……チューリップが……好きなんですね……?」

 色とりどりのチューリップ。

 バランスなどといったものは考えず、ひたすら赤や黄色やピンクのチューリップが、ところせましと刺さっている。謎の無骨さと乙女心が共存する、不可思議な世界観だった。

「……だって……」

 凪子はふいと視線をそらす。

「かわいいじゃねえか……チューリップ……」

「わあ、ナギちゃん、顔と胸に似合わず乙女だね!」

「どういう意味だオラァ! トンカツにすんぞ!」

「そして……安倍川さんの作品」

 八重は、眼前に存在する作品――否、生物を目にして、唖然とする。

「これは……なんですか?」

「生け花です!」

「イケ……バナ……」

 かの子の活けた花は、何故かこの短時間で成長し、教室の屋根をつきぬけんばかりの勢いだった。人間の首ほどもある太い蔦がうねうねとはいずりまわり、あちらこちらでラフレシアが花を咲かせ、その中心からは食虫植物が顔を覗かせている。

「おまえ、さっきからなんなの? 闇属性の魔導士かなんかなの?」

「えへへ」

 凪子の言葉を何故か褒め言葉として受けとったかの子は、うれしそうに微笑む。

「まあ……でも、その、個性があっていいと思います……よ」

「いや個性ってレベルじゃねえだろ! こいつ怪物を生み出しちまったんだぞ!」

「そうです、ね……でも……だれしも……心に、怪物を飼ってい……」

「うお、天代ォ!」

 かの子の活けた花――もとい、怪物が、蔦を思いきり伸ばし、八重に向かって突き進む。

「ひょわあ!」

 蔦は、濃い紫のタイツに包まれた、八重の太ももに絡みつき、そのまま長めのスカートの中に侵入する。

「あ! 見てみて凪ちゃん! ゴンザレス石川と八重先輩が仲よくしてるよ!」

「いや仲良くっていうか襲われて……つうかゴンザレス石川ってもしかしてあの化けものの名前かよ!」

「あの……たす、助け……」

 べつの蔦が、今度は八重の頭上から。

「ひっ……」

 制服姿のためか、あまり目立っていなかった胸元。蔦が絡むことによって、その大きさが強調される。

「もうーゴンザレス石川はほんとうに八重先輩が好きだなあー」

「お、おい、なんかあいつ、足みたいの生えてんぞ」

 ゴンザレス石川は、今や自由だった。

 もはや、生け花などではない。

 ひとつの――生命。

 愛する八重を、その腕(蔦)で抱きかかえ――ゴンザレス石川は、ゆっくりと進みはじめた。

 教室から出てゆく我が子を見て、かの子は思わず涙をこぼす。

「八重先輩、ゴンザレス石川。元気でね……お幸せに……!」

「え、おい……」

 そうして。

 八重は――行ってしまった。



「そういえば、次で最後の授業だね。楽しみだねえ」

「お、おう」

 帰らぬ人となった魔法少女たちを懸命に頭から消し去り、凪子は返事をする。

 そんなおり、どこからか、かわいらしい声が聞こえてきた。

「はいはーいっ」

 肩までの髪は淡い桃色、サイドを髪飾りで止め、足下は茶色と黄色のストライプのニーハイ。三年生、緑の制服をまといながらも、その少女はどう見ても、中学生程度の齢だ。

「みんなのアイドル、ココにゃんこと、リトルジャスティスだにゃん!」

「わ! ナギちゃん、ナギちゃん、心中桜と同率トップの超有名魔法少女リトルジャスティスだよ! そのキュートな言動と圧倒的な強さで、親衛隊が結成されたんだよ!」

「不自然な説明をありがとうよ!」

「ココの名前は、百澤仔虎。ココにゃんって呼んでにゃん。ほんとはこの学園のババアどもよりも年下なんだけど、優秀だから飛び級で入学したにゃん。百澤財閥の娘にゃん。今日はココにゃんが、おまえらに魔法少女らしい仕草を教えてやるにゃん!」

「なんかこいつ、態度と言動が一致してなくね?」

 財閥に関してはもはやスルーし、凪子はぽつりとつぶやく。

「え? そうかなあ? すっごくかわいいと思うよ、ココにゃん」

「……そうか……」

「じゃあ、今からココの真似をするにゃん」

「はい、先生!」

「いっくよお」

 仔虎は両手を猫の手のようにかまえ、器用にウィンクをし、キラキラした光のようなものを飛ばしながら、完璧なポーズを繰りだす。

「リトルジャスティスだにゃんっ」

「おおー! すごーい!」

 ただただかわいらしいその一連の動き。

 かの子は目を輝かせる。

「おまえらはまだ魔法少女としての名前がないから、とりあえず今は爆裂ボンバーとでも名乗ってみたらいいにゃん」

「わかりました! 爆裂ボンバー行きます!」

「さ、まずはそっちのマシュマロから」

「よーし」

 マシュマロこと安倍川かの子はその爆裂ボンバーなダイナマイトボディをくねらせ、仔虎と同じポーズをとると。

「爆裂ボンバーだぎゃん!」

 見事に噛んだ。

「失格」

 仔虎は吐きすてるように云った。

「次、そっちの、身体の一部が貧しい方。やって」

「はい、やります」

 語尾を捨てた仔虎に向かって。度重なる精神疲労で心を閉ざした凪子は、うなずく。そして、かの子と同じく、仔虎のポーズを真似て、棒読みで云った。

「爆裂ボンバーだにゃん」

「ダメ」

 仔虎は腕を組んだまま、イライラと足踏みする。

「死ぬほどダメ。かわいくない」

「爆裂ボンバーだにゃん」

「びっくりするほどかわいくない。あと身体の一部が貧しい」

「ばっくれつぼんばーだぎゅんっ!」

「マシュマロはもう、ポーズ以前の問題」

「ばっくれつ……」

「ばくれつ……」

「ばく……」

 それから、数時間が過ぎた。

 かの子と凪子の体力は、限界を迎えていた。

「ふん……まあ、今日はこのへんで勘弁してやるにゃん」

 数え切れないほど手本を見せたというのに、仔虎は息ひとつ切らしていない。

 これが――最強の魔法少女。

「いつか……超えてみせる……!」

 教室に差し込む夕焼けに照らされて。

 かの子と凪子は、熱く誓った。



 帰り道。

「今日はいっぱい頑張ったね……」

「ああ……まあな」

 その背後で、あまたの魔法少女たちが体調を崩したり行方知れずになったことを、かの子はすっかり忘れていたが。

「そういえば、この前ガワラちゃんが云っていたんだけどね」

 ガワラちゃんこと、鬼瓦今日子。

 ふたりの担任である、女教師だ。

「わたしとナギちゃんで、コンビを組んでだって」

「…………………………は?」

「ひとりだと不安だから、コンビの魔法少女になってだって。頑張ろうね!」

「いやいやいや」

「あと、魔法少女としての名前は、初めて変身するときに、勝手につくらしいんだけど、コンビとしての名前は自分たちで考えなくちゃいけないんだって。なんにしようか?」

「おまえ、話を聞く気がないな?」

「魔法少女コンビ、黄昏のロマンスっていうのはどうかな?」

「いいわけねーだろ」

「じゃあ……なんちゃってワンダフルゴーイングマイウェイとか」

「むしろおまえはそれでいいのか? それを名乗ることをよしとするのか?」

「もーナギちゃんわがままだよ。じゃあナギちゃんは何がいいの?」

「…………………………………………………………キラキラろりぽっぷ……」

「……うわあ」

「てめえなんだその目は!」

 往来でぶち切れる凪子。

 そのとき。

「わっ……」

 後ろから歩いてきた男にぶつかり、かの子は思いきり凪子に寄りかかる。

「重い!」

「ご、ごめん……あれ?」

 何か違和感を感じたかの子は、身の回りを確かめる。何度か制服や鞄をさわったり覗いたりし、そして気づいた。

「スリだ! あの人、スリだよ!」

「あ? スリぃ?」

「どうしよう……盗られちゃった」

「なにをだよ。財布かあ?」

「ちがうよ……リップだよ! 変身するときのアイテム!」

 かの子は凪子をひっぱって、すでに遠くへ行ってしまったスリ男を追いかける。

「スリです! その人、スリです! だれかぁー!」

 一方、その頃。

 スリ男は――財布を盗んだつもりが、手元が狂って、リップクリームの入った箱を盗ってしまっていた。

「なんだあ、これ……」

 商店街を歩きながら、スリ男はリップをしげしげと眺める。

 その瞬間。

「うお……!」

 スリ男の、灰色のトレーナーがしゅん、と消える。

 代わりにその身を包むのは、まばゆい光。

 その輝きは次第に何かをかたちづくり――そして。

「おい……ありゃ、なんだ?」

 立ちつくすスリ男を見つけた凪子は、思わず言葉をこぼす。

 さきほどまで、何の変哲もない、中肉中背だったその男は今。

 どう見ても――魔法少女だった。

「……なあ、かの子」

「あ、いたいた! ってあれ……? あの人、あんなひらひらしたかわいい服着てたっけ?」

「あのリップってさ……どうすれば、変身できんだっけ」

 かの子はふふ、と笑った。

「もう、そんなことも忘れちゃったの? 女子力に反応して変身するんだよお!」

 ――そう、女子力。

 スリをしていたその男は、圧倒的な女子力を秘めていた。

 パンケーキをつくらせれば、無数のフルーツで完璧に彩り、手芸をさせれば、ひかえめながらも適度に主張した小鳥を刺繍する。飲み会へ行けば、さりげない仕草でサラダをよそう。よく笑い、他人の悪口を云わない。

 スリの常習犯ということをさしひけば、その男はまさに、魔法少女にふさわしい人物だった。

「おい……どうすんだよ! なんでかわかんねーけど、あいつ、おまえのリップで、おまえより先に魔法少女に変身しちゃってんぞ!」

「え? そうなの?」

「そうだよバカ野郎!」

 突然成人男性が魔法少女に変身してしまったということで、あたりは騒然としていた。凪子は唇をかむ。

「どうすんだ……早くあれを取り返さないと……」

 変身したスリ男は、己のミニスカート姿に困惑しながらも、すでに順応しはじめていた。足はわずかに内股になり、上気した強面の顔を伏し目がちに。こころなしかわいかった。

「待てよ……今なら、あたしたちでも物理で勝てるかもしれねえ。あいつ、なんか弱そうになったし。よし、行くぞ」

「――笑止」

「あ……?」

 突如、響きわたる、巫女のような厳かな声。

「何もできぬ小娘は下がっておれ――邪魔でありんす」

 頭上から舞い降りたひとりの少女。

 肩までの黒髪はわずかに紅、大きく出した肩を包むのは、あでやかな紫の、着物めいた衣装。隙間から覗く具足は桃色だ。

 緋色の和傘をばさりと差し、その少女は高らかに声を放つ。

「わっちの名は心中桜。スリをし、魔法少女を騙る輩は――お仕置きでありんす!」

 一瞬でたたまれた傘。それをふりかざし、スリ男に攻撃を始める。

 しかし凪子は、それどころではなかった。

「心中桜……?」

「わーすごいよすごい。魔法少女トップの実力を持つ、心中桜だよ!」

「心中桜って……特待生だよな?」

 特待生は四人。

 綾小路直織――ポイズンベリー。

 南眞古兎――サイコバニー。

 百澤仔虎――リトルジャスティス。

 そして心中桜は――。

「……あましろ、やえ」

 厚底眼鏡、時代遅れのお下げ髪に、蚊の鳴くようなひそやかな声。

 それが――。

「なんじゃ! 反撃もせぬというのか!」

 魔法少女の衣装に身を包み、ぶるぶるとふるえる成人男性。に、傘で制裁を加える和服の長身美女。どちらが悪者かわからない。

「うそだろ……あの、おとなしい天代が……」

「あ! ナギちゃん、あれ!」

 かの子が指さす先にいたのは。

「心中桜ってば……そんな雑魚相手に、時間かかりすぎだにゃん」

 背中にふわりと広がった桃色の髪、頭についた猫耳と、猫科を模した手袋は虎模様。黄色いスカートから覗く太もも、その下に伸びる白いニーハイを、オレンジのリボンが彩る。

 その小柄な魔法少女は、心中桜の横へ降り立つと。

「男のくせにかわいいなんて……ファックだにゃん!」

 虎の手から、鋭い爪を出し、スリ男に襲いかかった。

「ふえええ、やめてよおお」

 完全に乙女と化してしまったスリ男が、バリトン声で叫ぶ。

「うるさいにゃん! やめろで済んだら魔法少女はいらないにゃん!」

「リトルジャスティス! そやつはわっちの獲物じゃ! わっぱはひっこんどれ!」

「年増女は黙ってろにゃん」

「ほう! 寸胴小娘がわっちの大人の美貌に嫉妬かえ?」

 スリ男を放置し、心中桜とリトルジャスティスは小競り合いを始める。凪子は持病になりつつある頭痛をおさえながら、つぶやいた。

「あのちっちぇえウルヴァリンみたいなやつ……百澤仔虎だよな……?」

「そうだね! ココにゃんだねえ」

 見れば、いつのまにか騒動のまわりを、黄色い虎模様のTシャツを着た男たちが取り囲んでいる。手にはうちわ、垂れ幕、ペンライト。皆、リトルジャスティス親衛隊と書かれたハチマキを頭に締めている。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおがんばれえええええええええええええええ」

「リトルジャスティスうううううううううううううううううううううう」

「年増に負けるなああああああああああああああああああああああああああああ」

「ええい、うっとうしい!」

 ぶち切れた心中桜が、親衛隊をにらみつける。普段のおとなしい八重からは想像もつかない表情だ。

 互いにおしのけあい、ついには物理的に闘いはじめる心中桜とリトルジャスティス。

 ふたりの魔法少女に押され、スリ男の手から、かの子のリップがぽろりと落ちた。

「あ! わたしのリップ!」

 かの子が叫び、反射的に凪子が拾う。

 その瞬間、スリ男の変身がとけ、ただの成人男性に戻った。

「ほら、もうスラれるなよ」

「わーありがとうナギちゃん……ってあ!」

「へ?」

 さきほどまで乙女姿をさらされていたことという事実を受けいれられず、錯乱状態に陥ったスリ男が、偶然落ちていたまさかりを拾って、偶然近くにいた迷子の子どもを引きずり、その首に刃を押し当てる。

「おまえら、全員記憶を消せ!」

「な……!」

 身内で喧嘩をしていた心中桜とリトルジャスティスの動きが止まる。

「ナギちゃん、あれ……」

「ああ……」

 子どもを盾にとるなど。

「許せない……!」

 突然、あたりが白い光に満ちた。

「なんだ……?」

 かの子の手の中。

 そして、凪子の鞄の中。

「ナギちゃん、これ……」

 鬼瓦先生にもらった、色違いのリップ。

 魔法少女へ変身するためのアイテムが。

 ふたりの正義の心に反応し、そして。

「わ……!」

 ピンクの制服がふいに消え、身体も光に包まれる。かの子の髪は伸び、毛先は淡い紫へ。ショートケーキを思わせる、ふわりと広がったピンク地に白い水玉のスカート。一方、凪子の金の髪は淡いスカイブルーに色づき、足下はチョコレート色のブーツ、かの子とおそろいの衣装は、ミント色。

「魔法少女……ミルキーシフォン!」

 かの子の口から、勝手に言葉がもれる。

「魔法少女……ショコラミント!」

 同じく、凪子の口からも。

 そう。

 ふたりは――ついに、魔法少女として、変身を遂げた。

「その子を離して!」

 かの子――もといミルキーシフォンは、スリ男に飛びかかる。

「おい、かの子! そいつまさかりを持って……」

 なんということでしょう。

 まるで、匠の技。

 魔法少女ミルキーシフォンとして生まれ変わったかの子は、自らの体重を利用し、そうして、まさかりを徹底的に粉砕してしまったのです。

 これには、凪子も、驚きで声が出ません。

「大丈夫っ?」

 かの子は、衝撃で気絶したスリ男の上に乗ったまま、襲われた子どもに手をさしのべる。

「もう大丈夫だよ」

「……かの子」

 凪子はかの子に近づく。

 そのとき。

「おおーっと! これは! 新しい魔法少女の誕生だああああああああ」

 聞き覚えのある、通販番組のような高い声。

 ふりかえるかの子と凪子は、撮影クルーに囲まれた。

「ミルキーシフォンとショコラミントでまちがいないでしょうか!」

「へ? あ、いや、その……」

 魔法少女としての名前は、口から勝手にもれたものだ。ここへ来て、突然気恥ずかしさに襲われた凪子は口ごもる。

 しかし、何故か無駄に堂々としたかの子は、一カメに向かって。

「はい!」

 二カメに笑顔で。

「わたしたちは!」

 三カメに、思いきり告げる。

「魔法少女、ミルキーシフォンと、ショコラミントですっ!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお! これはあ! 期待のルーキーだああ!」

 トップである自分たちをさしおいて、全国中継されているふたりを、心中桜とリトルジャスティスが血眼で見つめている。ことに気づかず、かの子はにへらと笑っている。凪子は羞恥で顔を覆っていた。

「ふたりは衣装を見たところ、コンビのようです! 名前は! コンビ名はなんですか!」

「あーおなかすいたねえ、ナギちゃん」

「は? おい」

「コンビ名はなんですか!」

「そういえば結局、ナギちゃん家の豚の角煮一回も食べてないなあ……」

「おい、やめろこんなときに」

「コンビ名は!」

「ねえ、ナギちゃん、聞いてる?」

「静かにしろって……」

「豚の角煮食べたいんだってばあ」

「しっ」

「コンビ名は!」

「豚の角煮ィ!」

「なんと!」

 実況する声が、あたり一帯に、そして、お茶の間に響きわたった。

「魔法少女ぶたのかくに! コンビ名は! 魔法少女ぶたのかくにだそうです!」

「へ、いや、ちが……」

 凪子は慌てて訂正をしようとするが、実況者には聞こえていない。それどころか、街は新たな魔法少女の誕生に、歓声を上げた。ぶたのかくに! ぶたのかくに! ふたりのまわりを、ぶたのかくにコールが包む。

「なんだかよくわかんないけど、これからも頑張ろうね、ナギちゃん!」

「……」

 絶望で声を失う凪子。

 かくして、ここに。

 ミルキーシフォンと、ショコラミントによるコンビ――魔法少女ぶたのかくにが爆誕した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!